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Q・パトリック『Re-ClaM eX vol.4』(Re-ClaM eX)
海外クラシックミステリの専門同人誌『Re-ClaM vol.10』とその別冊アンソロジー『Re-ClaM eX vol.4』が先日到着。今回は本誌、eXともパトリック・クェンティンの特集ということで、本誌ではディック・キャリンガム名義の短篇+ジョナサン・スタッジ名義の未訳全作のレビュー、eXの方は丸ごとQ・パトリック名義の中短篇三作というかなりのボリュームである。クェンティン関係の記事、収録作は以下のとおり。
『Re-ClaM vol.10』
Frightened Killer「怯える殺人者」
三門優祐「ジョナサン・スタッジ名義未訳作品全レビュー」
『Re-ClaM eX vol.4』
This Way Out「出口なし」
The Woman Who Waited「待っていた女」
The Hated Woman「嫌われ者の女」
パトリック・クェンティンはリチャード・ウェッブとヒュー・C・ホイーラーの合作ペンネームとされている。しかし、少し詳しいファンならご存知のように、初期はウェッブが他の作家と合作していたり、それぞれの単独作品があったり、また、その度に名義をQ・パトリック、パトリック・クェンティン、ジョナサン・スタッジと変え、さらにはそれぞれにシリーズがあったりして作風も変わるなど、とにかく全貌が掴みにくい作家であある。
ザクっとした印象では、重苦しい雰囲気のサスペンス、ピーター・ダルースものに代表される明るめの本格の二本柱という感じだが、本格でもかなり異色の作品が多く、上記のような状況もあって、なかなか一概には言えないところがある。
今回の二冊は、そんなクェンティンの真の姿を明らかにするという意味で重要な一歩だろう。収録短篇はこれまでの作品とはまた異なる印象を持つものもあるし、ジョナサン・スタッジ名義のレビューを読むと、残された未訳作品にはまだまだ傑作も多いという。これをきっかけに、海外ミステリを出している出版社にも興味をもってもらいたいし、できれば全作品が翻訳されることを切に願う次第である。
以下、各作品の感想。
「怯える殺人者」は田舎町に暮らす少年が、内なる残虐性や恐怖心に気づき、成長してなお殺人を繰り返し、最後には死刑となる物語。いわゆるサスペンスとは微妙に違うし、もちろん本格でもない。殺人者の内面を描くという点において、強いていえばノンフィクションや犯罪小説に近い。
注目すべきは動機に執着しているところだろう。闇を抱える人間が何を感じ、どう行動するのか、現代の無差別殺人に通ずるところもあって、そこが怖い。
「出口なし」は妻を寝取られた帰還兵の主人公が、浮気相手の男を殴り倒したところから幕を開ける。いったんはその場を離れた主人公だが、男が心配になってもう一度現場に戻ると、浮気相手は銃殺されている。そして、現場には主人公が妻に贈ったコンパクトが残されていた。妻が犯人ではないかという不安、しかしコンパクトの存在を伏せると容疑は自分にかかってしまう、さあ、どうする、という一席。
ハードボイルドもしくは巻き込まれ型のサスペンスといった趣で、ストーリーの主軸は犯人探しで、コンパクトを落としたのは誰かという小道具の使い方が上手い。
ただ、それ以上に気に入ったのは、妻がどういう人間なのか、彼女は自分をどう思っているのか、その実像が行ったり来たりするところ。妻の言動や周囲の声に翻弄される主人公は実にもの悲しく、すれ違う愛情が読みどころである。
「待っていた女」は今回の中では比較的軽めの一作でトリックも嫌いではない。従来のクェンティンの作風に近く、これはこれでもちろん楽しい。
「嫌われ者の女」は科学者の悪妻が殺害される事件を描く。徹底して性格の悪い科学者の妻が、何者かによって殺害される。犯人は長年虐げられていた夫か、借金をしている不倫相手か、それとも不倫相手の恋人か、あるいは夫のための寄付を断られた友人か。愛憎、金銭、ありとあらゆる殺陣動機と犯罪機会が悪妻の人間性と共に披露され、最後にはそれらを軽く凌駕する真相が待っている。まるで一幕ものの芝居を見ているようで、最後まであっという間に読める佳作。
