2010年7月3日。
『めちゃイケ』を観終えて、「岡村、だいじょうぶなのかな……」などと思いつつボーっとしていると、こんなニュースが流れてきた。
オグリキャップ、死す。
いや、遠くない日に、このニュースに直面することは予想していたのだ。
オグリはもう25歳。馬としては、とくに、種牡馬、あるいは乗馬になれければ生き残れないサラブレッドの牡馬としては、十分生きたといえるだろう。
種牡馬としては何年か前から「実質的に引退」していたし、そもそも、種牡馬としての実績は、「ほとんどゼロ」なのだ。
たぶん、いまのオグリが死んだって、誰も困らない。
でも、あの有馬記念から20年が経ったいまでも、他のどんな馬よりも、オグリが死んだことで悲しむ人の数は多いのではないかと思う。
オグリキャップは、そういう馬だったのだ。
僕が競馬に興味を持つようになったのは、オグリキャップと『ダービースタリオン』がきっかけだった。
オグリの全盛期には間に合わず、僕が観たリアルタイムのオグリは、5歳の秋になっていた。
「終わった馬」だと言われ、天皇賞・秋、ジャパンカップで惨敗し、有馬記念がラストラン。
当時はまだ馬券が買えない年齢でもあり、僕はテレビであの有馬記念を観ていたのだが、「オグリキャップ狂想曲」には、うんざりしていた。
色が白っぽいというだけで、あんなに人気になっているのはおかしいし、もうすっかり衰えてるにきまってる。みんなにチヤホヤされて、結局儲けているのは、あの銭ゲバな元オーナーだけなのに……
このレース、オグリが勝つとは、まったく思わなかった。
まさに「お客様」だ。
しかし、不振を極めていたオグリは、師走の中山で蘇った。
「奇跡のラストラン」と言うけれど、いま、あらためて観直してみると、時計は遅いし、そんなに激しいレースではない。
オグリがキャリアの豊かさを武器に、うまく立ち回り、レベルが低いレースになったことも幸いして勝った、ただ、それだけのレースかもしれない。
それでも、当時の僕は、この「奇跡」を目の当たりにして、涙が止まらなくなった。
競馬中継をやっていた鈴木淑子さんも、涙でレースの配当を読めなかったのをよく覚えている。
中山に、地鳴りのようなオグリコールが響いた。
オグリは「応援馬券」を含めても、「終わった説」もあり、そんなに馬券的には人気になっていなかった。
あの日の中山は、馬券が外れた人も当たった人も、みんな「オ・グ・リ! オ・グ・リ!」と叫びながら、泣いていたのだろう。
自分が信じたオグリに、あるいは、自分を見事に裏切ってくれたオグリに。
オグリは、不思議な馬だった。
3歳の秋の天皇賞でタマモクロスに敗れるまでは、まさに破竹の勢いで勝ち続けたが、それ以降は、得意のマイル戦やG2、G3では強かったものの、肝心のG1レースではなかなか勝てなかった。
オグリキャップの獲得G1は、1988年有馬記念、1989年マイルチャンピオンシップ、1990年安田記念、有馬記念。
しかし、オグリは、「負けること」や「レース以外での外的要因」によってファンを増やしていった、数少ない名馬だった。
地方競馬・笠松からの移籍、4歳秋の天皇賞→マイルチャンピオンシップ→ジャパンカップ→有馬記念のローテーション、オーナーが問題を起こしてのトレード。
そして、これだけの馬にもかかわらず、オグリは、たくさんの騎手たちを鞍上に迎えた。というか、乗っている人がコロコロ変わったのだ。
それにしても、マイルチャンピンシップからJCへの「連闘」なんて、ダビスタでもやらない。
「馬がかわいそう」「オグリはオーナーの金儲けの道具なのか?」などと言われながら、オグリは、JCでも信じられない劇走をみせた。
オーストラリアの名牝、ホーリックスの2着。ちなみに、ホーリックスのタイムは、世界レコード。
オグリは、大事なレースでよく負けた。そして、「酷使」されていた。
でも、だからこそ多くの人は、オグリキャップのことを好きになったのだ。
ディープインパクトを「尊敬」はできても、「共感」することは難しい。
もう十数年前、冬の北海道に出張の際に、ひとりでオグリキャップに会いに行ったことがある。
新冠の「優駿スタリオンステーション」。
雪で埋まった新冠の牧場に、オグリは放牧されていた。
しかしながら、オグリが放牧されていた場所は、数人の見学者がいる場所からははるかに遠く、僕はオグリを遠目にしばらく眺めて、なんとなく満足してお土産を買って帰った。
冬の北海道は、タクシーが拾えず、電車も少なく、危うく遭難しそうになった。
まあ、こんなものなんだなと思っていたけれど、一昨年に訪れた社台スタリオンステーション(ディープインパクトもけっこう近い場所で放牧されていた)の明るさ、にぎやかさを考えると、種牡馬としてうまくいかないことが判明してからのオグリは、少なくともサンデーサイレンスほどは優遇されていなかったのだろう。
オグリは、種牡馬としてはまったく成功できなかった。
代表産駒が、オグリワンとアーケエンジェルだからなあ……
最初に生まれたオグリワンが最も活躍してしまう派手さは、ちょっとオグリらしいな、とは思ったけど。
オグリキャップは、僕に教えてくれた。田舎者でも、やればできることを。
オグリキャップは、僕に教えてくれた。どんな理不尽な状況に置かれても、全力を尽くすことを。
オグリキャップは、僕に教えてくれた。最後まで、希望を捨てないことを。
オグリキャップは、僕に教えてくれた。奇跡は、起こることを。
オグリの子供たちは競馬場では成功できなかったけれど、日本中で、オグリの魂を受け継いだ子供たちが、今日も二本の足で歩き続けている。
とか言いながらも、何十年後かに、スーパーホースの血統表の片隅に「オグリキャップ」の名前を見つける日が来ることを少しだけ期待してもいるんですけどね。
月並みで申し訳ないけれど、オグリキャップには、やっぱりこの言葉を捧げたい。
夢を、ありがとう。
- 作者: 渡瀬夏彦
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1996/05
- メディア: 文庫
- クリック: 17回
- この商品を含むブログ (9件) を見る
オグリキャップが引退してから20年経つけれど、この本を超える「競馬のルポタージュ」は出ていないと思います。