少しフィールドを変えて、
鎮守の森には、どのような鳥さんがいるのか 知ってみたくなったduck4。 そこで、サクラの咲いている 神社を散策してみることにしました。 (参門!) ちなみに、ここでduck4ブログのプロフィール写真になっている 2羽のアヒルさんもこの神社で撮影しました。 ところで、神社には、境内で見られる鳥さん一覧の看板があり、 いつもハクチョウさんなので小さな鳥さん観察には不慣れなduck4にとっては、 とても役に立つものになったのは事実であります。 (この掲示板の中には、見慣れた鳥さんたちも!) そこには、 duck4のフィールドでもよく見かける、 ヒヨドリさん、ムクドリさん、キジバトさん、キジさんのご常連さん。 それから、 小さくてなかなか見つけられませんでしたが、 最近ようやく、見つけられるようになったカワラヒワさんもいるようです。 また、初夏になると毎年現れる、 オナガさんも来るようです。 そして、先日、ハロゲンさんのブログ「サクラとシジュウカラ」の中で、 四十雀(シジュウカラ)さんのことを紹介されていました。 そこで、鳥さんのいそうな木々を1本1本確認をしながら 見ていくと、なにやら鳴き声が聞こえてきました。 その小さな鳥さんは、枝の先端に止まってくれました。 無事に、逃げられることがなく、記録の意味を込めて、 デジカメに撮影することができました。 そして、写真を見ながら確認。 どうやら、お腹に黒い線のようなものがあります。 まるで、白いワイシャツに黒いネクタイを締めているようなお腹の模様です。 この鳥さん。 どこかで見たことがあるなあ! 境内にあった看板にもこの鳥さんと似たイラストの写真がありました。 そして、先日、ハロゲンさんが投稿されていたブログの中にも、 この鳥さんの写真があったはずです。 そこで、この鳥さんのことを、 四十雀(シジュウカラ)さんということがわかった次第です。 (シジュウカラさんがこちらを警戒しながらも枝に止まっていました!) 最後になりますが、 duck4にとっては、まだまだ未知の領域のことりさんたち。 これからも、多くの鳥好きのブロガーさんのブログを訪問して、 情報収集と勉強をしたいと思っています。 |
ブロガーさんのGabacoさんが、
多くのブロガーさんやご友人にduck4ブログの定点観測ポイントのひとつ。 蒲生干潟を紹介していただいたことを感謝いたします。 (震災前のカモメさんがたくさんいた七北田川の河口の浅瀬!) (葦が育っていた震災前の干潟の写真!) 実は、本当に綺麗な干潟でしたが、 たくさんのシラサギさんたちが、餌や小魚を水の中で探していました。 もちろん、Gabachoさんが見た、カルガモさんたちも、 かつて、オーナーが鯉を育てていた池にも泳いでいました。 (干潟で餌を探すシラサギさん!) (カルガモさんが遊んでいる鯉の池から見た夕日の震災前の蒲生の家並み!) そして、蒲生(がもう)の浜辺周辺では、 ミヤコドリさんが歩き回っていたのを見たことがありました。 (干潟で餌を探しているミヤコドリさん!) しかし、東日本大震災の津波の後、 蒲生の集落や干潟は、すでに変ってしまいました。 duck4が、震災後に行ったときには、 そこには、家も美しい松の木々もありませんでした。 けれども、たくさんのカラスさんが、集まり、大きな声で鳴いていました。 duck4は、その記憶を忘れないでしょう。 そして、地震から3年がたち、 鳥さんたちも、次第に、蒲生干潟に戻っています。 前よりも自然がゆっくり回復することに、 小さな希望を持っているduck4であります。 I would appreciate your concerns so you lets many blogers and friends introduce at one of my fixed observation point and Duck 4 blog. To tell the truth, it was really beautiful tideland so that many Egrets looked for the feeds and fishes into the water. Of course you saw that the wild ducks swam on the pond where the owner once raised many carps. And I had met many Oystercatchers walking around the beach in Gamo. However after the Tsunami of the Great Higashi Nippon Earthqake, the village and Tideland have already changed. After the Great Earthquake, when I went to the Gamou tideland, there were no houses and many beautiful pine trees. Though many many crows gathered and made a big cry. I will have never forgotn from my memories. And 3 years have passed since the earthqake, the birds also come back to Gamo Tideland gradually. I have a small hope that Gamo Tideland will recover the nature than before. ありがとうございます! Gabachoさん! Special Thank You! Mr Gabacho! 