『ラ・ラ・ランド』 ひとときの夢のような……
第89回アカデミー賞には史上最多タイの14部門でのノミネートという前評判の高い作品。
原題の「La La Land」は、「LA」つまり作品の舞台となるロサンゼルスやハリウッドのことを指す。町山智浩によれば、「彼女はラ・ラ・ランドに住んでいるんだ」という使い方をすると、「彼女は夢見がちなんだ。現実を見ていないんだ」といったニュアンスになるらしい。
『ラ・ラ・ランド』はそんな夢見がちな主人公たちの物語だ。ミア(エマ・ストーン)はオーディションを受けまくっているけれどまったく相手にされない女優の卵。セブ(ライアン・ゴズリング)は自分が好きな古臭いジャズの店をやりたいと考えているけれど、実際には資金もなくて退屈な音楽を弾く仕事に甘んじている。そんなふたりが出会って恋に落ちる。
映画は所詮虚構なわけだけれど、ひとときの夢を与えてくれたりもする。そんな映画が好きだからこそ映画に関わる人もいる。ハリウッドはそんな人たちの街なのだろう。ミアが現実的で稼ぎもありそうな彼を棄ててまでセブのもとに走るのも、「Audition」という曲で「どうか乾杯を 夢追い人に」と歌い上げるのも、夢見がちな人に対する共感があればこそだろう。だからこそ『ラ・ラ・ランド』はハリウッドでとてもウケがいい。
劇中では瀕死のジャズという言葉があるが、ミュージカル映画というのも今では瀕死の状態にあるらしい。この作品の製作も難航したようで、チャゼル監督が「資金集めをするときには、ミュージカルやジャズは、映画の要素として人気がないということを嫌というほど思い知らされたし、興行成績も見こめないと何度も言われた」と明かしている。
それでもチャゼル監督は『セッション』でも題材としたジャズが好きなのと同じように、ミュージカル映画が好きなのだろう。ハリウッドが夢の世界をつくりあげる場所として君臨していた古き良き時代、『ラ・ラ・ランド』はそのころのミュージカル映画に対するオマージュに溢れていている。そんな王道のミュージカルを見事に復活させたからだろうか、アカデミー賞でも本命視されているとのこと。
◆ふたりだけの夢の世界
なぜミュージカル映画が瀕死の状態にあるのかといえば、登場人物が突然歌い出すという通常ではあり得ない設定に違和感を覚える観客が多いからなのだろう。個人的には冒頭のハイウェイ上のモブシーンは唐突でちょっと違和感を覚えた。
ここでは渋滞に巻き込まれた人々がそのイライラを解消するかのように踊り出す。果てしなくつながる車列とその上で踊る人々を優雅に移動するカメラの長回しで捉えつつ、主人公ふたりのすれ違いまでを一気に見せてしまう手腕は見事なのだけれど、あまりに唐突で気分が盛り上がってこないのだ。
ミュージカル映画で登場人物が歌い出すのには理由があるはずで、それは何かしらの感情が湧き上がってきたからだろう。それによって舞台は現実から非現実的な夢の世界へと移行し、登場人物はその感情を歌に込め、踊りとして表現する。だから観客を主人公たちの感情に惹きつけることができれば、歌い出すことも不自然ではなくなるのだ。
ミュージカル映画では主人公たちが歌う必然性が最初から設定されている場合もある。たとえば『ムーラン・ルージュ』のように主人公がキャバレーの踊り手とその曲の作り手だったとすれば、主人公たちが歌い出すのに何の不思議もない。ただこれはミュージカル映画独特の現実から夢の世界への移行という部分がない分おもしろみにも欠けるのかもしれない(『ムーラン・ルージュ』は大好きだけれど)。
この作品ではミアとセブが出会ってからの展開には惹き込まれた。再会したふたりがそれまでのすれ違いもあって微妙な駆け引きをしながらも近づいていき、街を見下ろす丘の上で踊り出すころにはすでに夢の世界にどっぷりと浸っていた。
ふたりが恋に落ちると、そこにはふたりだけの夢のような世界がある。ふたりが見つめあうと周囲は暗くなり、周りの人の存在も消え失せ、世界はミアとセブのふたりだけになる。そして、ふたりは歌い踊る。こうした設定はミュージカル映画だからこそで、夢の世界では星がきらめく夜空まで舞い上がることでさえも可能になる。
ただ現実はやはり厳しくて、夢を追うことには犠牲が必要だ。ラストではふたりそれぞれが夢を実現しているわけだけれど、それによって失ったものもまた大きかったとも感じさせる。5年ぶりに会ったふたりの視線が交錯する瞬間が何とも切なくて涙を禁じ得なかった。
◆アカデミー賞の結果発表
レビューをアップするのにもたついていたらアカデミー賞の結果が出てしまったようだ。大方の予想を覆し、作品賞は『ムーンライト』だった。『ラ・ラ・ランド』は監督賞と主演女優賞と、歌曲賞(「City of Stars」)・作曲賞(ジャスティン・ハーウィッツ)・撮影賞(リヌス・サンドグレン)・美術賞を獲得した。6部門受賞というのは立派だが、前評判では作品賞も確実視されていたようだし大波乱といった印象。しかも何の因果か進行側の手違いで最初は『ラ・ラ・ランド』の名前が読み上げられてしまい、その後に撤回されるという前代未聞の出来事まで起こってしまったらしい。製作陣はひとときの夢にぬか喜びということになったわけだ。
『ムーンライト』はまだ日本では公開されていないから詳細はわからないけれど、黒人が主人公で製作総指揮にはブラッド・ピットということで『それでも夜は明ける』のようなシビアな話が予想される。アカデミー賞は娯楽作よりもメッセージ性のあるものを選びがちだから順当なのかもしれないけれど、「アカデミー賞は白人偏重だ」という批判もあったようだからそのあたりが影響しているのかどうか……。個人的には夢のある作品が作品賞になったっていいと思うのだけれど。
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