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マージェリー・アリンガム『ファラデー家の殺人』(論創海外ミステリ)
▲マージェリー・アリンガム『ファラデー家の殺人』(論創海外ミステリ)【amazon】
こんな話。職業冒険家を名乗るアルバート・キャンピオンの元へ一人の若い女性ジョイスが訪ねてきた。彼女の婚約者でもあるキャンピオンの旧友マーカスから紹介され、ある相談にやってきたのだ。
現在、ジョイスは遠縁のファラデー家において、主人でもある大おばのキャロラインに請われ、一族の付添人のようなことをやっている。一家にはキャロラインの他に、その息子や娘、甥などが一緒に暮らしているが、その全員が老齢ながらこれまで職を持つでもなく、キャロラインの支配下に置かれていた。誰もが不満を抱え、不穏な空気が充満する中、ついに甥のアンドルーが行方不明になってしまう。何やら胸騒ぎのするジョイスは、恐ろしいことが起こるのではないかと、キャンピオンに調査をしてほしいというのだ。
だが時すでに遅し。ジョイスが話を終えたそのとき、アンドルーの変死体が川で発見されたというニュースが飛び込んでくる。だが、それは連続して降りかかる悲劇の幕開けに過ぎなかった……。
いわくつきの一族が暮らす屋敷を舞台に、次々と発生する連続殺人事件。一族の面々は信用できない者ばかりという設定がいかにもで、地味ながら緊迫感あふれるストーリーは、古典ミステリを読む喜びを十分に満足させてくれる。
もちろん本格ミステリだから、サプライズや斬新なトリックもないよりはあった方がよい。実際、本作におけるメイントリックも、この種のものとしては先駆けらしく、当時はもちろん今読んでも十分に評価されて然るべきだろう。
ただ、そのトリックが生きるには、やはり小説として諸々の高い水準が必要だろう。それがプロットであったり人物描写だったりするわけで、さらにはそれが説得力や作品の魅力にも通ずる。本書の「訳者あとがき」ではロバート・バーナードの「真祖がそれまでの経緯の論理的かつ唯一可能なクライマックスとなる、この上なく納得のいく探偵小説」という言葉を挙げているが、まさしくそのとおりである。ここに謎解き小説の本質がある。
ちなみにアリンガムの人物造形にはいつも感心するが、本作のファラデー家の面々も全員捨てがたく、個人的には誰が犯人でも面白かっただろうなという、変な感想を持ってしまった。
ネタバレ回避のため人物名は書かないが、誰それが犯人だったらクリスティのアレ風だったとか、こいつだったらクイーンのアレっぽいとか……そんな感じで全員分妄想できるわけである(決して推理ではない)。そういう意味では、アリンガムの作品は名優が勢揃いして演じる舞台を観るような、そんな楽しみもあるといえる。
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Comments
アリンガム 結構 翻訳されていますよね。「反逆者の財布」を早く翻訳(再刊?)してほしいです。昔、図書館の相互貸借で探してもらって読んだはずなんですが、
全然覚えていない(結構大変だったような)
なので、ちゃんと読みたいんです。
アリンガムは作風が広いですよね。
あと、著者が(実際に)幸せそうなのが、良いところです。
Posted at 16:51 on 12 09, 2023 by fontanka
anta_dareyanen@deredemonaiさん
これが初アリンガムとのこと、いいと思います。
私は翻訳されたものはまあまあ読んでいますが、同じシリーズとは思えないくらい作風が幅広くて、個人的にはこういう落ち着いた本格探偵小説の方が好みです。しかもこれは上質。
確かに、お正月に一杯やりながら読むのに最適かと。お楽しみください。
Posted at 20:10 on 12 05, 2023 by sugata
こんばんは。自分も購入したのですが今のところ積読なので読むのが楽しみです。実をいうとアリンガムの長編はこれが初挑戦でして、短編も乱歩の創元アンソロジーで「ボーダーライン事件」だけという(笑)
正直なところポスト黄金時代(でいいのかな)の作家はブランド、ブレイク、クリスピンを3冊くらいずつ読んで、あとはマーシュとマクロイを1冊読んだだけなのです。「ジェゼベルの死」や「お楽しみの埋葬」は好きですね。
ファラデー家、正月休みあたりにゆっくり読もうと思います。
Posted at 19:37 on 12 05, 2023 by anta_dareyanen@deredemonai
fontankaさん
おお、『反逆者の財布』!
翻訳されたものの中では、私はこれだけ未入手です。論創社さんは過去の抄訳作品を積極的に出し直したりしているので、これも新訳される可能性もないことはないですよね。気長に待ちたいと思います。
Posted at 17:08 on 12 09, 2023 by sugata