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R・オースティン・フリーマン『ソーンダイク博士短篇全集I 歌う骨』(国書刊行会)
一日一篇ぐらいにペースでボチボチ読んできたR・オースティン・フリーマンの『ソーンダイク博士短篇全集I 歌う骨』を読み終えた。
もう最初に書いておくが、これは面白い。ホームズのライヴァルと呼ばれる名探偵は決して少なくないが、やはりその筆頭はソーンダイク博士ものに尽きるだろう。
ここ二十年ほどでソーンダイク博士の物語はかなり紹介が進み、ずいぶん再評価もされてきたように思うが、こうして短篇を発表された順番にまとめて読むと、また印象が新たになる。
John Thorndyke's Cases『ジョン・ソーンダイクの事件記録』
The Man with the Nailed Shoes「鋲底靴の男」
The Stranger's Latchkey「よそ者の鍵」
The Anthropologist at Large「博識な人類学者」
The Blue Sequin「青いスパンコール」
The Moabite Cipher「モアブ語の暗号」
The Mandarin's Pearl「清の高官の真珠」
The Aluminium Daggar「アルミニウムの短剣」
A Message from the Deep Sea「深海からのメッセージ」
The Singing Bone『歌う骨』
The Case of Oscar Brodski「オスカー・ブロドスキー事件」
A Case of Premeditation「練り上げた事前計画」
The Echo of a Mutiny「船上犯罪の因果」
A Wastrel's Romance「ろくでなしのロマンス」
The Old Lag「前科者」
収録作は以上。ソーンダイク博士ものの中短篇は四十二作あり、それらを三分冊で編集したものが『ソーンダイク博士短篇全集』であり、本書はその第一巻となる。元々のソーンダイクものを含む短篇集は六冊あり、本書では第一短篇集の『ジョン・ソーンダイクの事件記録』、第二短篇集の『歌う骨』の二冊を丸々収録しているということで、今後もおそらく二冊ずつまとめる形がベースになるのだろう。
作りとしては初出誌のイラストを可能な限り収録し、単行本と雑誌版の差も説明するという徹底ぶりで解説も充実。まさに「決定版」の名に恥じない一冊である。
しかし、あらためて思うことだが、長篇にしろ短篇集にしろ、やはり刊行順なり発表順に読むというのはけっこう大切なことだ。作風の変化や作者の技術的な成長、意識の変化など、当たり前だが一番しっかりと理解できる。海外作家の場合、売れる売れないの理由があって代表作から発売されることも多いし、必ずしも発表順に読めるとはかぎらない。そもそも一作家の全作が翻訳されること自体が珍しいので、百年前に書かれたミステリのシリーズの全短篇が、令和のいま、順番に読めるようになるというのは画期的なことだろう(これは作品社から出た「思考機械」や「隅の老人」シリーズも同様)。
もちろん画期的とはいえ、それも作品の面白さや価値があってこそ。R・オースティン・フリーマンのソーンダイク博士シリーズはいま読んでも十分に面白いのである。
その魅力のひとつは、いうまでもなく科学的捜査を推理のベースとして導入したことだ。ひと頃はかえってそれが経年劣化を招くと誤解され、紹介が遅れる一因になったと思われる節もあるのだが、これがそもそもの間違い。確かにそういう一面もあるのは否定できないし、実際にそういう作品もあるだろう。
だが、そういう欠点を含みつつも、科学的な捜査を基盤にすることで、ミステリにおける論理展開の重要性をより明確に打ち出した功績は大きい。これはソーンダイク博士もののもう一つの魅力である“ロジック重視”にも通じるもので、物事が論理的に解明されることの気持ちよさ、恐怖を論理が鎮めるというミステリの本質にもつながるものだ。
第一短篇集『ジョン・ソーンダイクの事件記録』分に収録された作品は、そういう著者の意識がはっきり出た作品ばかりで、この点で他の同時代のミステリとは一線を画しているのがよくわかる。あらためて読むと思った以上に出来のムラが少ないのも感心する。
科学捜査の手段が古くなるのは仕方ない。ただし、古いなりにも科学的捜査によって手がかりが見つかり、論理的に謎が解き明かされていくのであれば、ミステリの本質的な楽しみとしてはいささかの不足もないのではないか。
ホームズの対抗馬として登場したソーンダイク博士は、科学的捜査をフィーチャーしたことで頭ひとつ抜けだしたが、もうひとつ大きなポイントがある。それがご存知、倒叙ミステリの発明である。
推理する過程、捜査する過程の面白さをさらに押し進めた結果として生まれたような技法だが、第二短篇集『歌う骨』でそれが一気に花開く。犯人や犯行方法は最初からわかってしまうけれども、探偵がどうやって犯行の綻びに気づくか、どうやって切り崩していくのか、新たなサプライズや知的興味を生んだことは特筆に値するし、さらに犯人と探偵の対決という構図で演出できることなど、従来の本格ミステリとは異なる面白さを生み出した点も実に素晴らしい。
こうしてみるとフリーマンはコナン・ドイルに負けないぐらい、ミステリというジャンルに貢献しており、その点はもっと評価されていいはずだ。
ということで大満足の一冊。海外クラシックミステリのファンが必携なのは当然としても、この魅力や面白さがホームズ並とはいわないけれど、もう少し一般のミステリファンにも広がればいいのだが。
もう最初に書いておくが、これは面白い。ホームズのライヴァルと呼ばれる名探偵は決して少なくないが、やはりその筆頭はソーンダイク博士ものに尽きるだろう。
