ギジェルモ・マルティネス『オックスフォード連続殺人』(扶桑社ミステリー) - 探偵小説三昧
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ギジェルモ・マルティネス『オックスフォード連続殺人』(扶桑社ミステリー)

 ギジェルモ・マルティネスの『オックスフォード連続殺人』を読む。昨年の秋頃に同じ作者の『アリス連続殺人』が出たのだが、そちらは本作の続編ということで、まだ未読の本書から取り掛かった次第。

 こんな話。アルゼンチンで数学を学ぶ〈私〉はオックスフォード大学に留学するためイギリスにやってきた。下宿先から数理研究所に通い、余暇にはテニスを楽しむ日々。しかし、充実したときは早々に破られた。
 部屋代を払うため、大家のイーグルトン夫人宅を訪ねたところ、彼女の他殺死体を発見してしまったのだ。しかも、そのとき一緒に死体を発見した世界的数学者のセルダム教授のもとには、謎の記号が書かれた犯行メッセージが届けられていた。これは犯人からの挑戦なのか? その記号の謎を解こうとする〈私〉とセルダム教授だったが、第二、第三のメッセージが届けられ、その度に不可能犯罪が発生する……。

 オックスフォード連続殺人
▲ギジェルモ・マルティネス『オックスフォード連続殺人』(扶桑社ミステリー)【amazon

 おお、『アリス連続殺人』の露払い程度の感じで読み始めたのだが、これはいいじゃないか。いろいろな切り口で語ることができるミステリで、さすがボルヘスを生んだ国、アルゼンチンの作家である。
 マジックリアリズムとまではいかないけれど、フィクションとノンフィクションを絡めてみたり、論理と偶然が錯綜したり、衒学趣味と俗っぽさをシェイクしてみたりと、作者がいろいろなアプローチを試しており、それが独特の作風になっている。
 ただ、よくある特殊設定ミステリーなどではなく、ミステリとしては実にしっかりしたもので、地に足がついている。その上で捻りを入れて読者が驚く形に持っていっている。実にお見事。これを今まで読んでいなかったのは不覚としか言いようがない。

 という具合にとりあえず激賞はしてみたものの、本作は同時に非常にクセの強い作品でもあり、そこを受け入れられるかどうかで、評価は変わってくるかもしれない。少なくとも好き嫌いがはっきり出る作品だろう。
 その筆頭に来る要素が、数学や論理学をモチーフとしていることである。数学者たちが物語の中心にいるので、当たり前ではあるが数学の専門用語などが頻出し、それが蘊蓄で終わっていればいいのだが、それこそ犯行予告に盛り込まれてしまっているものだから、最初はかなり戸惑う。
 そこを食らいついていくのが理想だが、中には意味がよくわからなくて挫折する人も出そうでだし、そこまでいかないにしても、ただ流すだけの人はかなり多そうだ。しかし、本来はここを踏ん張っておくと面白さは倍増する。

 また、そういった数学の蘊蓄と同様に多く語られるのが、セルダム教授の話す奇妙なエピソードの数々。これはこれで面白いのだけれど、なぜそういう挿話を繰り返すのか。そこにはメタフィクション的な意味合い・企みがあると推測できるのだが、いかんせん物語の流れをぶった斬る感じで話し始めるので、ストーリー重視の人は辛いだろう。
 中盤では特にその傾向が強く、登場人物たちによる推理する部分が、そういう形に置き換わっていると思えばいい。そういう仕掛けも当然意図されたものであり、幻想小説やマジっクリアリズムにより印象が近くなってくる。作中には実在の人物なども登場させており、それもまた作者のメタ的な志向の強さを物語っている。

 ミステリとしては、先ほども触れたように思いのほか堅実に構成されている。とはいえ、それは主に構成の話であって、明らかになる真実はトリックも含め、なかなかぶっ飛んでいる。
 解説にもあるとおり、本作のメイントリックは過去の有名作を踏まえたものである。それをもう一つ捻った形にしているのが特徴だが、この捻り方がエグい。そもそもこのトリックを成立させるため、作者は付随するいくつかの仕掛けも作っており、それらが総合して驚くべき真相に昇華させているのである。その仕掛けの一つひとつが、実はコードスレスレのラインであり、こういうところはアンチミステリっぽくもあるのだ。

 ということで、本作は数学や論理学をモチーフとしているだけでなく、メタフィクションやアンチミステリなど、さまざまな実験的試みを盛り込み、それが奇跡的にちょうどいいバランスで成立した作品なのだ。
 自戒のためもう一度書いておく。これを今まで読んでいなかったのは不覚としか言いようがない。
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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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