Posted
on
ビル・ビバリー『東の果て、夜へ』(ハヤカワ文庫)
昨年末の各種ミステリベストテンで上位に食い込んだ『東の果て、夜へ』が本日の読了本。
これがデビュー作ということだが、CWA(英国推理作家協会)のゴールドダガー賞(最優秀長篇賞)、同ジョン・クリーシー・ダガー賞(最優秀新人賞)、全英図書賞、ロサンゼルス・タイムズ文学賞などを総なめにするという快挙も為し遂げているのはなかなか。
ただ、肝心のMWA(アメリカ探偵作家クラブ)では、処女長編賞でのノミネートだけに終わっているのが意外である。
ま、それはともかく。こんな話。
ここはロサンゼルスのスラム街。十五歳の黒人少年イーストは、ギャングの麻薬密売所で見張り役のリーダーを務めていた。しかし、あるとき警察の手入れを受けてしまう。
責任を問われたイーストに、組織が命じた新たな任務は“殺し"だった。遠く離れたウィスコンシン州へ三人の仲間と向かい、裏切り者の判事を始末しろというのだ。同行するのは二十歳になるリーダー格のマイケル・ウィルソン、コンピュータが得意な十七歳のウォルター、そして十三歳にしてすでに殺し屋として生きるイーストの弟・タイ。
四人という人数も驚きだったが、さらに驚いたことに、四人は飛行機を使わず、すべてクルマでの移動を命じられる。しかもホテルなど身元を知られるような施設も一切使えず、暗殺に使う銃も現地調達という徹底ぶりだった。
任務の厳しさとチームの人選に、嫌な予感に襲われるイースト。だが時は来て、四人は遠くウィスコンシン州へと旅だってゆく……。
あまりに前宣伝で煽ったり、ネットでの評判がよすぎると、覆わず眉につばをつけたくなってくるものだが、本作は確かに素晴らしい。
基本は四人の若者の旅を描いたロード・ノベルだが、同時に少年の成長物語でもある。というとすぐに思いだされるのがスティーヴン・キングの『スタンド・バイ・ミー』だが、もちろんあれと同じというわけではない。本作の根底にあるのは黒人ギャングの徹底した暴力と犯罪の世界であり、結局のところ、本作は優れた犯罪小説でもあるのだ。
読みどころはやはり若者たち四人の道中の描写だろう。
組織のボス・フィンの甥でもあるイーストは、フィンを怖れながらも慕っており、その命令には絶対に従おうとする。
一方のマイケルは目付役ながらも不安定な性格でルールなどおかまいなし。ことあるごとにリーダー風を吹かしてイーストに絡む。
ウォルターは暴力沙汰にはまったく不向きな感じだが、頭は切れ、イーストはその人間的な魅力にも少しずつ気づいてゆく。
そして最も危険なのは弟のタイ。イーストとは異父兄弟で仲も悪く、何より十三歳というのに人を殺すことにもまったく躊躇しない。
そんな四人がゴツゴツとぶつかりながら、とにかく東をめざす。イーストの中で膨れあがる不安や恐怖、心理的葛藤が執拗に描かれ、そこから滲み出る緊張感や絶望感が半端ではない。語りの巧さはとても新人とは思えず、ストーリーの面白さにあぐらをかかず、そういった精神的な部分を丁寧に描いているからこそ評価も高いのだろう。読者としては、この先待ち受けるであろう彼らの過酷な運命を見届けずにはいられなくなるのだ。
また、旅がひと山越えたところで描かれる第三部がまたすごい。ネタバレとなるので詳しくは書かないが、それまでの“殺し"の旅の部分がロードノベルもしくは犯罪小説だとすれば、第三部では文学的な高まりを見せる。そして最後は本作がやはりミステリでもあったことを思い出させてくれるのがまた心地よい。
幾重にも重なった楽しみや感動を味わえる一冊。確かにこれはおすすめだ。
これがデビュー作ということだが、CWA(英国推理作家協会)のゴールドダガー賞(最優秀長篇賞)、同ジョン・クリーシー・ダガー賞(最優秀新人賞)、全英図書賞、ロサンゼルス・タイムズ文学賞などを総なめにするという快挙も為し遂げているのはなかなか。
ただ、肝心のMWA(アメリカ探偵作家クラブ)では、処女長編賞でのノミネートだけに終わっているのが意外である。
ま、それはともかく。こんな話。
ここはロサンゼルスのスラム街。十五歳の黒人少年イーストは、ギャングの麻薬密売所で見張り役のリーダーを務めていた。しかし、あるとき警察の手入れを受けてしまう。
責任を問われたイーストに、組織が命じた新たな任務は“殺し"だった。遠く離れたウィスコンシン州へ三人の仲間と向かい、裏切り者の判事を始末しろというのだ。同行するのは二十歳になるリーダー格のマイケル・ウィルソン、コンピュータが得意な十七歳のウォルター、そして十三歳にしてすでに殺し屋として生きるイーストの弟・タイ。
四人という人数も驚きだったが、さらに驚いたことに、四人は飛行機を使わず、すべてクルマでの移動を命じられる。しかもホテルなど身元を知られるような施設も一切使えず、暗殺に使う銃も現地調達という徹底ぶりだった。
任務の厳しさとチームの人選に、嫌な予感に襲われるイースト。だが時は来て、四人は遠くウィスコンシン州へと旅だってゆく……。
あまりに前宣伝で煽ったり、ネットでの評判がよすぎると、覆わず眉につばをつけたくなってくるものだが、本作は確かに素晴らしい。
基本は四人の若者の旅を描いたロード・ノベルだが、同時に少年の成長物語でもある。というとすぐに思いだされるのがスティーヴン・キングの『スタンド・バイ・ミー』だが、もちろんあれと同じというわけではない。本作の根底にあるのは黒人ギャングの徹底した暴力と犯罪の世界であり、結局のところ、本作は優れた犯罪小説でもあるのだ。
読みどころはやはり若者たち四人の道中の描写だろう。
組織のボス・フィンの甥でもあるイーストは、フィンを怖れながらも慕っており、その命令には絶対に従おうとする。
一方のマイケルは目付役ながらも不安定な性格でルールなどおかまいなし。ことあるごとにリーダー風を吹かしてイーストに絡む。
ウォルターは暴力沙汰にはまったく不向きな感じだが、頭は切れ、イーストはその人間的な魅力にも少しずつ気づいてゆく。
そして最も危険なのは弟のタイ。イーストとは異父兄弟で仲も悪く、何より十三歳というのに人を殺すことにもまったく躊躇しない。
そんな四人がゴツゴツとぶつかりながら、とにかく東をめざす。イーストの中で膨れあがる不安や恐怖、心理的葛藤が執拗に描かれ、そこから滲み出る緊張感や絶望感が半端ではない。語りの巧さはとても新人とは思えず、ストーリーの面白さにあぐらをかかず、そういった精神的な部分を丁寧に描いているからこそ評価も高いのだろう。読者としては、この先待ち受けるであろう彼らの過酷な運命を見届けずにはいられなくなるのだ。
また、旅がひと山越えたところで描かれる第三部がまたすごい。ネタバレとなるので詳しくは書かないが、それまでの“殺し"の旅の部分がロードノベルもしくは犯罪小説だとすれば、第三部では文学的な高まりを見せる。そして最後は本作がやはりミステリでもあったことを思い出させてくれるのがまた心地よい。
幾重にも重なった楽しみや感動を味わえる一冊。確かにこれはおすすめだ。