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江戸川乱歩『化人幻戯』(江戸川乱歩推理文庫)
集英社文庫で昨年4月に完結した「明智小五郎事件簿全12巻」はまだ記憶に新しいところだが、これは江戸川乱歩が生んだ希代の名探偵、明智小五郎の登場作品を、長短編問わず事件発生順にまとめたシリーズである。
また、本編を楽しむだけでなく、巻末につけられた平山雄一氏による年代記が便利で、こちらは事件発生年月の検証をメインに、当時の物語の舞台や世相などをもフォローしているからありがたい。
ひとつだけ注文があるとすれば、このシリーズが戦前作品だけで終わっていることだろう。
戦後の明智登場作品のほとんどが子供向けのせいか、乱歩が細かい整合性などまったく考えておらず、もはや検証自体に意味がないこともあろうが、何より子供向けばかりでは商売としても厳しいだろうから、これは致し方ないところだろう。
ただ、読者からするとこのまま終わるのも少し気持ちが悪いのも事実で、まあ、それは版元も平山氏も同じ気持ちだったらしく、最終巻の「クロニクル」では、ちゃんと戦後分の事件発生順作品リストが載っており、こういう気配りがまたありがたいところである。
で、この際だから戦後分の明智作品もすべて読み切ってやろうかと一瞬思ったのだが、子供向けだけで二十冊以上あるとさすがに腰が引ける。読み返したい気持ちはやまやまなのだが、絶対に途中で飽きるだろうし(苦笑)。
というわけで、せめて大人向けの長篇『化人幻戯』と『影男』だけは読むことにした次第である。
さて前振りが長くなったが、本日の読了本は『化人幻戯』である。まずはストーリー。
父親の勧めで実業家・大河原義明の秘書になった庄司武彦。大河原は犯罪や探偵小説、レンズや奇術を趣味とする変人ではあったが、実業家としてもすぐれ、若い妻・由美子と暮らしていた。
秘書としての仕事にも慣れてきた頃、庄司は大河原家に出入りする青年・姫田吾郎から、差出人不明の怪しい白い羽根が送られてきていることを相談される。秘密結社に興味をもっていた姫田は、これを脅迫の一種と受け取り、庄司の知り合いの探偵・明智小五郎に相談してほしいという。
それからしばらくのこと。庄司は大河原夫妻と熱海の別荘に出かけるが、双眼鏡をのぞいていた夫妻は断崖から一人の男が転落するところを目撃する。その男はなんと姫田であった……。
戦後十年を経て、還暦を迎えた乱歩が久々の長篇、しかもそれまでの通俗スリラーから本格回帰を図った一作。明智も齢五十を重ねてはいるがまだまだ若く、小林少年にいたってはまだ少年のままというのが少々あれだけれども、全体的には大きなブランクを感じさせない出来といえるのではないだろうか。
まあ一般的にあまり評価されていない作品であることはわかる。本格という結構は一応備えているし、トリックも密室やアリバイ、暗号など、ふんだんに盛り込んではいるものの、どこかで見たようなネタばかりだし、ひとつひとつの驚きは少ない。
ただ、乱歩なりの本格を目指したという気持ちは伝わってくる。レンズやのぞき見、探偵小説、犯罪、エロなど、乱歩がこれまで繰り返し使ってきた題材が至るところに散りばめられており、それらを総括したうえで、本格に仕立てたかったのだろう。
その方向性が最大限に発揮されたのが犯人像か。
通俗スリラーに登場するような怪人ではないし、そこまで意外な犯人でもないのだけれど、後のサイコスリラーに登場するようなサイコパスともいえるキャラクターであり、これもまた乱歩の圧倒的嗜好が反映されていてゾクッとくる。
乱歩自身もこの犯人像にはかなり力を入れていたようで、終盤の手記や犯人の告白は乱歩の世界を存分に味わうことができるし、一番の読みどころであろう。
ただ、その結果として終盤が説明的になりすぎたのは、スト−リーという観点からすると大きなマイナスにもなっていてもったいない。
ともあれ世間の評判ほどには悪くないし、個人的にはむしろ好きな作品である。通俗スリラーの上位作品よりはいいと思うぞ。
また、本編を楽しむだけでなく、巻末につけられた平山雄一氏による年代記が便利で、こちらは事件発生年月の検証をメインに、当時の物語の舞台や世相などをもフォローしているからありがたい。
