Posted
on
馬場孤蝶『悪の華』(ヒラヤマ探偵文庫)
馬場孤蝶は明治から昭和にかけて活動した文学者である。学生時代から島崎藤村や樋口一葉らとも知り合って同人活動をともにするなどしているが、創作としてはあまり芽がでず、教師を経て、翻訳者や文学者としての道がメインとなる。
ただ、我が国の探偵小説にとってはそれが幸いした。孤蝶の教え子の中にはかの森下雨村がいたのである。後年、雨村が雑誌『新青年』のウリを探偵小説にすべく、その準備として数多くの洋書を取り寄せ、手当たり次第に読んでいたが、まったく手が足りない。そこで英語が達者な知り合いにも読んでもらっていたのだが、その一人が孤蝶だった。孤蝶はこれを機に探偵小説にハマり、海外の探偵小説について雑誌や新聞に寄稿したり、講演したりするようになる。そして、その講演を聞いて触発され、デビュー作「二銭銅貨」を書いたのが江戸川乱歩なのである。
しかも乱歩は、最初、孤蝶に「二銭銅貨」の原稿を送ったが、孤蝶は忙しくて読むことができない。そこで乱歩は原稿を孤蝶から送り返してもらい、改めて雨村に送り、これを読んだ雨村が感激して乱歩デビューのきっかけとなったのは有名な話である。
本日の読了本『悪の華』は、そんな孤蝶が自ら書き上げた探偵小説を収録した中篇集である。収録作は以下のとおり。
「髑髏の正体」
「悪の華」
「荊棘の路」
どれも大正時代の後期、雑誌『婦人倶楽部』に連載されたものだが、すべて乱歩の「二銭銅貨」発表以降のことだ。日本の探偵小節は乱歩の「二銭銅貨」によって幕を開け、日本人作家が続々と誕生することになったが、その乱歩デビューの恩人の一人と言ってもよい孤蝶が、乱歩のおかげで自らも探偵小説を書くようになったのは、なんとも因果が巡り巡っていて実に面白い。
「髑髏の正体」は、二人の男女の焼死事件と兄妹殺しという二つの事件を取り上げる。この時点でミステリを読み慣れている人なら、すぐネタに気づくだろうが、このネタを当時これだけスマートにまとめているのが見事である。もっと単純な内容を予想していただけに、しっかりしたプロットにも感心した。
「悪の華」も素晴らしい。米国帰りの歌劇団の公演中、突如として出演者が倒れ込み、その騒ぎのさなか黄色い仮面の怪人が出現し、出演者の一人を惨殺するというもの。ド派手な舞台設定、その後の私立探偵の活躍など、まるで乱歩を先取りしているような感じだが、むしろルパンをはじめとする海外の怪盗ものが頭にあったのかも。こちらも予想以上に複雑な真相で、それが前半でうまく反映されていない感じもあるのは残念だが、いや、それを含めても十分楽しめる。
「荊棘の路」は足を洗ったかつての金庫破りが、病気の妻を抱えての生活苦に、とうとう再び犯罪に手を染めてしまうという導入。ところが忍び込んだ先には死体があり、金庫破りは殺人罪で逮捕される。金庫破りの夫婦を気にかけていた刑事は、真相を突き止めるため捜査を開始するが……。序盤はサスペンス風のクライムストーリーかと思いきや、金庫破りが逮捕されてからはしっかり本格風になる。
孤蝶の作品を読むのはこれが初めてだったが、とにかくそのセンスの良さに驚いた。そうは言っても大正時代の作品なので、もちろんガチガチの本格だとかではないし、ツッコミどころも多々あるのだが、探偵小説が探偵小説らしくあるために必要な要素・雰囲気をしっかりと備えているのである。
おそらくは雨村のおかげで海外の探偵小説を数多くこなし、自然に探偵小説のツボが身についたのだろう。あるいは文学者という職業柄、構造の分析などももしかするとやっていた可能性もある。設定やストーリー展開がけっこう垢抜けているというか、普通に読ませるのである。なんせ当時のことなのでどこかの原作をパクった、いや翻案気味に書いた可能性もあるかも。