他の作品もそうだが、著者の意識がけっこう動機に向けられていることが興味深い。本作などもミステリとして思い白いのだけれど、執拗なぐらい動機を中心とした人間模様が描かれており、それが(深みというほどではないけれど)、物語にコクを与えているような印象を受けた。
『Re-ClaM vol.10』
Frightened Killer「怯える殺人者」
三門優祐「ジョナサン・スタッジ名義未訳作品全レビュー」
『Re-ClaM eX vol.4』
This Way Out「出口なし」
The Woman Who Waited「待っていた女」
The Hated Woman「嫌われ者の女」
パトリック・クェンティンはリチャード・ウェッブとヒュー・C・ホイーラーの合作ペンネームとされている。しかし、少し詳しいファンならご存知のように、初期はウェッブが他の作家と合作していたり、それぞれの単独作品があったり、また、その度に名義をQ・パトリック、パトリック・クェンティン、ジョナサン・スタッジと変え、さらにはそれぞれにシリーズがあったりして作風も変わるなど、とにかく全貌が掴みにくい作家であある。
ザクっとした印象では、重苦しい雰囲気のサスペンス、ピーター・ダルースものに代表される明るめの本格の二本柱という感じだが、本格でもかなり異色の作品が多く、上記のような状況もあって、なかなか一概には言えないところがある。
今回の二冊は、そんなクェンティンの真の姿を明らかにするという意味で重要な一歩だろう。収録短篇はこれまでの作品とはまた異なる印象を持つものもあるし、ジョナサン・スタッジ名義のレビューを読むと、残された未訳作品にはまだまだ傑作も多いという。これをきっかけに、海外ミステリを出している出版社にも興味をもってもらいたいし、できれば全作品が翻訳されることを切に願う次第である。
以下、各作品の感想。
「怯える殺人者」は田舎町に暮らす少年が、内なる残虐性や恐怖心に気づき、成長してなお殺人を繰り返し、最後には死刑となる物語。いわゆるサスペンスとは微妙に違うし、もちろん本格でもない。殺人者の内面を描くという点において、強いていえばノンフィクションや犯罪小説に近い。
注目すべきは動機に執着しているところだろう。闇を抱える人間が何を感じ、どう行動するのか、現代の無差別殺人に通ずるところもあって、そこが怖い。
「出口なし」は妻を寝取られた帰還兵の主人公が、浮気相手の男を殴り倒したところから幕を開ける。いったんはその場を離れた主人公だが、男が心配になってもう一度現場に戻ると、浮気相手は銃殺されている。そして、現場には主人公が妻に贈ったコンパクトが残されていた。妻が犯人ではないかという不安、しかしコンパクトの存在を伏せると容疑は自分にかかってしまう、さあ、どうする、という一席。
ハードボイルドもしくは巻き込まれ型のサスペンスといった趣で、ストーリーの主軸は犯人探しで、コンパクトを落としたのは誰かという小道具の使い方が上手い。
ただ、それ以上に気に入ったのは、妻がどういう人間なのか、彼女は自分をどう思っているのか、その実像が行ったり来たりするところ。妻の言動や周囲の声に翻弄される主人公は実にもの悲しく、すれ違う愛情が読みどころである。
「待っていた女」は今回の中では比較的軽めの一作でトリックも嫌いではない。従来のクェンティンの作風に近く、これはこれでもちろん楽しい。
「嫌われ者の女」は科学者の悪妻が殺害される事件を描く。徹底して性格の悪い科学者の妻が、何者かによって殺害される。犯人は長年虐げられていた夫か、借金をしている不倫相手か、それとも不倫相手の恋人か、あるいは夫のための寄付を断られた友人か。愛憎、金銭、ありとあらゆる殺陣動機と犯罪機会が悪妻の人間性と共に披露され、最後にはそれらを軽く凌駕する真相が待っている。まるで一幕ものの芝居を見ているようで、最後まであっという間に読める佳作。
他の作品もそうだが、著者の意識がけっこう動機に向けられていることが興味深い。本作などもミステリとして思い白いのだけれど、執拗なぐらい動機を中心とした人間模様が描かれており、それが(深みというほどではないけれど)、物語にコクを与えているような印象を受けた。
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