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洗濯天国
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雨上がりの旧市街の下町通りは色とりどりの洗濯物で溢れてくる。デカパンから絨毯まで洗濯可能な全てのものが、窓の幅いっぱいの物干しにきちんと整頓され一寸の余裕もないほど吊されている。5階建ての建物なら1階から5階までの窓が物干し場になり、小さな広場があれば、広場も洗濯物で占領される。
どういう訳か、ポルトガルと言えば洗濯。洗濯女のイメージが頭から離れなかった。現在も各地に共同洗濯場は残り、洗濯機で納得出来ない人々が汗を流しながら洗濯をしている風景をよく見かける。洗濯場は単に洗濯をする場所ではなく、地域共同体の中ではなくてはならないものに進化していったかのようである。実際に主婦達の情報交換や愚痴をこぼす絶好の場所となり、歌合戦会場に早変わりしたりしている。
最近ではそうでもないが、一昔前まで洗濯機をはじめ電気製品は高嶺の花で庶民の生活とは縁のないものであった。また、洗濯機を購入するより、洗濯の他の家事までもこなす女中を雇う方が安上がりで、出来の悪い機械の故障の心配をする必要もなかった。それに洗濯機用の下水が完備されていないなどと理由もあったため、手洗いの伝統は守り続けられていた。
都心のオフィイス化が進み、住居が郊外に移転し始めた現在では各家庭に洗濯機が置かれ、新興住宅街に共同洗濯場は造られなくなってしまったが、伝統化した洗濯好きは今も変わっていない。
賑やかな洗濯物が吊されている旧市街の見学なら、長雨もあがり晴れ上がった日の午後が一番のように思う。もし、リスボンに居るなら、18世紀のリスボン大地震の被害を受けず今もその当時の街並みが残っているアルファマ地区の共同洗濯場を覗いてみると、太腕のおばさん達が、楽しそうに洗濯をしている光景に出会えることが出来る。タンクに水をいっぱい溜め黙々と洗濯をしているおばさん。世間話が忙しく手が止まってしまっているおばさん達。自慢ののどを披露しているおばさん。皆が思い思いに洗濯共同コミュニティーを形成していっている。
最近の共同洗濯場を見ていると、各家庭の主婦が洗濯をした場所から、だんだんプロ化したおばさん達の仕事場に変わっていっているような気がする。共同洗濯場の雰囲気が気に入って何日か通ったことがあったけれど、いつも同じメンバーの洗濯人で、たまに違う洗濯人を見る程度であった。共同洗濯場の水は使い放題らしく、惜しげもなく溢れるまでタンクに水を張り左右に水をまき散らしながら洗濯に励んでいた。
午前中に終えた洗濯物を時間が間に合えば昼食前に、間に合わなければ昼食後に所狭しと干し広げることになり、街並みは洗濯物畑と化していく。
スペインでは、雨が降りだしても急いで洗濯物を取り入れることをしない理由として、石灰分が多い水で洗濯をしているので、天然の水でもう一度濯ぎ直す必要があるからと聞いたことがあるが、ポルトガルでも旧市街では雨の中平気で洗濯物を吊している光景を見ることがある。ポルトガルの水はそれほど石灰分も多くなく、水道水を飲めるぐらいだから、隣国スペインの理由ではないはずなのにおかしいと考えていたが、最近では理由が分かってきたような気がする。
雨の中に吊されたままの洗濯物も旧市街と新興住宅街では理由が違うように思うが、旧市街では、間取りが狭くまだ乾いていない洗濯物を取り入れても家の中で干すスペースが限られてしまうので、雨にあたれば運が悪いと考え、太陽が自然乾燥に協力してくれるまで気長に待てるから、、、、現地の人皆それぞれ忍耐強い人が多いため、そうであると考えるようになった。
新興住宅街に住む人々の事情は大きく異なるように思っている。比較的若い世代が多いため、家族数も少なく、屋内には洗濯物を吊すスペースは十分にあるはずだが、共働きの家庭が多いためどうしても留守がちになり、取り入れることが出来ないのではないだろう。
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窓先の物干しを見ていると、多くにビニールのシートがかかっていることにも気がつく。太陽の熱を多く吸収して少しでも早く乾燥するため?のビニールハウス的発想と考える人もいるようだが、そうではなく、階上からの洗濯物の滴がかからないため防御シートの役目を果たしている。共同洗濯場で洗濯を終えても当然の事ながら、絞り器などは完備していないため、大ざっぱに水を切って物干しに吊されることになる。その結果、階下の洗濯物を直撃することになってしまう。他人の迷惑顧みず的発想で許し難い行為と考えるが、十分に絞りきれないから仕方ないとお互い考えているのか。トラブルもなく近所つきあいをしているようである。
太い腕か洗濯機で十分すぎるほど洗いつくし、太陽の光を十分に受けて乾かされた後、洗濯物は台所に用意されたアイロン台へと向かうことになる。洗濯同様アイロンがけも丁寧に時間をかけて行われる。昔、驚いたことのひとつに、“ジーパンにまでアイロンをかけていること”があったが、家庭に入ってアイロン掛け事情をそれとなく見ているとより驚かされることになった。
上着にアイロンをかけるのは当たり前、各下着にまで丁寧にアイロンをかけていく。洗濯やアイロンがけの必要に迫られた単身時代でも無精だった自分には考えられないことであった。とにかく洗濯物全てにアイロンをかける。かけてかけてスラックスがテカテカに光ったりしても平気だ。下着のゴムの部分にも力一杯アイロンをかけるものだから、直ぐにはけなくなってしまっても気にしない。逆に下着にはアイロンをかけないでと頼んだものなら大変で、“下着にアイロンがけが必要ないなら、上着もアイロンはいらないね”と言われかねない。
共同洗濯場を利用する人が少なくなると共に、共同洗濯場が減り、各家庭に洗濯機が普及してきたポルトガル、洗濯をする手段は時代と共に変わってきてもポルトガル女の洗濯に関するこだわりは今も根強く続いている。
洗濯場の中には、観光コースに入っているところもあり、時には派手な出で立ちの訪問客がカメラを手に、色々とポーズの注文をつけたり、洗濯人と記念撮影をしたりしている光景にも出会うことがある。
15年前の記事で、現状とはちょっと違っているかもですが。
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