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D・E・ウェストレイク『さらば、シェヘラザード』(国書刊行会)
世田谷文学館でやっている「筒井康隆展」を訪問。ほんとはイベントをやっていた昨日がよかったのだけれど、所用で止むを得ず。
筒井康隆にはまったのは高校の頃だがそれ以来ずっと読んでいて、特に新刊をリアルタイムで読み始めた『虚航船団』の頃から断筆宣言するあたりまでは傑作が目白押しで幸せな時期であった。好きな作品を五作選べと言われたら『大いなる助走』『虚航船団』『文学部唯野教授』『ロートレック荘事件』『残像に口紅を』『夢の木坂分岐点』『家族八景』『パプリカ』あたりか、全然五作じゃないけど(苦笑)。
それはともかく「筒井康隆展」だが、中身としては氏の生涯を振り返りながらパネルや生原稿等を展示するというオーソドックスなもので、関係した芝居や映画の上映もやっている。『虚構船団』の生原稿はちょっと感激。当時は手書きなわけだが『虚構船団』みたいなややこしい長編を、原稿用紙でよくまとめたなぁと感心。著者はもちろん編集者も偉いわ。
お土産は栞と図録。栞は「筒」「井」「康」「隆」の四つがセットになっていてデザインは面白いけれど、紙製なのが残念。多少高くていいからプラスチックか金属にしてほしかった。
本日の読了本はD・E・ウェストレイクの『さらば、シェヘラザード』。国書刊行会〈ドーキー・アーカイブ〉の一冊ということで、やはりけっこう変な小説であった。
こんな話……といってもストーリーらしいストーリはほとんどない。
大学時代の友人で今はそこそこ売れている作家ロッドのゴーストライターとして、ポルノ小説を書いているエド・トップリス。ところが締切が近づいているというのに、まったく書くことができない。いざ書き始めても、自分の生活や過去のあれこれに話が流れ、一章書いてはボツにし、一章書いてはボツにし、使い物にならない一章ばかりが溜まっていく……。
本作はミステリではなく普通小説であり、しかもその中身が特殊すぎてこれまで翻訳されなかった曰く付きの作品である。ミステリ作家のノンミステリは売れないという事情はあったらしいが、そもそもノンミステリとしてもかなりの異色作で、これは確かに版元としては躊躇して当然である。
そもそも本書はエドが書いているポルノ小説という設定である。ノンブル(ページ数)が上下に打たれていて、下は本書の正しいノンブル、上はエドが書いている小説のノンブルなのだが、先に書いたようにエドは一章書いてはまた最初から書き直すため、上のノンブルはまた1にリセットされるという具合。
書かれている内容もポルノ小説どころか、どうやったら書けるようになるのかの試行錯誤だったり、ポルノ小説の創作法だったり、自分の私生活だったり、挙句は過去の思い出にも話は及び、あわてて書き直すという始末。とにかく意識の赴くままに書くから脱線ばかりで、最終的には現実と書いている小説が混ざり合ったりするというメタ的な展開になってくるのである。
ウェストレイク自身の作品をセルフパロディにしている点をはじめ、いろいろなネタをしこんでいることも興味深い(このあたり解説が詳しくて非常にありがたい)。一見グダグダに見える小説だが、中盤以降の流れなど、実はけっこう緻密に考えられた作品なのである。
もちろん物語としての面白さを求める向きにはお勧めできるものではないし、ある程度小説を読んだ人でないと辛いだろうが、実験小説やメタフィクションの入門書としては悪くないのではないだろうか。
「筒井康隆展」を観てきた日にこういうものが読めてちょうどよかった。
筒井康隆にはまったのは高校の頃だがそれ以来ずっと読んでいて、特に新刊をリアルタイムで読み始めた『虚航船団』の頃から断筆宣言するあたりまでは傑作が目白押しで幸せな時期であった。好きな作品を五作選べと言われたら『大いなる助走』『虚航船団』『文学部唯野教授』『ロートレック荘事件』『残像に口紅を』『夢の木坂分岐点』『家族八景』『パプリカ』あたりか、全然五作じゃないけど(苦笑)。
それはともかく「筒井康隆展」だが、中身としては氏の生涯を振り返りながらパネルや生原稿等を展示するというオーソドックスなもので、関係した芝居や映画の上映もやっている。『虚構船団』の生原稿はちょっと感激。当時は手書きなわけだが『虚構船団』みたいなややこしい長編を、原稿用紙でよくまとめたなぁと感心。著者はもちろん編集者も偉いわ。
お土産は栞と図録。栞は「筒」「井」「康」「隆」の四つがセットになっていてデザインは面白いけれど、紙製なのが残念。多少高くていいからプラスチックか金属にしてほしかった。
本日の読了本はD・E・ウェストレイクの『さらば、シェヘラザード』。国書刊行会〈ドーキー・アーカイブ〉の一冊ということで、やはりけっこう変な小説であった。
こんな話……といってもストーリーらしいストーリはほとんどない。
大学時代の友人で今はそこそこ売れている作家ロッドのゴーストライターとして、ポルノ小説を書いているエド・トップリス。ところが締切が近づいているというのに、まったく書くことができない。いざ書き始めても、自分の生活や過去のあれこれに話が流れ、一章書いてはボツにし、一章書いてはボツにし、使い物にならない一章ばかりが溜まっていく……。
本作はミステリではなく普通小説であり、しかもその中身が特殊すぎてこれまで翻訳されなかった曰く付きの作品である。ミステリ作家のノンミステリは売れないという事情はあったらしいが、そもそもノンミステリとしてもかなりの異色作で、これは確かに版元としては躊躇して当然である。
そもそも本書はエドが書いているポルノ小説という設定である。ノンブル(ページ数)が上下に打たれていて、下は本書の正しいノンブル、上はエドが書いている小説のノンブルなのだが、先に書いたようにエドは一章書いてはまた最初から書き直すため、上のノンブルはまた1にリセットされるという具合。
書かれている内容もポルノ小説どころか、どうやったら書けるようになるのかの試行錯誤だったり、ポルノ小説の創作法だったり、自分の私生活だったり、挙句は過去の思い出にも話は及び、あわてて書き直すという始末。とにかく意識の赴くままに書くから脱線ばかりで、最終的には現実と書いている小説が混ざり合ったりするというメタ的な展開になってくるのである。
ウェストレイク自身の作品をセルフパロディにしている点をはじめ、いろいろなネタをしこんでいることも興味深い(このあたり解説が詳しくて非常にありがたい)。一見グダグダに見える小説だが、中盤以降の流れなど、実はけっこう緻密に考えられた作品なのである。
もちろん物語としての面白さを求める向きにはお勧めできるものではないし、ある程度小説を読んだ人でないと辛いだろうが、実験小説やメタフィクションの入門書としては悪くないのではないだろうか。
「筒井康隆展」を観てきた日にこういうものが読めてちょうどよかった。
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