とりあえずこのレベルであれば、馬場孤蝶、もう少し読んでみたい気がする。
ただ、我が国の探偵小説にとってはそれが幸いした。孤蝶の教え子の中にはかの森下雨村がいたのである。後年、雨村が雑誌『新青年』のウリを探偵小説にすべく、その準備として数多くの洋書を取り寄せ、手当たり次第に読んでいたが、まったく手が足りない。そこで英語が達者な知り合いにも読んでもらっていたのだが、その一人が孤蝶だった。孤蝶はこれを機に探偵小説にハマり、海外の探偵小説について雑誌や新聞に寄稿したり、講演したりするようになる。そして、その講演を聞いて触発され、デビュー作「二銭銅貨」を書いたのが江戸川乱歩なのである。
しかも乱歩は、最初、孤蝶に「二銭銅貨」の原稿を送ったが、孤蝶は忙しくて読むことができない。そこで乱歩は原稿を孤蝶から送り返してもらい、改めて雨村に送り、これを読んだ雨村が感激して乱歩デビューのきっかけとなったのは有名な話である。
本日の読了本『悪の華』は、そんな孤蝶が自ら書き上げた探偵小説を収録した中篇集である。収録作は以下のとおり。
「髑髏の正体」
「悪の華」
「荊棘の路」
どれも大正時代の後期、雑誌『婦人倶楽部』に連載されたものだが、すべて乱歩の「二銭銅貨」発表以降のことだ。日本の探偵小節は乱歩の「二銭銅貨」によって幕を開け、日本人作家が続々と誕生することになったが、その乱歩デビューの恩人の一人と言ってもよい孤蝶が、乱歩のおかげで自らも探偵小説を書くようになったのは、なんとも因果が巡り巡っていて実に面白い。
「髑髏の正体」は、二人の男女の焼死事件と兄妹殺しという二つの事件を取り上げる。この時点でミステリを読み慣れている人なら、すぐネタに気づくだろうが、このネタを当時これだけスマートにまとめているのが見事である。もっと単純な内容を予想していただけに、しっかりしたプロットにも感心した。
「悪の華」も素晴らしい。米国帰りの歌劇団の公演中、突如として出演者が倒れ込み、その騒ぎのさなか黄色い仮面の怪人が出現し、出演者の一人を惨殺するというもの。ド派手な舞台設定、その後の私立探偵の活躍など、まるで乱歩を先取りしているような感じだが、むしろルパンをはじめとする海外の怪盗ものが頭にあったのかも。こちらも予想以上に複雑な真相で、それが前半でうまく反映されていない感じもあるのは残念だが、いや、それを含めても十分楽しめる。
「荊棘の路」は足を洗ったかつての金庫破りが、病気の妻を抱えての生活苦に、とうとう再び犯罪に手を染めてしまうという導入。ところが忍び込んだ先には死体があり、金庫破りは殺人罪で逮捕される。金庫破りの夫婦を気にかけていた刑事は、真相を突き止めるため捜査を開始するが……。序盤はサスペンス風のクライムストーリーかと思いきや、金庫破りが逮捕されてからはしっかり本格風になる。
孤蝶の作品を読むのはこれが初めてだったが、とにかくそのセンスの良さに驚いた。そうは言っても大正時代の作品なので、もちろんガチガチの本格だとかではないし、ツッコミどころも多々あるのだが、探偵小説が探偵小説らしくあるために必要な要素・雰囲気をしっかりと備えているのである。
おそらくは雨村のおかげで海外の探偵小説を数多くこなし、自然に探偵小説のツボが身についたのだろう。あるいは文学者という職業柄、構造の分析などももしかするとやっていた可能性もある。設定やストーリー展開がけっこう垢抜けているというか、普通に読ませるのである。なんせ当時のことなのでどこかの原作をパクった、いや翻案気味に書いた可能性もあるかも。
とりあえずこのレベルであれば、馬場孤蝶、もう少し読んでみたい気がする。