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ホリー・ジャクソン『卒業生には向かない真実』(創元推理文庫)
ホリー・ジャクソンの『卒業生には向かない真実』を読む。高校生のピップを主人公にしたシリーズ、というか、三部作の完結編である。ただ、三部作というのも実は適切ではなくて、長篇一作を上中下の三冊に分けたぐらい密接に繋がった物語である。
だから、本作を読む前には、必ず三部作の順番どおり『自由研究には向かない殺人』、『優等生は探偵に向かない』を読んでからの方がいい。単独でもなんとか読めるという感想もネットで見たが、本作でそれをやるのは小説を途中から読み始めるようなものなので、さすがにいただけない。
こんな話。大学入学をひかえるピップは二つの悩みを抱えていた。一つは婦女暴行を行いながら無罪放免されたマックスをポッドキャストの配信で糾弾したため、マックスから名誉毀損で訴えられそうなこと。もうひとつは首を切られた鳩の死骸や道路に描かれた棒人間といったストーカー被害である。
ピップはその手口を調べるうち、六年間に起こった連続殺人との類似点に気づき、本格的に調査に乗り出してゆく……。
▲ホリー・ジャクソン『卒業生には向かない真実』(創元推理文庫)【amazon】
ネットで不穏な感想をいくつか目にしていたので心配はしていが、いや、これは問題作というより怪作に近いのではないか(笑)。
まさか方向性としてこのようなところに持っていくとは夢にも思わなかったので、とにかくサプライズがあればいいという人はともかく、普通のミステリファンでも、この話をすんなり受け入れられるとはなかなか思えないのである。それぐらいとんでもないことを著者はやってしまった。
ミステリとしての完成度は悪くない。本筋は非常によく練られたプロットで、著者が初めからこういう筋書きを考えていたのか、それとも途中で膨らませることにしていたのかは不明だが、『自由研究〜』、『優等生〜』すら壮大な伏線にしてしまう技量には恐れ入るしかない。普通の作家がフォローしないところまで書き込み、ときには回りくどく感じるときもあるが、まあそれは欠点というほどではない。
問題は主人公ピップの壊れ方、そして事件のプラスアルファの部分である。
『自由研究〜』では若さゆえの暴走という感じで見られたが、『優等生〜』ではポッドキャストで地元の事件の配信を行なうなど、歪んだ正義感が目立った。それらは犯罪ではないが、個人的には倫理的に受け入れられるようなものではなく、それをよしとするピップ、ひいては著者のセンスを評価できなかった(ミステリとしての出来はよかったが)。
本作ではピップの状態がさらに酷い。前作のトラウマによって、彼女の精神状態は最低にまで落ち込んでしまう。強迫観念に襲われ、同時に歪んだ正義感はますます増幅。自分の殻に閉じこもり、誰のことも完全には信頼しなくなる。恋人のラヴィにすら秘密にすることは多々あり、自分の内面をすべて吐露することはない。ピップはいつしか孤立し、当然ながら周囲からも信用されない。それがさらに彼女を頑なにするという悪循環。まあ、とにかく読んでいて痛々しく、とても悲劇の主人公として感情移入はできない。
そこから這い上がる成長物語であれば理解できるし、一作目からの盤石のテーマとなったのだろうが、著者は本作中盤で思い切った爆弾を落とす。それが事件のプラスアルファの部分だ。それによって、この三部作全体の流れをめちゃくちゃにし、著者の本当の狙いがよくわからなくなる。著者はこれで少女の成長物語としたかったのだろうか。
結局、ピップという主人公を使い、こういう物語にする必要があったのかという疑問がすべてだ。
ただ、本作のプラスアルファの部分は衝撃的ではあるが、ミステリとしては特に珍しいネタではない。しかし、青春ミステリとしてすでに一定評価を得たこのシリーズで、なぜそれをやるかということ。ピップ、そしてラヴィまでもがとった行動に、そこまでの説得力はないし、この二人に未来はない。
それとも著者はそういう未来をこそ示したかったのだろうか。
だから、本作を読む前には、必ず三部作の順番どおり『自由研究には向かない殺人』、『優等生は探偵に向かない』を読んでからの方がいい。単独でもなんとか読めるという感想もネットで見たが、本作でそれをやるのは小説を途中から読み始めるようなものなので、さすがにいただけない。
こんな話。大学入学をひかえるピップは二つの悩みを抱えていた。一つは婦女暴行を行いながら無罪放免されたマックスをポッドキャストの配信で糾弾したため、マックスから名誉毀損で訴えられそうなこと。もうひとつは首を切られた鳩の死骸や道路に描かれた棒人間といったストーカー被害である。
ピップはその手口を調べるうち、六年間に起こった連続殺人との類似点に気づき、本格的に調査に乗り出してゆく……。
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ネットで不穏な感想をいくつか目にしていたので心配はしていが、いや、これは問題作というより怪作に近いのではないか(笑)。
まさか方向性としてこのようなところに持っていくとは夢にも思わなかったので、とにかくサプライズがあればいいという人はともかく、普通のミステリファンでも、この話をすんなり受け入れられるとはなかなか思えないのである。それぐらいとんでもないことを著者はやってしまった。
ミステリとしての完成度は悪くない。本筋は非常によく練られたプロットで、著者が初めからこういう筋書きを考えていたのか、それとも途中で膨らませることにしていたのかは不明だが、『自由研究〜』、『優等生〜』すら壮大な伏線にしてしまう技量には恐れ入るしかない。普通の作家がフォローしないところまで書き込み、ときには回りくどく感じるときもあるが、まあそれは欠点というほどではない。
問題は主人公ピップの壊れ方、そして事件のプラスアルファの部分である。
『自由研究〜』では若さゆえの暴走という感じで見られたが、『優等生〜』ではポッドキャストで地元の事件の配信を行なうなど、歪んだ正義感が目立った。それらは犯罪ではないが、個人的には倫理的に受け入れられるようなものではなく、それをよしとするピップ、ひいては著者のセンスを評価できなかった(ミステリとしての出来はよかったが)。
本作ではピップの状態がさらに酷い。前作のトラウマによって、彼女の精神状態は最低にまで落ち込んでしまう。強迫観念に襲われ、同時に歪んだ正義感はますます増幅。自分の殻に閉じこもり、誰のことも完全には信頼しなくなる。恋人のラヴィにすら秘密にすることは多々あり、自分の内面をすべて吐露することはない。ピップはいつしか孤立し、当然ながら周囲からも信用されない。それがさらに彼女を頑なにするという悪循環。まあ、とにかく読んでいて痛々しく、とても悲劇の主人公として感情移入はできない。
そこから這い上がる成長物語であれば理解できるし、一作目からの盤石のテーマとなったのだろうが、著者は本作中盤で思い切った爆弾を落とす。それが事件のプラスアルファの部分だ。それによって、この三部作全体の流れをめちゃくちゃにし、著者の本当の狙いがよくわからなくなる。著者はこれで少女の成長物語としたかったのだろうか。
結局、ピップという主人公を使い、こういう物語にする必要があったのかという疑問がすべてだ。
ただ、本作のプラスアルファの部分は衝撃的ではあるが、ミステリとしては特に珍しいネタではない。しかし、青春ミステリとしてすでに一定評価を得たこのシリーズで、なぜそれをやるかということ。ピップ、そしてラヴィまでもがとった行動に、そこまでの説得力はないし、この二人に未来はない。
それとも著者はそういう未来をこそ示したかったのだろうか。
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