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花房観音『京都に女王と呼ばれた作家がいた 山村美紗とふたりの男』(西日本新聞社)
先日、ふと書店で見かけてびっくりした新刊がある。本日の読了本、花房観音の『京都に女王と呼ばれた作家がいた』のことで、なんと山村美紗の評伝である。その内容が興味深かったのもあるが、それ以上に驚いたのはこの本が出ることをまったく知らなかったからだ。インターネットが発達し、数々の情報サイトのみならずSNSでも山ほど新刊情報が入ってくる。中には発行部数100部ほどの同人誌すら事前に発売情報が流れてくる。おかげで予約や当日での購入が非常に便利になっているわけだが、そういう時代にあっても本書はノーマークだった。
少し調べてみると、それも納得。版元は関西にある地方密着型の中堅出版社。地元に根差したノンフィクションが専門のようで、山村美紗の本はもちろん小説も刊行していない。著者の花房観音は第1回団鬼六賞受賞者でホラーも書いているから名前は知っていたが、やはり純粋なミステリとは距離があるため、これまで著作は読んだことがなかった。ということで版元、著者ともに自分の守備範囲のギリギリ枠外にあったらしく、アンテナに引っかからなかったようだ。
まあ、それはともかく。
本書は“ミステリの女王”こと山村美紗の生涯を綴った評伝である。副題に「山村美紗とふたりの男」とあるように、山村美紗にとって非常に重要な存在だった“夫”と“西村京太郎”の二人との関係に、特に焦点が当てられている。
山村美紗と西村京太郎との関係は、山村美紗が亡くなって二十年以上経った今でも藪の中であるという。西村京太郎と山村美紗、二人のベストセラー作家が組んで「営業」することで、盤石の地位を築いていったこと、出版社や京都の大企業のトップとも親交があり、まさに女王のような生活を送っていたことぐらいは管理人も何かの本で読んで知っていたが、実際の彼女の生涯や西村京太郎との関係は一般にはほぼ知られていない。
そもそも二人の関係に迫ること自体が業界のタブーだった。二人が活躍した時期は出版の絶頂期。その中でも山村美紗と西村京太郎はドル箱中のドル箱である。この二人のご機嫌を損ねること、とりわけ山村美紗を怒らせることは厳禁であり、彼女たちのスキャンダルは絶対にあってはならなかったのだ。
しかし、山村美紗は西村京太郎を京都に呼び寄せ、旅館だった建物を改装し、隣り合わせに住んでいたほどの関係である。山村美紗はあくまで出版社との「共闘」のためとしていたが、本当にそこに男女の関係はなかったのか。
なんせ、その一方で山村美紗には歴とした“夫”がいたのである。山村巍(たかし)だ。山村美紗が好きなことに邁進できるよう夫は教師をしながら、徹底的に妻をサポートした。その存在は恐ろしいほどに黒子であり、担当編集者でも夫がいることを知らなかった者もいたという。
そんな二人の男は、互いの存在をどう思っていたのか。山村美紗は二人をどういう存在として見ていたのか。本書の肝はまさしくそこにあるべきなのだが、残念ながらその真相は明らかにされていない。著者の展開する道筋は非常に丁寧でわかりやすいものの、存命中の二人の男に対しての取材ができていないのである。ここが惜しい。
だが仕方がない面もある。先ほども書いたように、二人の関係に迫ることは業界のタブーであり、それは今も続いているらしく、取材にはどうしても限界があったようだ。また、本書もについても多くの出版社から断りを受けたとのこと。西日本出版社という文芸とはあまり縁のない版元から出たのも、そこに理由があったのである。
実は管理人が最初に書いた、発売情報がそれほど入手できなかった云々というのも、普通の本に比べて関係者が積極的に拡散していなかった部分があるのかもしれない。まあ、これはあくまで想像だけれど。
ということで、もっともメインとなるテーマがあやふやなままになっているのは残念だが、それでも山村美紗のファンやミステリ史に興味がある人には、間違いなく「買い」の一冊だと言っておこう。二人の男との関係は抜きにしても、山村美紗という作家の生き様は存分に味わうことができる。
