クロスリバーの欠片 遠洋漁業に行った話6 ~上陸~
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クロスリバーの欠片

ルアーショップ クロスリバーの店長だった男のブログ

遠洋漁業に行った話6 ~上陸~

20年前、当時18歳の私が体験した遠洋漁業の話。

大企業である大陽漁業(仮)所有の漁船、太陽丸(仮)は、グリーンランドを目指していた。



キャプテンが船内放送で、航行ワッチへの変更を告げた。

航行ワッチに入るので、私に操舵室へ来るようにと放送が付け加えられた。

声の主は明らかにファーストオフィサーだった。



放送はちょうど私たち甲板員が、詰め所でロープを編んでいる時だった。

ボースンの鋭い視線が、私に向けられた。

この男と目が合うと、足が竦む。

ボースンは苦々しい表情のまま、顎で「行け」と合図した。

この時、解った。

操舵補助の甲板員は、今までボースンが決めていたのだ。

それを上から指名されるのが、気に入らなかったようだ。



操舵室では重いヤッケやゴム長も要らない。

魚とペンキの匂いからも開放された。

何より網を揚げると、船酔いが楽になった。

ファーストオフィサーは舵を握る私に、下で起こった事を根掘り葉掘り聞いてきた。

辛いが、我慢できないほどではないと答えておいた。



ファーストオフィサーが前方を指刺した。

彼方に浮かぶ巨大な氷山。

そう見えたのが、グリーンランドだった。

昔、ヨーロッパでは、島や大陸が発見されるたびに入植者を募った。

隣の島、アイスランドが発見された時、アイスランドという見たままのネーミングが原因で、入植希望者が少なかったらしい。

なので、次に発見されたこの氷の島をグリーンランドと名づけたらしい。

エスキモーは差別用語だから、彼らをそう呼んではいけないらしい。

彼らのことは、イヌイットと呼ぶ。

彼らは穀物の育たないこの土地で、アザラシや鯨の生肉だけを食って生きている。

イヌイットには貞操観念がなく「嫁を貸すから嫁を貸せ」という習慣がある。

全部、ファーストオフィサーが教えてくれた。



氷山のように見えたこの島も、近づけばあちこちに岩が露出していて、それが島であることがわかった。





港の少し沖で待機する。

タグボートが迎えに来た。

無線でやり取りをするのだが、ファーストオフィサーの英語が伝わらない。

専門用語を聞きながら、私が変わりに無線のマイクを握った。

この時から、英語での無線のやり取りは、私の仕事になった。

太陽丸はタグボートに曳航され、ゆっくり岸壁に付けられた。



岸壁には、荷台に女をたくさん乗せたトラックが一台と、物珍しそうにこちらを見ている青年が一人待っていた。

荷台の女たちは、こちらに向かって手を振った。

タラップを下ろすと荷台の女たちが、我が物顔で乗り込んでくる。

娼婦だった。

みなイヌイットなのだろう。

顔立ちは日本人に似ているが、化粧っけがなくべチャべチャと喋り、品がなかった。

全員、40才は超えているだろう。

後に知るのだが、娼婦たちはみな夫も子供もいて、その家族を養う為に、船員相手に身を売っていた。

あのトラックの運転手も、この中の誰かの旦那らしい。



通信長に呼ばれ、船員手帳を受け取った。

船員手帳があれば、パスポートなしで上陸できる。

入港する時は前もって5万円分、現地の貨幣で支給された。

通信長に申し込んでおけば、タバコや酒も個人単位で船に届けられた。

通信長はそのことで甲板員に感謝されていると思っていたが、実際にはただの御用聞きのように扱われていた。

他に通信長から配られた物は、日本製のコンドームだった。



入港している間は、朝9時から夕方の6時まで働く。

6時以降は自由な時間だった。

入港時の甲板員食堂は、場末のキャバレーのようになった。

酒に酔った甲板員たちが、女を口説く。

口説くといっても、値切り交渉なのだが。

心の箍が外れた男たちは、しばしば殴り合いの喧嘩も起こした。

