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多岐川恭『お茶とプール』(角川小説新書)
しばらく間が空いてしまったけれど、久々に多岐川恭。ものは『お茶とプール』。傑作『異郷の帆』と同じ1961年に刊行され、創元推理文庫の多岐川恭選集にも収録されているので、これは期待するなという方が無理だろう。
まずはストーリー。
週刊レディ社に勤める輝岡協子は同僚でもある友人、星加卯女子の家を訪れていた。その日は卯女子の兄、要の誕生日で、家族と幾人かの友人でちょっとしたパーティーを催していたのである。
そこに現れたのが、やはり週刊レディ社に勤める協子の兄・輝岡亨。亨は妹とアパートでの二人暮しだが、玄関の鍵を失くしたといって、協子の鍵を借りにきたのだ。
卯女子から勧められるままパーティーに加わった亨だが、その場には何やら微妙な空気が漂っていた。客のなかに要の恋人・まゆり、そして要と結婚すると広言して憚らない永井百々子が同席していたからである。しかも百々子の父親は銀行の頭取であり、要の父が経営する会社に融資をしていたことから、要の両親はぜひとも要には百々子と結婚してほしかったのである。
微妙な空気の原因はそれだけではない。実はその百々子の性格がよろしくなく、政略結婚の相手としては認めつつも、家族の誰もが内心では彼女を嫌っていたのだ。
そんななか事件は起きた。プールで溺れかけた百々子が体を温めるために飲んだココアで毒殺されてしまったのだ……。
いやあ、ほんっとに作品ごとに手を変え品を変え、いろいろとやってくれる作家である。しかもそのアベレージが高い。まあ、それはこちらが代表作から読んでいることもあるのだろうけど、これだけさまざまなテーマを扱いながら、そのどれもがオリジナリティに富んでいるというのはどういうことか。
本作もこれまで読んだどの多岐川作品とも似ていない。一応はクラシックな本格ミステリ風なのだが、いざ読み終えてみると、決して単なる本格ミステリでないのは明らか。実は最初、この違和感の理由がピンとこなかったのだが、カバーの折り返しに記載された「著者のことば」を読んでストンと落ちた。著者曰く「小ぢんまりしたサロン小説」、「主人公はジュリアン・ソレルの亜流」とも。
なるほど。つまり本格の衣を被ってはいるが、その内面は『赤と黒』の主人公を意識した犯罪小説に仕上がっているのだ。
詳しくは書けないが本作のキモはまさにそこにある。犯人の意外性もあるが、そちらの驚きは正直さほどではない。興味深いのは本格から犯罪小説に変質してゆく、その妙にあるといってよい。構成によって物語の性質が変わっていくといえばルメートルのあの作品を連想させるが、こちらはそれほどはっきりした形をとっているわけではないけれども、ラストで得られる感慨は断じて本格ミステリのそれではない。
前半は確かにクラシックな本格ミステリ風である。家族や友人が一堂に会し、それぞれの人間関係やエピソードが語られ、同時に何かが起こるのではという不吉な空気を漂わせる。そして予想どおり発生する殺人事件。とまあここまでは普通だが、ここからがこちらの予想を裏切っていく。
主人公の輝岡亨は星加一家の事件に巻き込まれるが、単なる探偵役や狂言回しではない。星加一家や卯女子とのつきあい、会社の女社長との情事などを通し、徐々に妙な立場に立たされてゆく。殺人の謎も気にはなるが、この主人公のドラマが巧みで、そして気づいてみれば最後にそれらが渾然一体となって、優れた犯罪小説を読んだという気にさせるのである。
多岐川恭ならではの着想、そして描写力あればこその一冊。トリックの弱さなどもあるから他のトップクラスの作品に比べるとさすがに分は悪いが、決して読んで損はない。
まずはストーリー。
週刊レディ社に勤める輝岡協子は同僚でもある友人、星加卯女子の家を訪れていた。その日は卯女子の兄、要の誕生日で、家族と幾人かの友人でちょっとしたパーティーを催していたのである。
そこに現れたのが、やはり週刊レディ社に勤める協子の兄・輝岡亨。亨は妹とアパートでの二人暮しだが、玄関の鍵を失くしたといって、協子の鍵を借りにきたのだ。
卯女子から勧められるままパーティーに加わった亨だが、その場には何やら微妙な空気が漂っていた。客のなかに要の恋人・まゆり、そして要と結婚すると広言して憚らない永井百々子が同席していたからである。しかも百々子の父親は銀行の頭取であり、要の父が経営する会社に融資をしていたことから、要の両親はぜひとも要には百々子と結婚してほしかったのである。
微妙な空気の原因はそれだけではない。実はその百々子の性格がよろしくなく、政略結婚の相手としては認めつつも、家族の誰もが内心では彼女を嫌っていたのだ。
そんななか事件は起きた。プールで溺れかけた百々子が体を温めるために飲んだココアで毒殺されてしまったのだ……。
いやあ、ほんっとに作品ごとに手を変え品を変え、いろいろとやってくれる作家である。しかもそのアベレージが高い。まあ、それはこちらが代表作から読んでいることもあるのだろうけど、これだけさまざまなテーマを扱いながら、そのどれもがオリジナリティに富んでいるというのはどういうことか。
本作もこれまで読んだどの多岐川作品とも似ていない。一応はクラシックな本格ミステリ風なのだが、いざ読み終えてみると、決して単なる本格ミステリでないのは明らか。実は最初、この違和感の理由がピンとこなかったのだが、カバーの折り返しに記載された「著者のことば」を読んでストンと落ちた。著者曰く「小ぢんまりしたサロン小説」、「主人公はジュリアン・ソレルの亜流」とも。
なるほど。つまり本格の衣を被ってはいるが、その内面は『赤と黒』の主人公を意識した犯罪小説に仕上がっているのだ。
詳しくは書けないが本作のキモはまさにそこにある。犯人の意外性もあるが、そちらの驚きは正直さほどではない。興味深いのは本格から犯罪小説に変質してゆく、その妙にあるといってよい。構成によって物語の性質が変わっていくといえばルメートルのあの作品を連想させるが、こちらはそれほどはっきりした形をとっているわけではないけれども、ラストで得られる感慨は断じて本格ミステリのそれではない。
前半は確かにクラシックな本格ミステリ風である。家族や友人が一堂に会し、それぞれの人間関係やエピソードが語られ、同時に何かが起こるのではという不吉な空気を漂わせる。そして予想どおり発生する殺人事件。とまあここまでは普通だが、ここからがこちらの予想を裏切っていく。
主人公の輝岡亨は星加一家の事件に巻き込まれるが、単なる探偵役や狂言回しではない。星加一家や卯女子とのつきあい、会社の女社長との情事などを通し、徐々に妙な立場に立たされてゆく。殺人の謎も気にはなるが、この主人公のドラマが巧みで、そして気づいてみれば最後にそれらが渾然一体となって、優れた犯罪小説を読んだという気にさせるのである。
多岐川恭ならではの着想、そして描写力あればこその一冊。トリックの弱さなどもあるから他のトップクラスの作品に比べるとさすがに分は悪いが、決して読んで損はない。
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