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西村京太郎『天使の傷痕』(講談社文庫)
ちなみに「傷痕」は「きずあと」ではなく「しょうこん」と読むらしい。
まずはストーリー。その日、新聞記者の田島伸治は恋人の山崎昌子と郊外へデートに出掛けていた。京王線、聖蹟桜ヶ丘駅を降りた二人は、三角山という小山を目指す。途中の細い山道を歩いているときであった。二人の前に胸を凶器で刺された男が現れ、「テン……」と言い残して絶命する。
警察が捜査を開始すると、被害者はフリーの記者だったが、掴んだネタで強請も行う悪質な男であることが判明。犯行は強請を受けていた者の仕業ではないかと推測され、「テン……」というメッセージから容疑者を洗い出してゆく。新聞記者の田島も警察と競うように、独自の調査を開始するが……。
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いやあ、これもまたお見事。真っ向から社会問題を取り上げた『四つの終止符』とは違い、本作では序盤は地味な警察小説の雰囲気。警察と田島の推理が異なる方向に向かい、そういう趣向で読ませるのかと思いきや、中盤で思いもよらない展開に舵を切る。ガチガチの本格やトリッキーなサスペンスのつもりで読んでいれば、多少は予測もついただろうが、まさかこの手の作品でこういう流れになるとは、という感じで中盤からの盛り上がりが素晴らしい。
そして事件の全貌がある程度見えたかに思えた終盤、今度は犯人の動機を含めたいくつかの疑問点に焦点が当てられ、ここでさらに唸らされる。同時にここで本作が社会派たる所以も明らかになり、いや、コンパクトな作品ながら、この充実ぶりはどうだ。
「社会派」の部分がラストで顕著になるため、ややバランスの悪さ、終盤の性急さが感じられるのは惜しいところだし、トリックのリアリティという点ではやや疑問もあるが、推理小説としては『四つの終止符』よりも『天使の傷痕』の方を個人的には推したい。いやあ、あっぱれです。
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Comments
気になったので読み返してみましたがミステリとしての面白さと生々しい社会への憤りが無理なく融合していて、こういう生真面目さや真摯さは世界的にもこの時代の日本ミステリにしか求め得ないものだと改めて感心しました。ちょうど映像化されたものがBS放送で放送されていましたが残念ながら犯行動機は全く改変されていました。
Posted at 21:56 on 05 21, 2024 by ハヤシ
anta_dareyanen@deredemonaiさん
普通は「きずあと」と読んじゃいますよねぇ。私も今回の記事を書くのに、Wikiをのぞいて知った次第です。
それはそうと、館長ご就任おめでとうございます。高知は大学時代の同級生もいるし、挙げられているように出身の探偵作家も多いので、一度は行ってみたいところです。高知県立文学館は確か年末年始ぐらいに探偵小説関係の展示もあったようで、すごくいい機会だったのですが、なかなか都合が取れませんでした。もし行けたときは、よろしくお願いいたします(厚かましい)
Posted at 23:10 on 05 19, 2024 by sugata
こんばんは。
ず~っと「傷痕」は「きずあと」と読んでました、「しょうこん」なんですね。西村京太郎は少ししか読んでいませんが、初期作品もトライしてみようかな。
題目から外れてしまいますが、4月から四国に移住しまして美術館の館長なんぞを拝命し、挨拶まわりのひとつで高知県立文学館にも行きました。常設展示で高知ゆかりの文学者(古くは土佐日記の紀貫之から宮湯登美子、安岡正太郎など多士済々)を紹介しているのですが、その中で黒岩涙香・馬場孤蝶・森下雨村もしっかり紹介しており、なかなか楽しめました。「探偵小説の祖」とか「「新青年」初代編集長として江戸川乱歩・横溝正史らを発掘」とか。
Posted at 22:03 on 05 19, 2024 by anta_dareyanen@deredemonai
ハヤシさん
おお、ちょうどテレビでやってたのですね。調べてみたのですが。村上弘明、遠野なぎこコンビで2001年制作のものでしょうか。まあ、この頃のテレビはかなり自主規制が酷い頃でしょうから、あの動機をテレビでやるのは流石にびびったのでしょう。でも、テーマを消してしまうと、本作の価値はかなり落ちてしまいますね。残念です。
Posted at 22:19 on 05 21, 2024 by sugata