限られた人間で生活しているところに、違う人間を混ぜると諍いの元になる。

それが異性であれば、尚更だった。

酒が進むと、男たちは管を巻き、悪態をついた。

愚痴はエスカレートして、矛先はファーストオフィサーやキャプテンの事にまで及んだ。

その醜態がたまらなく嫌だった。

ファーストオフィサーを悪く言われるのがとても心外だった。



甲板員はよほどのことがない限り、上陸しない。

酒もタバコも、女も全て船内で事足りる。

娼婦のいないハリファックスは人気のない港で、ここヌークは、まあそれなりだった。

港の人気は娼婦で決まる。

一番人気はドッグがある、スペイン領カナリア諸島のラスパルマス。

甲板員たちはラスパルマスのことを、天国だと言っていた。

そして、港の娼婦のために、こぞってスペイン語を覚えようとした。



食堂を出て風呂に行くと、娼婦たちが湯船に浸かっていた。

船の風呂は銭湯のようなつくりだった。

ただ、湯船のお湯は、温めた海水。

真水が出るのはシャワーだけ。

娼婦たちを尻目にシャワーだけ浴びた。



丘に上がってみようとタラップを降りた。

一月ぶりの地面なのだが、揺れている。

これが丘酔い。

太陽丸を見上げていると、さっきの青年が声を掛けてきた。

彼もイヌイットなのだろう。

日本人というよりは、ネイティブアメリカンの顔立ちに近い。

鼻梁が高く、彫が深い。

その中に、どこか幼さの残る顔立ちだった。

彼はたどたどしい英語で「仕事はないか」と聞いてきた。

「無い」と答えた。

あったとしても、私にそんな権限はない。

彼はアポロと名乗った。

私はジェームスと名乗った。

日本語の名前など覚えにくいだろうと、そんな名前を騙った。

アポロは「仕事が無いか明日も来てみる」と言って、去っていった。



船室に戻ると、同室の男が窓の下の丸椅子に座っていた。

この男と話をするのは、この時が初めてだった。

ワッチが違うので、今まで顔を合わすことが無かった。

私が休んでいる間に働き、私が働いている時に休んでいる男。

武藤というこの男、甲板員にしては小柄だった。

頭はM字に禿げ上がり、短く刈り込んでいた。

顔をあわせることは無かったが、その暮らしぶりから、几帳面で清潔好きであることは解っていた。



武藤は酔っているのか、饒舌だった。

そして、甲板員にしては珍しく、私のことを知りたがった。

高校を出ていったん就職し、ここに来たことを簡単に話した。



私が話し終わると、武藤は目を閉じて自分のことを語り始めた。

武藤の話は、私の想像を遥かに超えていた。










続きはまた書きます。

コメントありがとうございます。
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コメント

お邪魔します

何か小説を読んでいるような気がして
引き込まれます
また お邪魔します

私も小説だと思って読んでしまいました。
私も引き込まれましたぁ
ファンになりそう~ぉ!

  • 2010/07/04(日) 17:19:03 |
  • URL |
  • 桜子ちゃん #-
  • [ 編集 ]

どもー 応援ポチしていきますね

  • 2010/07/04(日) 19:05:52 |
  • URL |
  • ゴリ #-
  • [ 編集 ]

やはり皆さん小説を読む気分で読んでいらっしゃったんですね。

情景が目に浮かびます。

  • 2010/07/04(日) 22:22:29 |
  • URL |
  • いわなたろう #-
  • [ 編集 ]

はじめましてo(^-^)o
自分も小説読んでる気分になりました(ノ゜O゜)ノ

  • 2010/07/04(日) 22:59:17 |
  • URL |
  • キムチオタク #-
  • [ 編集 ]

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