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ホレス・ウォルポール『オトラントの城』(国書刊行会)
三月に入って仕事や確定申告の準備、その他諸々が忙しなくて、読書がなかなか進まない。ようやく読み終えたのがホレス・ウォルポールの『オトラントの城』で、これがなんと何十年振りかの再読になる。
ゴシック小説を中心として、ミステリのご先祖的な作品をぼちぼち網羅していこうと思っていることもあり、本書もその一環である。ゴシック小説の元祖たる本作だから、やはり一度は読み直しておこうと思った次第だが、ちょうど先日読んだばかりの風間賢二氏の『怪異猟奇ミステリー全史』に背中を押してもらった感じもある。
まずはストーリー。オトラント城の城主マンフレッドは、聡明で美しい娘マティルダに愛情を注がず、どちらかといえば凡庸な息子コンラッドばかりを溺愛している。しかも不吉な予言を気にしており、妻のヒッポリタの不安をよそに、まだ十五歳のコンラッドを一刻も早く結婚させようとしていた。
やがてコンラッドと貴族の娘イザベラとの結婚が決まり、二人の結婚式が執り行われようとしていたその矢先。コンラッドはどこからか出現した巨大な兜によって押し潰され、絶命する。その兜こそ、かつてのオトラント城主アルフォンソの像がつけていたものだったが、それがどうやって上空に出現して落ちてきたのか、誰一人わかるはずもなかった。
落ち込むマンフレッドだったが、彼はイザベラを呼び寄せると、コンラッドを出来の悪い息子だったと誹謗し、自分がイザベラと結婚するという。逃げるイザベラを追い詰めようとしたマンフレッドだったが、そこへ絵画に描かれた先祖が絵から抜け出して……。
ゴシック小説の元祖でもある本作。ミステリの父といわれるポオがたった数作の短編で、多くのミステリのパターンを作り出したように、ウォルポールも後のゴシック小説がお手本にする多くの要素を取り込んでみせた。超自然的な怪奇現象、古城等の舞台設定、隠された陰謀、騎士道精神、ヒロインの役割、邪悪な悪役の存在、サスペンス、ストーリーの小気味よい転換……。近代の小説のようなスマートさには欠けるものの、あざとい要素がてんこ盛りである。
そんな作品ではあるが、あらためて読んでまず思ったのは、そこまで長い話でもなく、思ったほど怪奇現象が起こっていないなということ。しかしながら、同時にその密度の高さに感心し、非常に引き込まれる小説であることもまた実感した。
とはいえ作品の魅力は怪奇要素だけではない。確かに理屈や常識を無視した怪異現象が起こればひとまず読者を驚かせることはできるだろうが、それだけでは面白くはならない。やはりそこに何らかのルールや手がかりといったものが必要で、それらが作品理解の拠りどころとなる。そういったものがなければ、きちんと恐怖や感動につながらないわけだ。もちろんガチガチの論理で固める必要はなく、何らかの伏線ぐらいでいい。
その点、本作は怪異現象を扱いつつも実のところは勧善懲悪的な人間ドラマであり、その興味で物語を引っ張りながら、ラストで怪異現象の秘密とも絡めることで、ツボを押さえているといえる。
ただ、面白い小説であることは確かだし、それがこの時代に書かれたことは素晴らしいのだが、これは著者が好きなものを詰め込んで書いた小説であり、正直そこまで深みがある話ではないように思う気がしないでもない。登場人物についてもマンフレッドは確かに興味深いが、それでもラストの展開はやや白けてしまうところもある。時代ゆえのところもあるだろうが、個人的には『悪の誘惑』や『ケイレブ・ウィリアムズ』あたりに比べると、深みにおいて一枚落ちるかなという感じだ。
したがって本作は最初期のゴシック小説、エンターテインメント小説として大いに評価したい作品であり、その意味では再読した甲斐もあったと思う。
ゴシック小説を中心として、ミステリのご先祖的な作品をぼちぼち網羅していこうと思っていることもあり、本書もその一環である。ゴシック小説の元祖たる本作だから、やはり一度は読み直しておこうと思った次第だが、ちょうど先日読んだばかりの風間賢二氏の『怪異猟奇ミステリー全史』に背中を押してもらった感じもある。
