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ロス・マクドナルド『別れの顔』(ハヤカワ文庫)
前回から少し間が空いたけれど、久々にロスマク読破計画を一歩前進。『別れの顔』を読む。
まずはストーリー。
なんとも煮え切らない依頼だった。私立探偵のリュウ・アーチャーが弁護士トラットウェルの事務所を訪れると、友人であるチャーマーズ夫妻のトラブル解決を頼まれる。チャーマーズ夫妻の外出中に泥棒が入り、金細工の小箱が盗まれたのだという。しかし、箱そのもの価値ではなく、どうやら中に入っていた物が重要らしい。だが弁護士もその中身は知らず、おまけに犯人はどうやら夫妻の息子のニックらしいことまで仄めかされる。やがてニックがかなり危うい状態であることを知るアーチャーは、何とか居場所を見つけるが、すでに悲劇の幕は開いていた……。
▲ロス・マクドナルド『別れの顔』(ハヤカワ文庫)【amazon】
後期の作品はマンネリと言われるロス・マクドナルドだが、本日の読了本はまだまだ円熟期とも言える1969年の作。だからミステリとして特に物足りないということはなく、むしろ前回読んだ『一瞬の敵』以上に濃い目の作品である。
強いていうなら、相変わらず家族や血のつながりをテーマにしており、人間関係は恐ろしいほど複雑である。というか『一瞬の敵』などともネタが似ていて、そういう意味での既視感は確かにあるのだが、本作で初めてロスマク作品に触れた人などは、その圧倒的な密度に恐れ入ることだろう。
「密度」と書いたけれど、実際の話、本作では流しているような場面がほぼない。読み飛ばしを許さないというか、無駄な登場人物など一切おらず、アーチャーの行動や会話すべてに意味があから、どんな些細なことであっても見逃すことができない。
アーチャーが弁護士を訪ねる冒頭から衝撃的なラストに至るまで、アーチャーは実に多くの人間と話をして、事件を再構築してゆく。といっても事実を集めてそこから推論を組立てる、というのとは似ているようで微妙に違う。本格ミステリなどでは描写のすべてが伏線や手がかりに通じているような作品があったりするけれども、それを登場人物の掘り下げでやっているのがロス・マクドナルドの後期作品である。
それこそ薄皮を剥ぐようにして、アーチャーは目の前の人物を精神的な意味で裸にし、理解しようとする。だが真実は常に苦く、触れるものは皆、何かしら傷つけられる。だからアーチャーは過度の深入りをせず、あくまで観察者たる立場を崩さないのだが、かといって冷徹に事件を切るのでもない。特に若者を見る眼は優しく、そういう立ち位置もまた好ましい。事件の関係者がまだ若かった頃のホームムービー(もちろんビデオのない時代なので8mmフィルムか?)を見る場面があるのだけれど、これはアーチャーならずともグッとくるシーンである。
『さむけ』や『縞模様の霊柩車』といったトップクラスには一歩譲るけれども、終わってみれば複雑な人間関係が収まるべきところへ収まる、著者の後期の特徴がよく出た一作である。
まずはストーリー。
なんとも煮え切らない依頼だった。私立探偵のリュウ・アーチャーが弁護士トラットウェルの事務所を訪れると、友人であるチャーマーズ夫妻のトラブル解決を頼まれる。チャーマーズ夫妻の外出中に泥棒が入り、金細工の小箱が盗まれたのだという。しかし、箱そのもの価値ではなく、どうやら中に入っていた物が重要らしい。だが弁護士もその中身は知らず、おまけに犯人はどうやら夫妻の息子のニックらしいことまで仄めかされる。やがてニックがかなり危うい状態であることを知るアーチャーは、何とか居場所を見つけるが、すでに悲劇の幕は開いていた……。
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後期の作品はマンネリと言われるロス・マクドナルドだが、本日の読了本はまだまだ円熟期とも言える1969年の作。だからミステリとして特に物足りないということはなく、むしろ前回読んだ『一瞬の敵』以上に濃い目の作品である。
強いていうなら、相変わらず家族や血のつながりをテーマにしており、人間関係は恐ろしいほど複雑である。というか『一瞬の敵』などともネタが似ていて、そういう意味での既視感は確かにあるのだが、本作で初めてロスマク作品に触れた人などは、その圧倒的な密度に恐れ入ることだろう。
「密度」と書いたけれど、実際の話、本作では流しているような場面がほぼない。読み飛ばしを許さないというか、無駄な登場人物など一切おらず、アーチャーの行動や会話すべてに意味があから、どんな些細なことであっても見逃すことができない。
アーチャーが弁護士を訪ねる冒頭から衝撃的なラストに至るまで、アーチャーは実に多くの人間と話をして、事件を再構築してゆく。といっても事実を集めてそこから推論を組立てる、というのとは似ているようで微妙に違う。本格ミステリなどでは描写のすべてが伏線や手がかりに通じているような作品があったりするけれども、それを登場人物の掘り下げでやっているのがロス・マクドナルドの後期作品である。
それこそ薄皮を剥ぐようにして、アーチャーは目の前の人物を精神的な意味で裸にし、理解しようとする。だが真実は常に苦く、触れるものは皆、何かしら傷つけられる。だからアーチャーは過度の深入りをせず、あくまで観察者たる立場を崩さないのだが、かといって冷徹に事件を切るのでもない。特に若者を見る眼は優しく、そういう立ち位置もまた好ましい。事件の関係者がまだ若かった頃のホームムービー(もちろんビデオのない時代なので8mmフィルムか?)を見る場面があるのだけれど、これはアーチャーならずともグッとくるシーンである。
『さむけ』や『縞模様の霊柩車』といったトップクラスには一歩譲るけれども、終わってみれば複雑な人間関係が収まるべきところへ収まる、著者の後期の特徴がよく出た一作である。
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Comments
Edit
後期のロスマク読んでると、なんか「人間でいることが嫌になってくる」、もしくは「他人の不幸と苦悩ぶりを寝転んで読んで楽しむという究極の傍観者である自分が嫌になってくる」ことがあり、そんな自分を自虐的に笑うのが醍醐味ではないか、と思っています(笑)。
そういう意味で、自分としては誰もが不幸にしかならない最悪でひねくれまくった結末の「別れの顔」や「ドルの向こう側」あたりがいちばん、らしい、というか、「ウィチャリー家の女」や「縞模様の霊柩車」や「さむけ」といった作品はどこか結末に「救い」というものが感じられるところが、なんかこう人間悪として純粋じゃないな、という変な感想を抱いております。
Posted at 20:15 on 03 04, 2024 by ポール・ブリッツ
ポール・ブリッツさん
『別れの顔』や『ドルの向こう側』を推すとは、なかなか病んでますね(苦笑)。「救い」を感じさせる作品が純粋じゃないというのは、偽善っぽいイメージを受けるということでしょうか。
難しいところではありますが、私はアーチャーがいろいろな作品で、老人には厳しく、若者にはけっこう優しい眼差しを送っているのが気になります。紛れもなくロスマクのプライベートの反映だろうと思っているので、そういう意味では微かな希望を想起させるラストの作品は、著者の思いが伝わってきて嫌いじゃないです。それぐらいはやらせてあげてよ、というところでしょうか(笑)
Posted at 22:29 on 03 04, 2024 by sugata