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シャロン・ボルトン『身代りの女』(新潮文庫)
シャロン・ボルトンの『身代りの女』を読む。十年ほど前に、S・J・ボルトン名義で創元推理文庫から三作ほど邦訳が出ている作家である。その三作はすべてMWAメアリ・ヒギンズ・クラーク賞にノミネートされており、うちの『毒の目覚め』では見事受賞まで漕ぎ着けているから、安定した実力の持ち主のようだ。
ただ、それらが理由で読んだわけではなく、ストーリーが非常に面白そうだったからだ。
こんな話。卒業を間近に控えたパブリック・スクールの優等生六人。彼らは日頃から高速道路を逆走するという遊びに興じており、遂に事故を起こしてしまう。だが彼らは現場から逃走し、その後、事故相手の車の親子三人が死亡したことを知る。
違法行為によるひき逃げ、しかも幼い子供が亡くなったとあっては、自分たちのキャリアは絶望的だ。その時、六人の中の一人、メーガンがすべての罪を被ると言い出した。メーガンは他の五人からそれぞれ見返りを約束させると同時に、それを念書にすると警察に出頭した。
それから二十年後。メーガンが長い刑期を務めあげて出所し、弁護士や国会議員、社長など成功を収めていた五人の前に現れる。だがメーガンは刑務所内で事故に遭い、彼らとの約束はおろか、事故も自分自身で起こしたと信じているようなのだ。五人の男女は当惑しつつも今後の対策を練るが、やがてメーガンの狙いが少しずつ明らかに……。
▲シャロン・ボルトン『身代りの女』(新潮文庫)【amazon】
おお、これは凄い。とにかくリーダビリティが半端ではなく、六百ページがあっという間である。ページを捲る手が止まらなくなる、という手垢のついた言い回しは使いたくないけれど、実際、そのとおりだからしょうがない。
なぜ、こんなに面白いのか。確かに読書前にはストーリーに惹かれたのだが、いざ読み始めると、その最大の魅力は登場人物たちの緻密な描写にあった。そもそもメーガンに助けられ、それによって社会的成功を得たはずの五人だが、彼女の出所によってそれを失う恐れしか頭になくなってしまう。メーガンの存在そのものが恐怖なのである。実に身勝手な話ではあるが、二十年という時がそうさせたとも言えるし、やはり自分が実は犯罪者であるという負い目もある。そんな不安定すぎる心理、メーガンとの駆け引き、さらには仲間内での疑心暗鬼がじっくりと丁寧に描かれる。ここが最大の魅力である。
メーガンが約束を記した書類をどこに隠したのかという直接的な謎もあるのだけれど、そんなことより罪を被ったメーガンが果たして何を要求してくるのか、五人はそれにどうやって対応するのか。そういう部分の方がはるかに読者の興味を煽る。五人の思惑は最初こそ一致しているものの、それが徐々に綻んでいく様も実に生々しく描かれている。本当の謎は人の心の中にこそあるのだ。
ただ、気になるところもないではない。それはミステリとしてはかなりアンフェアなこと。最後にどんでん返しを入れたかったのはわかるけれど、やられた、という感じではなく、唐突な印象が否めない。主人公一人の視点ならともかく、本作はメーガンを含めて六人全員が主人公といえる物語なので、伏線や表現はかなり慎重にやらなければならず、そこが終盤で乱れているのが残念。
ついでにいえば事件が結局どう決着したかの説明も、非常にあっさりと流しており、消化不良の感は強い。
ということで、とにかくラストが惜しいのだけれど、本格ミステリではないので、そこまで気にすることもないのも確かである。ここは素直に心理サスペンスの佳作としておすすめしておこう。
ただ、それらが理由で読んだわけではなく、ストーリーが非常に面白そうだったからだ。
こんな話。卒業を間近に控えたパブリック・スクールの優等生六人。彼らは日頃から高速道路を逆走するという遊びに興じており、遂に事故を起こしてしまう。だが彼らは現場から逃走し、その後、事故相手の車の親子三人が死亡したことを知る。
違法行為によるひき逃げ、しかも幼い子供が亡くなったとあっては、自分たちのキャリアは絶望的だ。その時、六人の中の一人、メーガンがすべての罪を被ると言い出した。メーガンは他の五人からそれぞれ見返りを約束させると同時に、それを念書にすると警察に出頭した。
それから二十年後。メーガンが長い刑期を務めあげて出所し、弁護士や国会議員、社長など成功を収めていた五人の前に現れる。だがメーガンは刑務所内で事故に遭い、彼らとの約束はおろか、事故も自分自身で起こしたと信じているようなのだ。五人の男女は当惑しつつも今後の対策を練るが、やがてメーガンの狙いが少しずつ明らかに……。
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おお、これは凄い。とにかくリーダビリティが半端ではなく、六百ページがあっという間である。ページを捲る手が止まらなくなる、という手垢のついた言い回しは使いたくないけれど、実際、そのとおりだからしょうがない。
なぜ、こんなに面白いのか。確かに読書前にはストーリーに惹かれたのだが、いざ読み始めると、その最大の魅力は登場人物たちの緻密な描写にあった。そもそもメーガンに助けられ、それによって社会的成功を得たはずの五人だが、彼女の出所によってそれを失う恐れしか頭になくなってしまう。メーガンの存在そのものが恐怖なのである。実に身勝手な話ではあるが、二十年という時がそうさせたとも言えるし、やはり自分が実は犯罪者であるという負い目もある。そんな不安定すぎる心理、メーガンとの駆け引き、さらには仲間内での疑心暗鬼がじっくりと丁寧に描かれる。ここが最大の魅力である。
メーガンが約束を記した書類をどこに隠したのかという直接的な謎もあるのだけれど、そんなことより罪を被ったメーガンが果たして何を要求してくるのか、五人はそれにどうやって対応するのか。そういう部分の方がはるかに読者の興味を煽る。五人の思惑は最初こそ一致しているものの、それが徐々に綻んでいく様も実に生々しく描かれている。本当の謎は人の心の中にこそあるのだ。
ただ、気になるところもないではない。それはミステリとしてはかなりアンフェアなこと。最後にどんでん返しを入れたかったのはわかるけれど、やられた、という感じではなく、唐突な印象が否めない。主人公一人の視点ならともかく、本作はメーガンを含めて六人全員が主人公といえる物語なので、伏線や表現はかなり慎重にやらなければならず、そこが終盤で乱れているのが残念。
ついでにいえば事件が結局どう決着したかの説明も、非常にあっさりと流しており、消化不良の感は強い。
ということで、とにかくラストが惜しいのだけれど、本格ミステリではないので、そこまで気にすることもないのも確かである。ここは素直に心理サスペンスの佳作としておすすめしておこう。