ジョルジュ・シムノン『メグレと若い女の死』(ハヤカワ文庫) - 探偵小説三昧
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ジョルジュ・シムノン『メグレと若い女の死』(ハヤカワ文庫)

 ジョルジュ・シムノンの『メグレと若い女の死』を読む。ハヤカワミステリで以前に読んだことがあるが、映画化に合わせて新訳文庫化されたということで手に取ってみた次第。
 古典の新訳もすっかり定着した企画だが、シムノンの場合は未訳作品が多すぎるのか、純粋な新刊はたまに出るけれど、改訳はほぼなかった気がするので、これはいい企画。特にメグレものは珍しく、こういう機会に新たなファンを獲得してほしいものだ。

 メグレと若い女の死(早川)
▲ジョルジュ・シムノン『メグレと若い女の死』(ハヤカワ文庫)【amazon

 こんな話。ある夜ののこと、メグレ警視を初めとする面々は長時間に及ぶ尋問をようやく終えたが、そこへ若い女の死体が第二地区の広場で見つかったと連絡が入る。自分が出向く必要はなかったが、気まぐれを起こしたメグレは、部下を連れて現場へ赴いた。
 真夜中の三時過ぎ。女性は場違いなイブニングドレスを身につけて殺害されていた。ほぼ手がかりはなく、メグレは厄介な事件になりそうだと感じたが、その予想どおり捜査は遅々として進展しない。それでも少しずつメグレたちは被害者女性の足取りを明らかにし、その過去も追っていく……。

 安定の一冊。被害者の若い女性がなぜ広場の一角で死体となっていたのか、彼女のその夜の足取りを追うだけのストーリーだが、その行動が掴めるにつれ、同時に彼女の不幸な人生も明らかになっていく。
 メグレものでは犯罪の謎を解くというより、その事件を起こしてしまった犯罪者に焦点が当たることが多く、そこに心理小越としての味わいや面白さがある。本作はその変形バージョンであり、犯罪者ではなく、被害者の内面に踏み込んでゆく。
 被害者の内面を知ることで、それが犯人逮捕につながってゆくというのも、いかにもシムノン流のミステリで嬉しくなってくる。

 本作では被害者以外にも、注目すべき人物がいる。それが部下のロニョン警部で、頭は切れて真面目に仕事もこなす。ところがいかんせん極めて悲観的なタイプで、協調性もない。常に一人で行動し、報告すらあまりしないので、メグレも気を遣いつつ手を焼くという状態である。ロニョンの自業自得ではあるけれど、結果的にはいつも貧乏くじを引いてしまい、それがまた悲哀を誘う。

 被害者の若い女性とロニョンの生き方は程度の差こそあれ、かなり重なって見えるところがある。人生に対する諦め、虚しさというようなものが込められている。「人生は自分で切り開くものだ」というのはきれいごと、もしくはごく一部の恵まれた人間だけのものであり、多くの人にとって未来はそう簡単に変えられるものではない。ただただ現状に流されるしかないのである。それが人生なのだとシムノンはあからさまに見せてくれる。
 その裏に、実は人生に対する期待が込められていると思いたいが、シムノンの良薬はいつも口に苦いのだ。
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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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