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仁木悦子『探偵三影潤全集1 白の巻』(出版芸術社)
出版芸術社の実質的な仁木悦子全集も数年かけてぼちぼちと読んできたが、ようやく三影潤シリーズに着手できた。本日の読了本は『探偵三影潤全集1白の巻』。
仁木悦子といえば、明るくハートウォーミングな作風+本格謎解きものといったイメージがやはり先に立つが、いくつか例外的な作品があることもまた知られている。その代表格が、私立探偵の三影潤を主人公としたハードボイルドのシリーズだ。
本書にはシリーズ唯一の長篇『冷えきった街』をはじめ、「白い時間」「白い部屋」の三作を収録している。
長篇の『冷えきった街』から。
桐影探偵社に竪岡清太郎という男から調査が依頼された。最近、竪岡家の周辺で起こる奇妙な事件についてであった。二男の冬樹が暴漢に襲われ、長男の清嗣がガス中毒、さらには長女のこのみを誘拐予告する手紙が舞い込んできた。三影潤はさっそく調査に乗り出すが、竪岡家の全容すらつかむ間もなく、長男の清嗣が毒殺される。調べを進めるうち、三影は竪岡家に隠された秘密に触れてゆくことになる……。
何やら訳ありの主人公、複雑な人間関係、一族に隠された秘密、関係者への聞き込み、さまざまな妨害、苦い結末などなど、まさに絵に描いたような典型的ハードボイルド進行である。裕福で幸せそうな一家の表皮が一枚一枚剥がれ、真実が徐々に明らかになってゆく様は、この手のミステリの醍醐味であり、スケールは異なれど先日読んだ『ミレニアム1ドラゴンタトゥーの女』などとも共通するものだ。
ただ、コードは押さえているのだが、だからといってハードボイルドとして成立しているかどうかとなると、これは微妙なところではある。
特に気になった点がふたつ。
ひとつは主人公について。未読の人の興味を奪いたくないので詳しくは書かないが、この主人公は過去に大きな悲劇に見舞われている。当然その悲劇は主人公の性格付けに影響を与えるべきだし、言動や思考の節々にそれを匂わせるべきだろう。だからこそ主人公の行動にある種のルールが生じ、それが他者との衝突を生み、物語に動きや深みを与える。そこを本作では妙なほどさらっと流しすぎるため、せっかくの設定か生きてこない。ぶっちゃけ、三影、簡単に立ち直りすぎ(苦笑)。
もうひとつは主人公の三影と冬樹という青年の交流に関する部分。これも作品のうえでかなりの肝になるのだが、主人公と冬樹を結ぶ要素が、「厳しさ」ではなく「優しさ」であることが気になってしょうがなかった。これも従来のハードボイルド観でみると、ちょっと違うんじゃないかとなる。仁木悦子という作家の資質が、やはり根本的にハードボイルドには向いていないのではないだろうか。
ただし、そういう違和感を感じつつも、作品自体を決して否定的にとらえるつもりはない。本作はハードボイルドの体裁をとりつつも、著者本来の持ち味である本格謎解きの部分もきっちりと立てているのだ。ときには屋敷の間取り図なども挿入されて、従来のファンを魅了する手間も惜しまない。終盤のたたみかけで真相を炙り出していく手腕もさすがだ。
著者が最初から本格とハードボイルドの融合を目指したのかどうかは不明だが、結果的に普通のハードボイルドとは趣の異なる、著者独自の世界になっていることだけは間違いない。お勧めか否かであれば、迷わずお勧めする次第である。
一応、短編にも触れておこう。「白い時間」「白い部屋」はミステリとしてはそれほど悪くないのだが、三影潤を起用しているにもかかわらず、ハードボイルドとしての味つけはほとんどないのが残念。「白い部屋」に至っては安楽椅子探偵ものだからなぁ(苦笑)。
なお、この「探偵三影潤全集」は本書「白の巻」以外に「青の巻」「赤の巻」と全三作での構成となり、すべての三影潤ものが読めるようになっている。各巻の色はそれぞれ冬、春から夏、秋をイメージしており、それに沿った作品でまとめているとのこと(ま、無理矢理なものもあるようですが)。うむ、いろいろ考えておるなぁ。