今日は、 Gabachoさんの「3.11の備忘録・蒲生干潟」を引用します。 It is today that I quoted from Mr Gabacho's blog”Memorandum 3.11, Gamou Tideland”. (震災前にあった看板!) 「3.11の備忘録・蒲生干潟」 蒲生干潟は、仙台市の北部を流れる七北田川の河口に広がっている湿地です。3.11大震災に伴う津波で大きな被害を受けました。依然深刻な状況で、土嚢が積まれた応急処置のまま放置されています。倒れた松もそのままです。大震災から3年がたちましたが、まだここまで手が回らないのだろうと思います。 ただ、干潟には、ウ、カモメ、カモたちが戻ってきはじめていました。民家の後は草原になっていましたが、キジやツグミなど、もうそろそろ繁殖期に入る鳥たちをたくさん見かけました。 撮影は2月末です。いつも七北田川のレポートを書いておられるDuck4さんにお礼を申し上げます。3月5日にDuck4さんが蒲生干潟をレポートされています。 The Great East Japan Earthquake occurred on the afternoon of 11th March, 2011. The intence rolling that happened in sequence brought about significant damage in east Japan area. As of March 2014, 15884 people died and 2636 people are missing. Still many people are are forced to live as refugee due to Tsunami and Fukushima nuclear disaster. The river Nanakitada-Gawa flows through the northern part of Sendai city Miyagi Prefecture, and it flows into the Pacific Ocean. There was tideland Gamou-Higata in the river mouth. The tideland suffered crushing damage by a massive tsunami. The muddy tide stream washed people, houses, pine tree forest,,, everything around the tideland. |
duck4にとって思い出の1枚の写真。
それは、アスファルトの農道を横切って歩いているハクチョウさんの群れ。 このときは、午前中で、大沼を塒にしていたであろう、 ハクチョウさんたちがちょうど餌を探して歩き回っているところでした。 そこに、duck4が今でも忘れることができない1羽のハクチョウさんが、 べたっとアスファルトの上に座り込んでいます。 疲れたのか、この場所から動こうとはしませんでした。 車が全く走らない農道なので、このようにリラックスしていたのか、 このハクチョウさんは、あまりにも無防備すぎるように感じたduck4であります。 (震災前、仲間たちは農道を横切り、1羽だけアスファルトの上に座っているハクチョウさん!) それから、数日後。 2011年3月11日 午後2時46分。 東日本大震災が発生、その後、大津波が仙台平野をのみ込んでいったのでした。 たぶん、そのとき、海から3キロほど離れたこの辺りにいたハクチョウさんたちも、 津波に驚き、奇声を上げながら飛び回ったことは、容易に想像できます。 復興作業も進み、仙台平野では瓦礫が片付けられ 田植えも始まりました。 そして、ブロガーさんのGabachoさんから仙台にある大沼には、 ヘラサギさんが来ているという情報を得ました。 それを聞いたduck4は、仙台に住んでいるのにハクチョウさんの越冬地、 大沼には行ったことがありませんでした。 そこで、2014年2月初旬に大沼に行ったところ、 約300羽ほどハクチョウさんたちが沼で羽を休めていました。 沼から近くの田んぼの餌場に向かった飛んでいくハクチョウさんの姿も見ました。 そして、そのハクチョウさんを追って、探してみると、 田んぼにはたくさんのハクチョウさんがいて餌をしていました。 この場所は、2011年の震災前に出会ったハクチョウさんがいた田んぼからも近いです。 震災、翌年から戻ってきたのかは、わかりません。 しかし、今、たくさんのハクチョウさんたちは、被災地の越冬地にも戻って来ているのです。 それは、塒と餌場である田んぼで米が作られるようになったからかもしれません。 農地や自然の再生で、またたくさんの鳥さんたちが、 仙台平野に戻ってくる淡い期待が持てるようになりました。 (大沼のハクチョウさん!) (2014年、大沼付近に田んぼを餌場にしているハクチョウさんたち!) |
蔵王町宮には、
ハクチョウさんに関する名所があります。 まず、ひとつめは刈田峰神社にあるハクチョウさんの碑です。 このあたりに来たときに、いつもduck4は立ち寄ります。 duck4ブログでも何度も紹介している神社です。 宮城県の白石周辺では、 昔からハクチョウさんたちを大切に祀ってきた人々の歴史があるからです。 そして、duck4も滞在組の5羽のハクチョウさんたちのことの健康を、 心の中でハクチョウさんのご先祖に祈願してきました。 (番のハクチョウさんのむつましさ!・刈田峰神社のハクチョウさんの石碑!) それと、白石川にはハクチョウさんたちの越冬地があります。 長年、地元の人が見守ってきたハクチョウさん。 duck4が行ったのはお昼頃でしたが、 餌場に行かずにここでゆっくりしていたハクチョウさんが20羽ほどいました。 (蔵王町宮地区にある白石川のハクチョウさんたちの越冬地!) ちなみに、刈田峰神社、蔵王町宮地区にある白石川のハクチョウさんの越冬地には、 東北本線東白石駅で下車すると便利です。 |
