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マイクル・Z・リューイン『祖父の祈り』(ハヤカワミステリ)
前回の読書がヘビーだったので、今回は少し質量ともに軽いものをと思って手に取ったのがマイクル・Z・リューインの『祖父の祈り』。あのリューインもとうとう八十歳になったということで、それを記念して早川書房から復刊やら新刊が相次いでおり本書もその一環。リューインについては先月だったか『ミステリマガジン』の九月号でも特集が組まれており、リューインも現況に関するエッセイを寄稿していたが、ペースが落ちたとはいえまだ普通に現役でいるのは実に喜ばしいことだ。
さて、『祖父の祈り』だが、こんな話。世界は未知のウィルスのパンデミックによって荒廃した。物資は乏しくなり、治安は著しく悪化、格差社会は広がる一方で、富める者と貧する者は物理的にも政治的にも大きく分断されていた。
そんな中、感染症で妻を亡くした老人は、娘と孫だけは何があっても守るのだという決意のもと、ときには泥棒までやりながら必死に暮らしている。しかし、街の状況は悪くなるばかりで、犯罪者はもちろん警官までもが脅威の対象となっていく。やがて思いもよらないことに家族が増える羽目になり、老人は現状を打破すべく、ある決心をするが……。
おっと、これは予想外。もっとライトな作品かと思っていたのだが、語り口こそ相変わらずの飄々としたリューインではあるけれど、内容はいわゆるディストピア小説。理想郷たるユートピアとは真逆の、近未来の暗黒世界を描いている。
ウィルスの影響で多くの人々が亡くなり、残された人々も今なおウィルスに怯える世界。経済活動は衰退し、治安は悪化、国家システムがほぼ崩壊した無秩序な世界である。残された人々は厳しく管理され、警察も決して市民の盾にはならず、誰もが後ろを気にしながら歩く生活。まさしく絵に描いたような近未来SF的設定である。
といっても、そこはリューイン。題材こそ重いけれど、社会システムの崩壊とか世界を救うといった壮大なストーリーには踏み込まず、あくまでごく普通の市民が家族を守るための日常を描くことに注力する。
昔を懐かしみ、過去の思い出を語る老人の前に広がるのは正反対の現実。悲しみに包まれながらも、家族を守る義務があると自分を奮い立たせる。それは亡き妻の最後の頼みでもあったからだ。そんな老人の生き方、考え方は特に際立ったものではなく、実際大したことができるわけでもないのだけれど、だからこそじわじわと染みるものがある。そして、そういった経緯があるからこそ、最後の老人の行動が響くのである。
そもそも家族については、リューインが長く追い続けているテーマである。旬のネタをいち早く自家薬籠中の物としたことに驚きはしたが、やはりリューインはリューイン。あくまで自分のスタイルで思うところを物語る姿勢に嬉しくなった。テーマがテーマだけに一見さんには物足りなく思われるかもしれないが、こういうディストピア小説があってもいいだろう。
※蛇の足その1……本作はミステリではないけれども、ミステリ作家らしい演出はいくつかあって、やはりこういう部分は巧い。個人的には娘と警官が出会ったときのエピソードに思わずニヤッとさせられた。
※蛇の足その2……なんとなくだけれどリューインの作風は椎名誠の作品と似ているかもしれない。特に半径五メートル(だっけ?)の作家的というところが。考えると『アドバード』もそれっぽい作品だったような記憶が。
さて、『祖父の祈り』だが、こんな話。世界は未知のウィルスのパンデミックによって荒廃した。物資は乏しくなり、治安は著しく悪化、格差社会は広がる一方で、富める者と貧する者は物理的にも政治的にも大きく分断されていた。
そんな中、感染症で妻を亡くした老人は、娘と孫だけは何があっても守るのだという決意のもと、ときには泥棒までやりながら必死に暮らしている。しかし、街の状況は悪くなるばかりで、犯罪者はもちろん警官までもが脅威の対象となっていく。やがて思いもよらないことに家族が増える羽目になり、老人は現状を打破すべく、ある決心をするが……。
おっと、これは予想外。もっとライトな作品かと思っていたのだが、語り口こそ相変わらずの飄々としたリューインではあるけれど、内容はいわゆるディストピア小説。理想郷たるユートピアとは真逆の、近未来の暗黒世界を描いている。
ウィルスの影響で多くの人々が亡くなり、残された人々も今なおウィルスに怯える世界。経済活動は衰退し、治安は悪化、国家システムがほぼ崩壊した無秩序な世界である。残された人々は厳しく管理され、警察も決して市民の盾にはならず、誰もが後ろを気にしながら歩く生活。まさしく絵に描いたような近未来SF的設定である。
といっても、そこはリューイン。題材こそ重いけれど、社会システムの崩壊とか世界を救うといった壮大なストーリーには踏み込まず、あくまでごく普通の市民が家族を守るための日常を描くことに注力する。
昔を懐かしみ、過去の思い出を語る老人の前に広がるのは正反対の現実。悲しみに包まれながらも、家族を守る義務があると自分を奮い立たせる。それは亡き妻の最後の頼みでもあったからだ。そんな老人の生き方、考え方は特に際立ったものではなく、実際大したことができるわけでもないのだけれど、だからこそじわじわと染みるものがある。そして、そういった経緯があるからこそ、最後の老人の行動が響くのである。
そもそも家族については、リューインが長く追い続けているテーマである。旬のネタをいち早く自家薬籠中の物としたことに驚きはしたが、やはりリューインはリューイン。あくまで自分のスタイルで思うところを物語る姿勢に嬉しくなった。テーマがテーマだけに一見さんには物足りなく思われるかもしれないが、こういうディストピア小説があってもいいだろう。
※蛇の足その1……本作はミステリではないけれども、ミステリ作家らしい演出はいくつかあって、やはりこういう部分は巧い。個人的には娘と警官が出会ったときのエピソードに思わずニヤッとさせられた。
※蛇の足その2……なんとなくだけれどリューインの作風は椎名誠の作品と似ているかもしれない。特に半径五メートル(だっけ?)の作家的というところが。考えると『アドバード』もそれっぽい作品だったような記憶が。
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