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多岐川恭『黒い木の葉』(河出書房新社)
多岐川恭の『黒い木の葉』を読む。作者の第二短篇集で、収録作は以下のとおり。
「みかん山」
「黄いろい道しるべ」
「澄んだ眼」
「黒い木の葉」
「ライバル」
「おれは死なない」
「雲がくれ観音」
▲多岐川恭『黒い木の葉』(河出書房新社)【amazon】
多岐川恭の短篇集といえば圧倒的に第一短篇集の『落ちる』が有名で、実際、クオリティも高い。それもそのはず、デビュー以後に書いた短篇から傑作を選りすぐったものなので当然である。ただし、それまでに書かれた短篇は十数作しかなく、選りすぐりというほど選りすぐったわけではない。それでも『落ちる』の収録作のアベレージの高さは尋常ではなく、いかに当時の多岐川恭のレベルが高かったかがわかる。
一方、本書は『落ちる』に採られなかった作品に、その後に書かれたものを加えて作られた短篇集であり、そういう経緯を知ると、どうしても『落ちる』よりは出来が悪いのかと思ってしまう。まあ、実際、そういう面は確かにあるのだが、いざ読んでみると、そうそう捨てたものではなかった。出来が悪いというよりは、一般受けしにくそうなクセの強い作品が多く、そういうところも『落ちる』に採られなかった理由の一つだったのかもしれない。
「みかん山」は多岐川恭のデビュー短篇。もう何度も読んでいるが、なんせトリックがトリックなので、読むほどにバカミス感が強くなる。とはいえ当時の高校生の姿がイキイキと描かれて、これもあって評価されているのだろう。
映画館で起こった刺殺事件が題材の「黄いろい道しるべ」。焦点は早熟な子供の持つ闇にあり、かなり禍々しい印象の作品で、作者は当時、こうした子供を扱った作品に興味があったらしい。ただし、ミステリとしては弱い。
「澄んだ眼」は寝たきり老人の殺害事件を描くが、これもまた子供の闇に焦点が当てられている。子犬の視点をプロローグとエピローグに持ち込んでいるのがミソで、それはいいのだが、後味は決してよくない。子供を扱うミステリというと仁木悦子が有名で、彼女の作品も意外な怖さがあったりするけれど、多岐川恭のそれはもう少しえげつない。
表題作「黒い木の葉」は再読。病気で療養している少女と少年の淡い恋模様がどう転ぶのか。テクニカルな一作ながら叙情性も十分で、本書中のベスト。
高校の寮生活を描いた「ライバル」はミステリ味はかなり薄いが、当時の学生の暮らしぶりや心情がしっかり描かれていて読ませる。徐々に匂わせる犯罪(とまではいかないが)が面白いが、これは大人の世界の縮図でもあり、決して穏やかな作品ではない。
山荘に集まった人々は皆自殺希望者だった。「おれは死なない」は秀逸な設定ながら、ストーリーはちょっと弱い。これはきちんと膨らませて長編にしてもよかったのでは。
「雲がくれ観音」は本書中、唯一の時代もの、しかも脚本仕立てである。本書の中でもかなり浮いているが出来そのものはまずまず。内容そのものより、多岐川恭がなぜ当時これを書いたのか、そっちの事情の方が気になる。
ということで傑作とまでは言わないけれど、決して悪い短篇集ではない。とりわけ子供の闇を扱った作品が印象深く、作者のちょっと違った面を見せてもらった。。
なお、河出書房新社版の『黒い木の葉』は絶版だが、『落ちる』と合わせて再編集された『落ちる/黒い木の葉』がちくま文庫から出ており、興味ある方はそちらをオススメしたい。「雲がくれ観音」のみ単行本未収録の「砂丘にて」と入れ替えられているが、文句なしの必読短篇集となっている。
「みかん山」
「黄いろい道しるべ」
「澄んだ眼」
「黒い木の葉」
「ライバル」
「おれは死なない」
「雲がくれ観音」
▲多岐川恭『黒い木の葉』(河出書房新社)【amazon】
多岐川恭の短篇集といえば圧倒的に第一短篇集の『落ちる』が有名で、実際、クオリティも高い。それもそのはず、デビュー以後に書いた短篇から傑作を選りすぐったものなので当然である。ただし、それまでに書かれた短篇は十数作しかなく、選りすぐりというほど選りすぐったわけではない。それでも『落ちる』の収録作のアベレージの高さは尋常ではなく、いかに当時の多岐川恭のレベルが高かったかがわかる。
一方、本書は『落ちる』に採られなかった作品に、その後に書かれたものを加えて作られた短篇集であり、そういう経緯を知ると、どうしても『落ちる』よりは出来が悪いのかと思ってしまう。まあ、実際、そういう面は確かにあるのだが、いざ読んでみると、そうそう捨てたものではなかった。出来が悪いというよりは、一般受けしにくそうなクセの強い作品が多く、そういうところも『落ちる』に採られなかった理由の一つだったのかもしれない。
「みかん山」は多岐川恭のデビュー短篇。もう何度も読んでいるが、なんせトリックがトリックなので、読むほどにバカミス感が強くなる。とはいえ当時の高校生の姿がイキイキと描かれて、これもあって評価されているのだろう。
映画館で起こった刺殺事件が題材の「黄いろい道しるべ」。焦点は早熟な子供の持つ闇にあり、かなり禍々しい印象の作品で、作者は当時、こうした子供を扱った作品に興味があったらしい。ただし、ミステリとしては弱い。
「澄んだ眼」は寝たきり老人の殺害事件を描くが、これもまた子供の闇に焦点が当てられている。子犬の視点をプロローグとエピローグに持ち込んでいるのがミソで、それはいいのだが、後味は決してよくない。子供を扱うミステリというと仁木悦子が有名で、彼女の作品も意外な怖さがあったりするけれど、多岐川恭のそれはもう少しえげつない。
表題作「黒い木の葉」は再読。病気で療養している少女と少年の淡い恋模様がどう転ぶのか。テクニカルな一作ながら叙情性も十分で、本書中のベスト。
高校の寮生活を描いた「ライバル」はミステリ味はかなり薄いが、当時の学生の暮らしぶりや心情がしっかり描かれていて読ませる。徐々に匂わせる犯罪(とまではいかないが)が面白いが、これは大人の世界の縮図でもあり、決して穏やかな作品ではない。
山荘に集まった人々は皆自殺希望者だった。「おれは死なない」は秀逸な設定ながら、ストーリーはちょっと弱い。これはきちんと膨らませて長編にしてもよかったのでは。
「雲がくれ観音」は本書中、唯一の時代もの、しかも脚本仕立てである。本書の中でもかなり浮いているが出来そのものはまずまず。内容そのものより、多岐川恭がなぜ当時これを書いたのか、そっちの事情の方が気になる。
ということで傑作とまでは言わないけれど、決して悪い短篇集ではない。とりわけ子供の闇を扱った作品が印象深く、作者のちょっと違った面を見せてもらった。。
なお、河出書房新社版の『黒い木の葉』は絶版だが、『落ちる』と合わせて再編集された『落ちる/黒い木の葉』がちくま文庫から出ており、興味ある方はそちらをオススメしたい。「雲がくれ観音」のみ単行本未収録の「砂丘にて」と入れ替えられているが、文句なしの必読短篇集となっている。
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