ここ二十年ほどでソーンダイク博士の物語はかなり紹介が進み、ずいぶん再評価もされてきたように思うが、こうして短篇を発表された順番にまとめて読むと、また印象が新たになる。
John Thorndyke's Cases『ジョン・ソーンダイクの事件記録』
The Man with the Nailed Shoes「鋲底靴の男」
The Stranger's Latchkey「よそ者の鍵」
The Anthropologist at Large「博識な人類学者」
The Blue Sequin「青いスパンコール」
The Moabite Cipher「モアブ語の暗号」
The Mandarin's Pearl「清の高官の真珠」
The Aluminium Daggar「アルミニウムの短剣」
A Message from the Deep Sea「深海からのメッセージ」
The Singing Bone『歌う骨』
The Case of Oscar Brodski「オスカー・ブロドスキー事件」
A Case of Premeditation「練り上げた事前計画」
The Echo of a Mutiny「船上犯罪の因果」
A Wastrel's Romance「ろくでなしのロマンス」
The Old Lag「前科者」
収録作は以上。ソーンダイク博士ものの中短篇は四十二作あり、それらを三分冊で編集したものが『ソーンダイク博士短篇全集』であり、本書はその第一巻となる。元々のソーンダイクものを含む短篇集は六冊あり、本書では第一短篇集の『ジョン・ソーンダイクの事件記録』、第二短篇集の『歌う骨』の二冊を丸々収録しているということで、今後もおそらく二冊ずつまとめる形がベースになるのだろう。
作りとしては初出誌のイラストを可能な限り収録し、単行本と雑誌版の差も説明するという徹底ぶりで解説も充実。まさに「決定版」の名に恥じない一冊である。
しかし、あらためて思うことだが、長篇にしろ短篇集にしろ、やはり刊行順なり発表順に読むというのはけっこう大切なことだ。作風の変化や作者の技術的な成長、意識の変化など、当たり前だが一番しっかりと理解できる。海外作家の場合、売れる売れないの理由があって代表作から発売されることも多いし、必ずしも発表順に読めるとはかぎらない。そもそも一作家の全作が翻訳されること自体が珍しいので、百年前に書かれたミステリのシリーズの全短篇が、令和のいま、順番に読めるようになるというのは画期的なことだろう(これは作品社から出た「思考機械」や「隅の老人」シリーズも同様)。
もちろん画期的とはいえ、それも作品の面白さや価値があってこそ。R・オースティン・フリーマンのソーンダイク博士シリーズはいま読んでも十分に面白いのである。
その魅力のひとつは、いうまでもなく科学的捜査を推理のベースとして導入したことだ。ひと頃はかえってそれが経年劣化を招くと誤解され、紹介が遅れる一因になったと思われる節もあるのだが、これがそもそもの間違い。確かにそういう一面もあるのは否定できないし、実際にそういう作品もあるだろう。
だが、そういう欠点を含みつつも、科学的な捜査を基盤にすることで、ミステリにおける論理展開の重要性をより明確に打ち出した功績は大きい。これはソーンダイク博士もののもう一つの魅力である“ロジック重視”にも通じるもので、物事が論理的に解明されることの気持ちよさ、恐怖を論理が鎮めるというミステリの本質にもつながるものだ。
第一短篇集『ジョン・ソーンダイクの事件記録』分に収録された作品は、そういう著者の意識がはっきり出た作品ばかりで、この点で他の同時代のミステリとは一線を画しているのがよくわかる。あらためて読むと思った以上に出来のムラが少ないのも感心する。
科学捜査の手段が古くなるのは仕方ない。ただし、古いなりにも科学的捜査によって手がかりが見つかり、論理的に謎が解き明かされていくのであれば、ミステリの本質的な楽しみとしてはいささかの不足もないのではないか。
ホームズの対抗馬として登場したソーンダイク博士は、科学的捜査をフィーチャーしたことで頭ひとつ抜けだしたが、もうひとつ大きなポイントがある。それがご存知、倒叙ミステリの発明である。
推理する過程、捜査する過程の面白さをさらに押し進めた結果として生まれたような技法だが、第二短篇集『歌う骨』でそれが一気に花開く。犯人や犯行方法は最初からわかってしまうけれども、探偵がどうやって犯行の綻びに気づくか、どうやって切り崩していくのか、新たなサプライズや知的興味を生んだことは特筆に値するし、さらに犯人と探偵の対決という構図で演出できることなど、従来の本格ミステリとは異なる面白さを生み出した点も実に素晴らしい。
こうしてみるとフリーマンはコナン・ドイルに負けないぐらい、ミステリというジャンルに貢献しており、その点はもっと評価されていいはずだ。
ということで大満足の一冊。海外クラシックミステリのファンが必携なのは当然としても、この魅力や面白さがホームズ並とはいわないけれど、もう少し一般のミステリファンにも広がればいいのだが。
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Comments
Edit
いつの間に出たんだ!(^^;) 気がつかなかった。
これはもう図書館に掛け合って読むしかないじゃないですか。
次はフォーチュン氏かマーチン・ヒューイットで企画してくれないかなあ……無理かなあ……。膨大すぎたり時代がかぶってダメならバナー上院議員でもいいぞ。
Posted at 19:04 on 11 09, 2020 by ポール・ブリッツ
ポール・ブリッツさん
フォーチュン氏やマーチン・ヒューイットを期待するなら、ちゃんと買ってあげないと、あとが続かない……。
Posted at 22:45 on 11 09, 2020 by sugata