インド貴族の屋敷を舞台にしたボディダブル・ストーリー〜映画『Prem Ratan Dhan Payo』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

インド貴族の屋敷を舞台にしたボディダブル・ストーリー〜映画『Prem Ratan Dhan Payo』

■Prem Ratan Dhan Payo (監督:スーラジ・バルジャーティヤ 2015年インド映画)

I.

煌びやかな貴族の宮殿を舞台に、ある理由から王子様と平民の男が入れ替わっちゃう!?というインド映画『Prem Ratan Dhan Payo』(以下PRDP)です。2015年暮れに公開され、『Bajrangi Bhaijaan』に次ぐ年間第2位の大ヒットを記録したと共に、数々の賞にも輝きました。主演は『ダバング 大胆不敵』『Bajrangi Bhaijaan』のサルマーン・カーン、『ミルカ』『Raanjhanaa』のソーナム・カプール。監督のスーラジ・バルジャーティヤはこれまで『Maine Pyar Kiya』『Hum Aapke Hain Koun..!』『Hum Saath Saath Hain』といった映画でサルマーンと組んでおり、この『Prem Ratan Dhan payo』は4作目のコラボレーションとなります。

《物語》王である父を既に亡くしていたプリータムプルの王子ビジェイ(サルマン・カーン)は戴冠式が近付き、フィアンセのマイティリー王女(ソーナム・カプール)とも会うことになっていたが、彼の心は重かった。異母弟妹であるアジャイ(ニール・ニティン・ムケーシュ)とチャンドリカ(スワラー・バースカル)との間に王族ならではの暗い確執を抱えていたのだ。
そして異母弟であるアジャイは義弟のチラグにそそのかれアジャイの暗殺計画を遂に実行する。アジャイは命こそ助かったが意識不明となり、大臣であるジワン(アヌパム・ケール)は秘密裏にアジャイを古城で看護するが、戴冠式は4日後に迫っていた。
一方気のいい舞台俳優のプレム(サルマン・カーン2役)は憧れのマイティリー王女を一目見たくてプリータムプルに訪れていた。そんなプレムをたまたま見かけた王室警護長官のサンジェイは驚きに大きく目を見開く。なんとプレムは王子と瓜二つだったのだ。サンジェイとジワンはプレムを説得し、プレムを王子の替え玉として戴冠式に挑ませようとする。

II.


贅を尽くした絢爛豪華なインドの宮殿、そこに暮らす煌びやかな衣装のインド貴族たちの物語。映画『PRDP』はこんな、あたかもアミターブ・バッチャン主演の『家族の四季 愛すれど遠く離れて』のような古式ゆかしいトラディショナルなインド家族ドラマが再演されたものを予想させます。そしてその物語は日本でも公開された某有名大作や『Rowdy Rathore』、はたまた『Humshakals』といった、インド映画では割とよく見かける「そっくりさん登場!」なボディ・ダブルネタでもあるんです。

こういった部分から、斬新さよりもインド人映画観客のお馴染みの要素を散りばめ、安心して観られるオールドスクールな大衆娯楽作品を目指した作品なのだろうなと思わせます。さらに主演がインド映画界屈指の大ヒット・メーカーであるサルマーン・カーンでヒロインがソーナム・カプール。こういったコンサバティブな要素で構成された物語であるからこそインドで実際に大ヒットしたのも頷けるし、確かに相当に面白く出来ているのは間違いないのですが、しかし物語を見守っているとそれだけではない作品であることも段々と気付かされてくるんです。

まずこの物語では「王=家父長」という「中心」が既に失われていて、それで「王国」が「空洞」になっているんです。「空洞」だからその周辺があれやこれやと乱れて、さらに後継ぎである王子=次の「中心」がまたしてもロストする。そんな中で残された者たちがどうしよう…と担ぎ出したのは外部から担ぎ出された「替え玉=ハリボテ」なんだけど、その「ハリボテ」は「中心」の役割なんか実はしゃらくさくて、同時に「ここは空洞だ!」ということを看過してしてしまう。このとき「ハリボテ」は「中心」でも「周辺」でもなく、あくまでも「外縁」の視点から、即ち市井の気のいい一人のあんちゃんの優しさから、混乱を取りまとめようとする。「ハリボテ=プレム」はいわゆるトリックスターなんですね。

その「ハリボテ=外縁=トリックスター=プレム」の働きかけによってみんな目が覚めてもう一度自分たちはまとまろう、というのがこの物語なのだと思う。なんでもいいから新しい「中心」をこさえて現状維持しちゃえ、という話ではないんですね。要するにトラデショナルな物語に見えながら「家父長」という「中心」が失われたことによりこれまで構成されていた「ヒエラルキー」が破綻してしまった、それによりバラバラになった者たちがもう一度手探りで繋がり合って「未来」のことを考えよう、という事なんですね。なにが言いたいのかというと、『PRDP』はこれまで「家父長」が絶対だったインド映画で、「家父長」の存在しない家族がどうやってもう一度まとまりあうのか、という新しい視点を持った作品だと思うんですよ。

III.


もちろん『PRDP』は大衆的な娯楽作品としての側面も十分優れています。ロケーションと衣装、歌と踊りも十二分に美しく、目を楽しませてくれます。主演のサルマーン・カーンは『ダバング 大胆不敵』以来ついてまわったマッチョ・キャラの呪いを前作『Bajrangi Bhaijaan』からようやく払拭し始めましたが、今作ではそれが花開き、ここ最近では一番優れた演技とキャラクターを見せてくれているのではないでしょうか。また、ヒロインのソーナムも相変わらず美しいのですが、それだけではなく、登場時の心の中の翳りを感じさせる演技としての精彩の無さを、主人公プレムとの愛によって次第に表情豊かで感情に溢れたキャラクターに変化してゆく様に絶妙なものを感じました。そしてサルマーンとアヌパム・ケールの掛け合いがこれまた心憎いほどに楽しく、物語をより温かく豊かなものにしています。また、思いやりに満ちた物語のクライマックスをアクションでしっかり締めていてメリハリも抜群でした。

そしてなによりこの物語を盛り上げるのはプレムとマイティリー王女とのロマンスでしょう。最初結婚に乗り気ではなかったマイティリー王女はプレムの真心に触れることで彼への想いを強くします。しかしそれは王子ビジェイに成りすましたプレムなのです。一方プレムもマイティリー王女を愛しながら、自分が別人を偽っているという明かすことのできない嘘をついていることに苦悶します。この映画はこうして「嘘に嘘を塗り固めたことの顛末」というインド映画らしい展開を迎え、胸締め付けられる鮮やかなクライマックスへとひた走ってゆくのです。

Prem Ratan Dhan Payo Trailer

Prem Ratan Dhan Payo Title Song (Full VIDEO)