「好きなものを書いて生活ができるだけで嬉しい」、「ミステリ作家として歴史に残る傑作を残したい」、そんなふうにいうミステリ作家は少なくないけれど、山村美紗は違う。彼女はミステリ作家として大成したいタイプだったのである。上昇志向の強さとうちに秘めたコンプレックス、それらが混然となって彼女のエネルギーとなる。そんな野心的な作家の実像に迫ったのが本書であり、非常に興味深い一冊であるといえるだろう。
少し調べてみると、それも納得。版元は関西にある地方密着型の中堅出版社。地元に根差したノンフィクションが専門のようで、山村美紗の本はもちろん小説も刊行していない。著者の花房観音は第1回団鬼六賞受賞者でホラーも書いているから名前は知っていたが、やはり純粋なミステリとは距離があるため、これまで著作は読んだことがなかった。ということで版元、著者ともに自分の守備範囲のギリギリ枠外にあったらしく、アンテナに引っかからなかったようだ。
まあ、それはともかく。
本書は“ミステリの女王”こと山村美紗の生涯を綴った評伝である。副題に「山村美紗とふたりの男」とあるように、山村美紗にとって非常に重要な存在だった“夫”と“西村京太郎”の二人との関係に、特に焦点が当てられている。
山村美紗と西村京太郎との関係は、山村美紗が亡くなって二十年以上経った今でも藪の中であるという。西村京太郎と山村美紗、二人のベストセラー作家が組んで「営業」することで、盤石の地位を築いていったこと、出版社や京都の大企業のトップとも親交があり、まさに女王のような生活を送っていたことぐらいは管理人も何かの本で読んで知っていたが、実際の彼女の生涯や西村京太郎との関係は一般にはほぼ知られていない。
そもそも二人の関係に迫ること自体が業界のタブーだった。二人が活躍した時期は出版の絶頂期。その中でも山村美紗と西村京太郎はドル箱中のドル箱である。この二人のご機嫌を損ねること、とりわけ山村美紗を怒らせることは厳禁であり、彼女たちのスキャンダルは絶対にあってはならなかったのだ。
しかし、山村美紗は西村京太郎を京都に呼び寄せ、旅館だった建物を改装し、隣り合わせに住んでいたほどの関係である。山村美紗はあくまで出版社との「共闘」のためとしていたが、本当にそこに男女の関係はなかったのか。
なんせ、その一方で山村美紗には歴とした“夫”がいたのである。山村巍(たかし)だ。山村美紗が好きなことに邁進できるよう夫は教師をしながら、徹底的に妻をサポートした。その存在は恐ろしいほどに黒子であり、担当編集者でも夫がいることを知らなかった者もいたという。
そんな二人の男は、互いの存在をどう思っていたのか。山村美紗は二人をどういう存在として見ていたのか。本書の肝はまさしくそこにあるべきなのだが、残念ながらその真相は明らかにされていない。著者の展開する道筋は非常に丁寧でわかりやすいものの、存命中の二人の男に対しての取材ができていないのである。ここが惜しい。
だが仕方がない面もある。先ほども書いたように、二人の関係に迫ることは業界のタブーであり、それは今も続いているらしく、取材にはどうしても限界があったようだ。また、本書もについても多くの出版社から断りを受けたとのこと。西日本出版社という文芸とはあまり縁のない版元から出たのも、そこに理由があったのである。
実は管理人が最初に書いた、発売情報がそれほど入手できなかった云々というのも、普通の本に比べて関係者が積極的に拡散していなかった部分があるのかもしれない。まあ、これはあくまで想像だけれど。
ということで、もっともメインとなるテーマがあやふやなままになっているのは残念だが、それでも山村美紗のファンやミステリ史に興味がある人には、間違いなく「買い」の一冊だと言っておこう。二人の男との関係は抜きにしても、山村美紗という作家の生き様は存分に味わうことができる。
「好きなものを書いて生活ができるだけで嬉しい」、「ミステリ作家として歴史に残る傑作を残したい」、そんなふうにいうミステリ作家は少なくないけれど、山村美紗は違う。彼女はミステリ作家として大成したいタイプだったのである。上昇志向の強さとうちに秘めたコンプレックス、それらが混然となって彼女のエネルギーとなる。そんな野心的な作家の実像に迫ったのが本書であり、非常に興味深い一冊であるといえるだろう。