ひとつだけ注文があるとすれば、このシリーズが戦前作品だけで終わっていることだろう。
戦後の明智登場作品のほとんどが子供向けのせいか、乱歩が細かい整合性などまったく考えておらず、もはや検証自体に意味がないこともあろうが、何より子供向けばかりでは商売としても厳しいだろうから、これは致し方ないところだろう。
ただ、読者からするとこのまま終わるのも少し気持ちが悪いのも事実で、まあ、それは版元も平山氏も同じ気持ちだったらしく、最終巻の「クロニクル」では、ちゃんと戦後分の事件発生順作品リストが載っており、こういう気配りがまたありがたいところである。
で、この際だから戦後分の明智作品もすべて読み切ってやろうかと一瞬思ったのだが、子供向けだけで二十冊以上あるとさすがに腰が引ける。読み返したい気持ちはやまやまなのだが、絶対に途中で飽きるだろうし(苦笑)。
というわけで、せめて大人向けの長篇『化人幻戯』と『影男』だけは読むことにした次第である。
さて前振りが長くなったが、本日の読了本は『化人幻戯』である。まずはストーリー。
父親の勧めで実業家・大河原義明の秘書になった庄司武彦。大河原は犯罪や探偵小説、レンズや奇術を趣味とする変人ではあったが、実業家としてもすぐれ、若い妻・由美子と暮らしていた。
秘書としての仕事にも慣れてきた頃、庄司は大河原家に出入りする青年・姫田吾郎から、差出人不明の怪しい白い羽根が送られてきていることを相談される。秘密結社に興味をもっていた姫田は、これを脅迫の一種と受け取り、庄司の知り合いの探偵・明智小五郎に相談してほしいという。
それからしばらくのこと。庄司は大河原夫妻と熱海の別荘に出かけるが、双眼鏡をのぞいていた夫妻は断崖から一人の男が転落するところを目撃する。その男はなんと姫田であった……。
戦後十年を経て、還暦を迎えた乱歩が久々の長篇、しかもそれまでの通俗スリラーから本格回帰を図った一作。明智も齢五十を重ねてはいるがまだまだ若く、小林少年にいたってはまだ少年のままというのが少々あれだけれども、全体的には大きなブランクを感じさせない出来といえるのではないだろうか。
まあ一般的にあまり評価されていない作品であることはわかる。本格という結構は一応備えているし、トリックも密室やアリバイ、暗号など、ふんだんに盛り込んではいるものの、どこかで見たようなネタばかりだし、ひとつひとつの驚きは少ない。
ただ、乱歩なりの本格を目指したという気持ちは伝わってくる。レンズやのぞき見、探偵小説、犯罪、エロなど、乱歩がこれまで繰り返し使ってきた題材が至るところに散りばめられており、それらを総括したうえで、本格に仕立てたかったのだろう。
その方向性が最大限に発揮されたのが犯人像か。
通俗スリラーに登場するような怪人ではないし、そこまで意外な犯人でもないのだけれど、後のサイコスリラーに登場するようなサイコパスともいえるキャラクターであり、これもまた乱歩の圧倒的嗜好が反映されていてゾクッとくる。
乱歩自身もこの犯人像にはかなり力を入れていたようで、終盤の手記や犯人の告白は乱歩の世界を存分に味わうことができるし、一番の読みどころであろう。
ただ、その結果として終盤が説明的になりすぎたのは、スト−リーという観点からすると大きなマイナスにもなっていてもったいない。
ともあれ世間の評判ほどには悪くないし、個人的にはむしろ好きな作品である。通俗スリラーの上位作品よりはいいと思うぞ。
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Comments
Edit
これもポプラ社の児童向けリライト「白い羽根の謎」で読みました(笑)
やっぱり子供心に「なんか間違っているぞポプラ社」と思いました(笑)
でも嫌いになれない作品です(^^)
Posted at 19:16 on 05 11, 2018 by ポール・ブリッツ
ポール・ブリッツさん
こちらも子供向けにリライトするのは難しい内容ですね。
ただ、『化人幻戯』というタイトルは個人的にお気に入りなので、子供向けタイトルが「白い羽根の謎」というのは情緒もへったくれもなくて悲しいです(笑)。
Posted at 00:26 on 05 12, 2018 by sugata