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ジョージ・ドーズ・グリーン『サヴァナの王国』(新潮文庫)
ジョージ・ドーズ・グリーンの『サヴァナの王国』を読む。これはまた懐かしい名前である。ジョージ・ドーズ・グリーンといえば1994年に発表されたデビュー作『ケイブマン』が大変個性的で、それ一作で記憶に残る作家となった。
だが、翌年に二作目の『陪審員』が出ただけで、その後長い間、次作は発表されず、2009年にようやく三作目の『Ravens』が刊行された。これは本国で高い評価を得たものの邦訳はされず、またしても長い時が経つ。そして2022年、ついに本作が発表され、CWAでゴールド・ダガーを受賞する快挙を成し遂げた。
こんな話。サヴァナのある夜のこと。フリーの女性考古学者ストーニーがバーの店先で拉致されそうになる。それを見かけて止めに入ったホームレスの青年ルークだったが、逆に刃物で刺され、ストーニーもろとも連れ去られてしまう。
そして後日。土地開発業者グスマンの所有する空き家で火事が発生した。しかも焼け跡からルークの死体が見つかり、悪徳業者として名高いグスマンが、殺人と保険金目当ての放火の罪で逮捕される。グスマンは、地元で探偵社を営み、サヴァナ社交界を牛耳る老婦人モルガナ・マスグローヴに真相解明を依頼。だがマスグローヴ一族もグスマンには恨みがあり、家族は依頼を受けることに猛反対するのだが……。
▲ジョージ・ドーズ・グリーン『サヴァナの王国』(新潮文庫)【amazon】
本作はアメリカのジョージア州サヴァナを舞台に展開するミステリである。サヴァナは州南東部に位置する港湾都市で、古くから綿花業が盛んであった。そのビジネスを支えたのが奴隷制度であり、今なお人種差別問題が色濃く残る、暗い歴史を持つ都市でもある。作者のジョージ・ドーズ・グリーンもジョージアの出身であり、この地元の抱える問題に真正面から向き合った作品が本書である。
これは力作である。力作であることは間違いないのだが、一般的なミステリを期待するとやや当てが外れるかも知れない。
ストーリーの軸になるのはルーク殺害事件の真相究明とストーニーの救出であり、そもそもゴールド・ダガーを受賞しているぐらいなので、本書がミステリではあることは間違いない。間違いないのだが、上のようなテーマがかなりの比重を占めるうえ、そこで生きる人々のさまざまな大小のエピソードも描かれるため、事件の謎にあまり興味が集中しない。むしろそちらこそキモで、事件の捜査はテーマを浮き彫りにする触媒にすぎないのである。確固とした主人公を設けず、マスグローヴ一族の面々全員が主人公的なのも、やや軸を弱めているかも知れない。
加えてサヴァナならではの特殊な状況や人間関係が把握しにくいため、序盤はかなり読みにくさを感じる。面白くなるのは、マスグローヴ一族の内情が理解できてくる100ページあたり、さらに意思統一されていないマスグローヴ一族の面々が同じ方向を向く200ページあたりからで、ここからギアが一気に上がる印象だ。
ただ、そういうとっつきの悪さをカバーしているのが、マスグローヴ一族をはじめとする魅力的なキャラクターである。弁護士ながら現在はホームレスの息子ランサムや裁判官の長女ウィルー、ERの看護師ビービー、映像業界志望のバーテンダーの孫娘ジャクなど、一癖も二癖もあるメンバーが次第にまとまっていく様はやはり痛快。彼女たちのそれぞれのエピソードや会話が本作の大きな推進力になっている。
アメリカの暗黒史に興味がある方なら文句なしにおすすめ。サヴァナにまったく予備知識がないけれど読んでみたいという方は、できれば少しだけサヴァナについて予習しておくとより楽しめるだろう。
だが、翌年に二作目の『陪審員』が出ただけで、その後長い間、次作は発表されず、2009年にようやく三作目の『Ravens』が刊行された。これは本国で高い評価を得たものの邦訳はされず、またしても長い時が経つ。そして2022年、ついに本作が発表され、CWAでゴールド・ダガーを受賞する快挙を成し遂げた。
こんな話。サヴァナのある夜のこと。フリーの女性考古学者ストーニーがバーの店先で拉致されそうになる。それを見かけて止めに入ったホームレスの青年ルークだったが、逆に刃物で刺され、ストーニーもろとも連れ去られてしまう。
そして後日。土地開発業者グスマンの所有する空き家で火事が発生した。しかも焼け跡からルークの死体が見つかり、悪徳業者として名高いグスマンが、殺人と保険金目当ての放火の罪で逮捕される。グスマンは、地元で探偵社を営み、サヴァナ社交界を牛耳る老婦人モルガナ・マスグローヴに真相解明を依頼。だがマスグローヴ一族もグスマンには恨みがあり、家族は依頼を受けることに猛反対するのだが……。
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本作はアメリカのジョージア州サヴァナを舞台に展開するミステリである。サヴァナは州南東部に位置する港湾都市で、古くから綿花業が盛んであった。そのビジネスを支えたのが奴隷制度であり、今なお人種差別問題が色濃く残る、暗い歴史を持つ都市でもある。作者のジョージ・ドーズ・グリーンもジョージアの出身であり、この地元の抱える問題に真正面から向き合った作品が本書である。
これは力作である。力作であることは間違いないのだが、一般的なミステリを期待するとやや当てが外れるかも知れない。
ストーリーの軸になるのはルーク殺害事件の真相究明とストーニーの救出であり、そもそもゴールド・ダガーを受賞しているぐらいなので、本書がミステリではあることは間違いない。間違いないのだが、上のようなテーマがかなりの比重を占めるうえ、そこで生きる人々のさまざまな大小のエピソードも描かれるため、事件の謎にあまり興味が集中しない。むしろそちらこそキモで、事件の捜査はテーマを浮き彫りにする触媒にすぎないのである。確固とした主人公を設けず、マスグローヴ一族の面々全員が主人公的なのも、やや軸を弱めているかも知れない。
加えてサヴァナならではの特殊な状況や人間関係が把握しにくいため、序盤はかなり読みにくさを感じる。面白くなるのは、マスグローヴ一族の内情が理解できてくる100ページあたり、さらに意思統一されていないマスグローヴ一族の面々が同じ方向を向く200ページあたりからで、ここからギアが一気に上がる印象だ。
ただ、そういうとっつきの悪さをカバーしているのが、マスグローヴ一族をはじめとする魅力的なキャラクターである。弁護士ながら現在はホームレスの息子ランサムや裁判官の長女ウィルー、ERの看護師ビービー、映像業界志望のバーテンダーの孫娘ジャクなど、一癖も二癖もあるメンバーが次第にまとまっていく様はやはり痛快。彼女たちのそれぞれのエピソードや会話が本作の大きな推進力になっている。
アメリカの暗黒史に興味がある方なら文句なしにおすすめ。サヴァナにまったく予備知識がないけれど読んでみたいという方は、できれば少しだけサヴァナについて予習しておくとより楽しめるだろう。