まずはストーリー。オトラント城の城主マンフレッドは、聡明で美しい娘マティルダに愛情を注がず、どちらかといえば凡庸な息子コンラッドばかりを溺愛している。しかも不吉な予言を気にしており、妻のヒッポリタの不安をよそに、まだ十五歳のコンラッドを一刻も早く結婚させようとしていた。
やがてコンラッドと貴族の娘イザベラとの結婚が決まり、二人の結婚式が執り行われようとしていたその矢先。コンラッドはどこからか出現した巨大な兜によって押し潰され、絶命する。その兜こそ、かつてのオトラント城主アルフォンソの像がつけていたものだったが、それがどうやって上空に出現して落ちてきたのか、誰一人わかるはずもなかった。
落ち込むマンフレッドだったが、彼はイザベラを呼び寄せると、コンラッドを出来の悪い息子だったと誹謗し、自分がイザベラと結婚するという。逃げるイザベラを追い詰めようとしたマンフレッドだったが、そこへ絵画に描かれた先祖が絵から抜け出して……。
ゴシック小説の元祖でもある本作。ミステリの父といわれるポオがたった数作の短編で、多くのミステリのパターンを作り出したように、ウォルポールも後のゴシック小説がお手本にする多くの要素を取り込んでみせた。超自然的な怪奇現象、古城等の舞台設定、隠された陰謀、騎士道精神、ヒロインの役割、邪悪な悪役の存在、サスペンス、ストーリーの小気味よい転換……。近代の小説のようなスマートさには欠けるものの、あざとい要素がてんこ盛りである。
そんな作品ではあるが、あらためて読んでまず思ったのは、そこまで長い話でもなく、思ったほど怪奇現象が起こっていないなということ。しかしながら、同時にその密度の高さに感心し、非常に引き込まれる小説であることもまた実感した。
とはいえ作品の魅力は怪奇要素だけではない。確かに理屈や常識を無視した怪異現象が起こればひとまず読者を驚かせることはできるだろうが、それだけでは面白くはならない。やはりそこに何らかのルールや手がかりといったものが必要で、それらが作品理解の拠りどころとなる。そういったものがなければ、きちんと恐怖や感動につながらないわけだ。もちろんガチガチの論理で固める必要はなく、何らかの伏線ぐらいでいい。
その点、本作は怪異現象を扱いつつも実のところは勧善懲悪的な人間ドラマであり、その興味で物語を引っ張りながら、ラストで怪異現象の秘密とも絡めることで、ツボを押さえているといえる。
ただ、面白い小説であることは確かだし、それがこの時代に書かれたことは素晴らしいのだが、これは著者が好きなものを詰め込んで書いた小説であり、正直そこまで深みがある話ではないように思う気がしないでもない。登場人物についてもマンフレッドは確かに興味深いが、それでもラストの展開はやや白けてしまうところもある。時代ゆえのところもあるだろうが、個人的には『悪の誘惑』や『ケイレブ・ウィリアムズ』あたりに比べると、深みにおいて一枚落ちるかなという感じだ。
したがって本作は最初期のゴシック小説、エンターテインメント小説として大いに評価したい作品であり、その意味では再読した甲斐もあったと思う。
Comments
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ファーストリテイリングも稚内プレスも、
たぶん「正直な人」なんだろうな、と思います。
問題は「公器」とか「公人」とかいう意味がまったく理解できないまま、
この情報がグローバル化した令和まで生き延びてしまったことでしょうね。
自分に正直に生きるにしたって、
ウォルポール伯爵くらいに害がない趣味にしてほしいものですなあ。
Posted at 00:33 on 03 13, 2022 by ポール・ブリッツ
ポール・ブリッツさん
時代が進めば技術やシステムも進化しますが、倫理観というものも同時に進化していることをわからない人はすごく多いですね。正直、高齢の経営者などに多くて、そばで意見する人がやはりいないのかなと思います。私も仕事でよく目にしてきました。
ウォルポール伯爵はともかく、作中のマンフレッドもそのタイプの一人なんでしょうね。
Posted at 09:38 on 03 13, 2022 by sugata