ことりはうすは、鳥さんたちに関する展示物が博物館です。
宮城県の遠刈田温泉から6キロほど蔵王山麓に行って ところにあります。 すでに、道路も凍結していて、雪に覆われていました。 (ことりはうす!) このことりはうすですが、 鳥さんたちのためのバードフィーダーがあります。 木からバードフィーダーめがけて飛んできて餌を食べ、 また木に戻り、またバードフィーダーにやって来ては、 餌を食べるの繰り返しを小鳥さんは、していました。 おそらく、 危険を避けるための小鳥さんたちの知恵だったのでしょうね。 (バードフィーダーにいるヤマガラらしき鳥さん!?) ことりはうすの展示物には、 宮城の鳥さんたちが集まる蒲生干潟と伊豆沼のジオラマが再現されていました。 特に、蒲生干潟はduck4にとっても身近な場所で、 震災前のたくさんのシギさん、チドリさんが立ち寄っていた頃の 懐かしい風景のジオラマでした。 (蒲生干潟を模したジオラマ!) また、伊豆沼では、ハクチョウさん、マガンさん、ヒシクイさん、オオワシさんの 剥製が置かれていました。 そして、duck4が一つ驚いたことがあります。 オオワシさんは、ハクチョウさんよりも大きな鳥であることです。 図鑑などによると、オオワシさんの大きさは225センチとあります。 オオハクチョウさんの大きさも225センチですから、ほぼ同じ大きさ。 でも、この剥製は、オオワシさんの方が大きく見えました。 (伊豆沼を模したジオラマにはオオワシさんもいます!) (ハクチョウさんの剥製!) 蔵王山麓のことりはうすは、雪に覆われて静かな目立たない博物館ではありますが、 いろいろ勉強になり、また鳥さんたちのことが好きになったduck4であります。 |
duck4ブログを主宰していると、
日本全国のブロガーさんから貴重な情報をいただくことがあります。 その情報とは、 今年の3月に、屈斜路湖に飛来していた発信機と緑色の標識をつけられていた、 5C52のオオハクチョウさんが、この秋また戻って来ました。 それを、北海道の道東地方の情報を投稿している ブロガーさんのEAST.Hさん『キタキツネto発信機の付いたハクチョウから』(11月28日付)でした。 duck4ブログでは、 3月9日に『発信機をつけられた1羽のハクチョウさん・屈斜路湖(砂湯)にて』 で紹介していました。 もうあれから8ヶ月以上も経過していましたが、 あの発信機をつけた5C52のオオハクチョウさんのことを覚えていただいていて、 それをEAST.Hさんに見つけていただけたことがとても嬉しかったです。 あの5C52のオオハクチョウさんのことを不憫の思ったduck4。 首もあの発信機をつけられて、締め付けられているようで心配でしていました。 でも、こうやって再び、屈斜路湖の砂湯で元気な姿で戻ってきていることに ほっと!しました。 EAST.Hさん! 詳しい5C52のオオハクチョウさんの近況を教えていただき、 誠にありがとうございました! (砂湯を歩いている5C52のオオハクチョウさん!) (首が窮屈そうで不憫な5C52のオオハクチョウさん!) (元気に戻ってきて良かった5C52のオオハクチョウさん!) |
昨日、10月13日の『ダーウィンが来た』というNHKの番組で
野生のタンチョウさんの特集が組まれ放送されていました。 そのタンチョウさんですが、 かつては乱獲で絶滅を危惧されていましたが、 ひっそりと釧路湿原の棲息していたことが確認され、 冬場に給餌を行ってきた結果、約1,500羽まで生息数を増やしてきました。 今では、釧路湿原以外にも繁殖地を拡大。 根室地方から帯広までに広まっています。 その理由には、繁殖に適した場所が飽和状態になり、 人間の生活圏にまでタンチョウさんが進出せざろうえないからです。 親子のタンチョウさんの子育てを密着して放映していたところは、 帯広の酪農地帯で、小川では小魚やザリガニなど、畑作地では落穂、 たい肥が積まれた場所から発生するミミズを食べて棲息していました。 duck4も、 野生のタンチョウさんを根室市風蓮湖周辺でバードウオッチングをしたことがありましたが、 夕方に1羽で歩いているタンチョウさんを見かけたことがありました。 そのときの宿のご主人さん曰く、 タンチョウさんが繁殖期に入り、 片方が巣で卵を温めて、もう一方で餌を食べに歩き回っていることを 教えていただきました。 (根室の風蓮湖周辺で相方を置いたまま1羽で餌探しをしているタンチョウさん!) 話を元に戻しますが、 江戸時代には、タンチョウさんは冬になると本州(内地)に越冬にやって来ていました。 画師が、演技の良いタンチョウさんをモチーフに作品を作っていたことからもわかります。 そして、 宮城県の蕪栗沼にも真冬に1羽のタンチョウさんが飛来したことで、 話題になったことがありました。 もしかしたら、 これから、もっとタンチョウさんが増えれば、 湿原のカムイである北海道のタンチョウさんが越冬のために 本州の湿原にやって来ることもあるのかもしれません。 |
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duck4の定点観測ポイントの川には5羽の滞在組のハクチョウさん。大空を飛ぶことができませんが、元気に毎日、川を泳いでいます。この地域の人々にも愛され続けているハクチョウさんたちです。これからも、定点観測ポイントにいる飛べないハクチョウさんのこと中心にブログを配信していきます。今後ともに、宜しくお願いいたします。ブログ主宰者duck4より!
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