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フェルディナント・フォン・シーラッハ『犯罪』(東京創元社)
いやあ、それにしても実によく飲みました。そもそも披露宴は夕方スタートだったのだが、あまりの暑さに披露宴前からバーで一人ビール、披露宴ではシャンパン、ビール、白ワインに赤ワイン、同窓会では再びビール、二次会では水割り……気がつけば京都への移動に費やした一時間を除けば、十二時間ぐらいぶっ通しで飲んでいたことになる。当日の酔いはさほどではなかったが、翌朝はきっちり二日酔い、ヘロヘロのまま本日、帰京とあいなった。
読了本は、ネット上のミステリ好きの間で話題騒然、フェルディナント・フォン・シーラッハによる『犯罪』。まずは収録作。
Fähner「フェーナー氏」
Tanatas Teeschale「タナタ氏の茶盌」
Das Cello「チェロ」
Der Igel「ハリネズミ」
Glück「幸運」
Summertime「サマータイム」
Notwehr「正当防衛」
Grün「緑」
Der Dorn「棘」
Liebe「愛情」
Der Äthiopier「エチオピアの男」
これは凄い。冒頭の「フェーナー氏」でいきなり脳みそをやられてしまって、あとは一気。世間の評判もむべなるかな。
著者は現役の刑事弁護士である。仕事で体験した数々の事件をヒントに、短篇を創作している。法律家が作家としてデビューするケースは今では珍しくもないが、普通はノンフィクションで社会的な告発を行ったり、あるいはその法律的知識を活かしたリーガル・サスペンスを手掛けるタイプが中心といえるだろう。この二つのタイプは両極端に思えるかもしれないが、緻密な構成が必要とされるという意味においては共通しており、法律家には比較的手掛けやすいジャンルなのではないかと考える。
本書『犯罪』が面白いのは、上記のような、今まで法律家が多く手掛けてきたタイプではなく、法律家の眼から見た「奇妙な味」の小説に仕上がっているからだろう。
事件そのものは小さなものから大きなものまであり、犯罪の種類もばらばらだ。「奇妙な味」とは書いたが、なかにはいかにもミステリ的な作品もあるし、純文学のようなものもある。それら一見ごった煮の作品群を貫くのは、まさに犯罪なのであり、同時に犯罪が本来内包しているべき人間の心の問題である。単に法律や論理で割り切れない、あやふやなで不思議な人の営み。犯罪を犯すに至ったそれぞれの人の心。それを弁護士という職業の著者が、自分なりの解釈で再構築しているのが本書なのだ。
とはいえ、ただネタがあるだけでは、このような傑作にはならないだろう。著者の持って生まれたセンスか、あるいは相当に文体を研究したのかはわからないが、事実だけを必要最低限の文章で淡々と描き、これが大きくプラスに働く。
語られる事実は波瀾万丈であっても、それを語る文体は感情の起伏に乏しく、その結果としてどことなく虚無的でシュールな独特の世界を生じている。ただ、もちろん実際には虚無的ではなく、虚無を重ねることによって、逆に人や犯罪の本質がおぼろげに浮かび上がってくるという寸法。見事。しかも心地よい。
野暮を承知でひとつ提言するとすれば、本書に収められている短篇は、できればこうして一冊の本でまとめて、なおかつ順番どおりに読んでもらいたい。もちろん単品でもそれぞれ楽しめるのだが、作品相互が与える影響は無視できない。例えば冒頭は「フェーナー氏」であるべきだし、ラストは「エチオピアの男」であるべきなのである。ミステリ的な「ハリネズミ」もすごく楽しい話だが、これはやはりこのぐらいの順番がちょうどよい。決して頭やラストにもってくる話ではない。そういった効果が計算された編集なのだ。だから最終ページの、あの一文も効いてくる。
編集の妙も含め、本書は実に素晴らしい一冊といえるだろう。
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Comments
同感です
少し前に読み終えましたが、本年の一二を争う作品でした。
どれも短編にもかかわらず、心をえぐる作品ばかりです。
『このミス』でも高順位でしたね。
多くの人に読んでもらいたいです。
Posted at 18:33 on 12 11, 2011 by Ksbc
きみやすさん
コメントありがとうございます。どうやらきみやすさんもこの本にガツンとやられた口ですね(笑)。
もう「素晴らしい」を通り越して「凄い」としかいいようがありません。個人的にはここ数年でもトップクラスではないかと思っているのですが、各種ベストテンでは惜しい結果ばかりでいやはやなんとも。
ともあれ次の作品集もいずれ出るようなので、楽しみに待ちたいですね。
Posted at 17:44 on 12 10, 2011 by sugata
sugataさん こんにちは
『犯罪』読了しました。
本当に、お書きになられている通りで
>本書『犯罪』が面白いのは、上記のような、今まで法律家が多く手掛けてきたタイプではなく、法律家の眼から見た「奇妙な味」の小説に仕上がっているからだろう。
実際に遭遇した犯罪、事件に寄りかかりすぎることなく
その抽出の加減が絶妙といいますか。
文体に関しても
>事実だけを必要最低限の文章で淡々と描き、これが大きくプラスに働く。
>語られる事実は波瀾万丈であっても、それを語る文体は感情の起伏に乏しく、その結果としてどことなく虚無的でシュールな独特の世界を生じている。
そう、そうなんですよね!
『フェーナー氏』や『タナタ氏の茶盌』のラストにしても
突き放したという感じではなく
この独特の文章で、語られるが故に
余韻が増した気がします。
>野暮を承知でひとつ提言するとすれば、本書に収められている短篇は、できればこうして一冊の本でまとめて、なおかつ順番どおりに読んでもらいたい。
>例えば冒頭は「フェーナー氏」であるべきだし、ラストは「エチオピアの男」であるべきなのである。
ここも、激しく、PCの前で、頷いてしまいました。
本当にそうですね。
全体を通して一つの世界、作品として
構築されていて
>ミステリ的な「ハリネズミ」もすごく楽しい話だが、これはやはりこのぐらいの順番がちょうどよい。決して頭やラストにもってくる話ではない。
改めて読み返してみて
『フェーナー氏』で始めなければ
この作品集、著者の口上としては相応しくない気がしますしラストも、『エチオピアの男』でなければ
あの読後感とは味わえないでしょうね~。
>そういった効果が計算された編集なのだ。だから最終ページの、あの一文も効いてくる。
おっしゃるとおりです。
本当に良い本、良い短編集でした。
そして、sugataさんのこの記事のお陰で
色々なことに気がつかせていただきました。
ありがとうございました。
Posted at 14:30 on 12 10, 2011 by きみやす
Ksbcさん
ホントに素晴らしい一冊ですよね。今年はこれと渡辺温を読めただけで満足です。
Posted at 19:11 on 12 11, 2011 by sugata