仁木悦子といえば、明るくハートウォーミングな作風+本格謎解きものといったイメージがやはり先に立つが、いくつか例外的な作品があることもまた知られている。その代表格が、私立探偵の三影潤を主人公としたハードボイルドのシリーズだ。
本書にはシリーズ唯一の長篇『冷えきった街』をはじめ、「白い時間」「白い部屋」の三作を収録している。
長篇の『冷えきった街』から。
桐影探偵社に竪岡清太郎という男から調査が依頼された。最近、竪岡家の周辺で起こる奇妙な事件についてであった。二男の冬樹が暴漢に襲われ、長男の清嗣がガス中毒、さらには長女のこのみを誘拐予告する手紙が舞い込んできた。三影潤はさっそく調査に乗り出すが、竪岡家の全容すらつかむ間もなく、長男の清嗣が毒殺される。調べを進めるうち、三影は竪岡家に隠された秘密に触れてゆくことになる……。
何やら訳ありの主人公、複雑な人間関係、一族に隠された秘密、関係者への聞き込み、さまざまな妨害、苦い結末などなど、まさに絵に描いたような典型的ハードボイルド進行である。裕福で幸せそうな一家の表皮が一枚一枚剥がれ、真実が徐々に明らかになってゆく様は、この手のミステリの醍醐味であり、スケールは異なれど先日読んだ『ミレニアム1ドラゴンタトゥーの女』などとも共通するものだ。
ただ、コードは押さえているのだが、だからといってハードボイルドとして成立しているかどうかとなると、これは微妙なところではある。
特に気になった点がふたつ。
ひとつは主人公について。未読の人の興味を奪いたくないので詳しくは書かないが、この主人公は過去に大きな悲劇に見舞われている。当然その悲劇は主人公の性格付けに影響を与えるべきだし、言動や思考の節々にそれを匂わせるべきだろう。だからこそ主人公の行動にある種のルールが生じ、それが他者との衝突を生み、物語に動きや深みを与える。そこを本作では妙なほどさらっと流しすぎるため、せっかくの設定か生きてこない。ぶっちゃけ、三影、簡単に立ち直りすぎ(苦笑)。
もうひとつは主人公の三影と冬樹という青年の交流に関する部分。これも作品のうえでかなりの肝になるのだが、主人公と冬樹を結ぶ要素が、「厳しさ」ではなく「優しさ」であることが気になってしょうがなかった。これも従来のハードボイルド観でみると、ちょっと違うんじゃないかとなる。仁木悦子という作家の資質が、やはり根本的にハードボイルドには向いていないのではないだろうか。
ただし、そういう違和感を感じつつも、作品自体を決して否定的にとらえるつもりはない。本作はハードボイルドの体裁をとりつつも、著者本来の持ち味である本格謎解きの部分もきっちりと立てているのだ。ときには屋敷の間取り図なども挿入されて、従来のファンを魅了する手間も惜しまない。終盤のたたみかけで真相を炙り出していく手腕もさすがだ。
著者が最初から本格とハードボイルドの融合を目指したのかどうかは不明だが、結果的に普通のハードボイルドとは趣の異なる、著者独自の世界になっていることだけは間違いない。お勧めか否かであれば、迷わずお勧めする次第である。
一応、短編にも触れておこう。「白い時間」「白い部屋」はミステリとしてはそれほど悪くないのだが、三影潤を起用しているにもかかわらず、ハードボイルドとしての味つけはほとんどないのが残念。「白い部屋」に至っては安楽椅子探偵ものだからなぁ(苦笑)。
なお、この「探偵三影潤全集」は本書「白の巻」以外に「青の巻」「赤の巻」と全三作での構成となり、すべての三影潤ものが読めるようになっている。各巻の色はそれぞれ冬、春から夏、秋をイメージしており、それに沿った作品でまとめているとのこと(ま、無理矢理なものもあるようですが)。うむ、いろいろ考えておるなぁ。
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