2022年06月 - 探偵小説三昧
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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 06 2022

江戸川乱歩『明智小五郎事件簿 戦後編 I 「青銅の魔人」「虎の牙」「兇器」』(集英社文庫)

 集英社文庫の「明智小五郎事件簿」が復活した。といっても既に六ヶ月以上も前のことになるので、何を今更の感しかないのだが、とりあえずめでたい。もちろん戦前編から読んでいる人はとっくにご承知だろうが、「明智小五郎事件簿」とは名探偵・明智小五郎の活躍を物語発生順に紹介するシリーズである。戦前編で完結したと思ったら、やはりリクエストが多かったらしく、戦後編がスタートしたのだ。
 ただ、戦後編はジュヴナイルも多いということで、少年ものに関しては重要作品をセレクトするにとどまっている。未収録分に関しては戦前編でもお馴染みの平山雄一氏がコラムでフォローする形となったが、まずは喜ばしいかぎりである。

 明智小五郎事件簿 戦後編 I

 本日の読了本はその戦後編の第一巻『明智小五郎事件簿 戦後編 I 「青銅の魔人」「虎の牙」「兇器」』である。
 「青銅の魔人」は戦後の明智復活の第一作ということもあり、乱歩の少年ものでは人気の高い作品だが、個人的には「青銅の魔人」というキャラクターにに対してそこまで魅力を感じられず、思い入れは少ない。ただし、小林少年が「青銅の魔人」にされてしまうという展開など、言ってみればフェチシズムの香りが濃厚で、子供の頃に読んで非常に複雑な感情を抱いたのが思い出される。
 また、チンピラ別動隊という孤児の集団の扱いなど、戦後の状況を偲ばせる描写も多く、そういう意味では単に戦後第一作という括りだけで語られるのは、ちょっともったいないのかもしれない。

 「虎の牙」はのちに『地底の魔術王』と改題された作品。二十面相扮する魔法博士と小林少年の対決がメインで、明智は病気療養中という設定。もちろん終盤は明智の活躍が見られるものの、少年向け、とりわけ戦後作品では、明智は完全に一歩引いているスタンスが多くなる。
 これは少年向けということもあるだろうが、物語そのものが既にパターン化してきていることも合わせて考えると、やはり乱歩自身のパワーダウンは否めないだろう。それでも本作などは比較的趣向を凝らしており、前半で描写される奇術ショーなどはなかなかの見せ場で、個人的には割と好きな作品である。
 なお、「青銅の魔人」、「虎の牙」と続けて読むと、二十面相の明智に対する恨みが非常にエスカレートしていて気になる。ストーリーの流れというよりは、どうしても戦争の影響を考えてしまうのだが、二十面相の人格という面から研究している人はいるのだろうか。

 「兇器」は大人向けの短篇。本筋もさることながら、数学の問題が実に印象的。実は数学の問題というよりクイズであり、この時代からこういうタイプのクイズがあったのだと驚かされる。


レオ・ブルース『レオ・ブルース短編全集』(扶桑社ミステリー)

 『レオ・ブルース短編全集』を読む。現時点ですべてのレオ・ブルースの短編を集めたもので、元本は1992年に刊行された『Murder in Miniature: The Short Stories of Leo Bruces』。
 ところがこの本の刊行時点では短編全集だったのに、その後、過去に二短篇が新たに発見されたり、それどころか未発表原稿が十作も見つかる始末。本書の訳者であり、レオ・ブルース研究家でもある小林晋氏は。その未発表原稿の所持者と交渉し、無事に現存する全短編を入手し、こうして世界で唯一の『レオ・ブルース短編全集』ができあがった。この辺りの交渉もマニア同士ならではの面白さがあるので、詳しくは解説を参照されたい。
 それにしても母国語ですら活字になっていないブルースの作品が、こうして日本語で読めるとはなんという幸せ。海外のマニアはさぞや悔しかろう(笑)。

 レオ・ブルース短編全集

■『Murder in Miniature, The Short Stories of Leo Bruce』収録短編
Clue in the Mustard(Death in the Garden)「手がかりはからしの中」
Holiday Task「休暇中の仕事」
Murder in Miniature「棚から落ちてきた死体」
The Doctor's Wife「医師の妻」
Beef and the Spider「ビーフと蜘蛛」
Summons to Death「死への召喚状」
The Chicken and the Egg「鶏が先か卵が先か」
On the Spot「犯行現場にて」
Blunt Instrument「鈍器」
I, Said the Sparrow「それはわたし、と雀が言った」
A Piece of Paper「一枚の紙片」
A Letter of the Law「手紙」
A Glass of Sherry「一杯のシェリー酒」
The Scene of the Crime「犯行現場」
Murder in Reverse「逆向きの殺人」
Woman in the Taxi「タクシーの女」
The Nine Fifty-Five「九時五十五分」
Person or Persons「単数あるいは複数の人物」
The Wrong Moment「具合の悪い時」
A Box of Capsules「カプセルの箱」
Blind Witness「盲目の狙撃者」
Deceased Wife's Sister「亡妻の妹」
Riverside Night「湖畔の夜」
Rufus-and the Murderer「ルーファース—そして殺人犯」
The Marsh Light「沼沢地の鬼火」
A Stiff Drink「強い酒」
Into Thin Air「跡形もなく」
A Case for the Files「捜査ファイルの事件」

■死後、発掘された短篇
Beef for Christmas「ビーフのクリスマス」
The Inverbess Cape「インヴァネスのケープ」

■未発表短編
Rigor Mortis「死後硬直」
Spontaneous Murder「ありきたりな殺人」
A Smell of Gas「ガスの臭い」
Behind Bars「檻の中で」
The Devil We Know「ご存じの犯人」
Name of Beelzebub「悪魔の名前」
From Natural Causes「自然死」
Murder Story「殺人の話」
We Are Not Amused「われわれは愉快ではない」
The Door in the Library「書斎のドア」

 収録作は以上。作品数の多さからわかるように、非常に短い作品ばかりである。主に新聞や雑誌に掲載された息抜き的な作品なので、味わいやコクという点で弱くなるのは仕方ないだろう。しかし、アイデア一発で楽しませる読み物としては十分である。本書にはビーフ、ノンシリーズどちらも収録されているが、構成的に形がパターン化しやすいビーフものよりは、ノンシリーズ作品の方が面白いものが多かった印象である。
 ただ、多少なりともボリュームがあれば、ビーフものは俄然味わいが出てくる。「ビーフのクリスマス」はそういう意味でやはり面白い。ビーフの無遠慮なところが性格づけだけでなく伏線になっているのも上手いし、犯人の過ちを「わしをみくびったこと」と締めるところなどビーフの真骨頂だ。
 実は本書に収録されている作品のうち、数作は湘南探偵倶楽部版で読んだことがあるが、そのときは作品が短いこともあってビーフの性格づけが今ひとつピンと来なかったのだが、まとめて読んでようやく腑に落ちた感じである。

 なお、本書には元本の編者であるベイス氏による序文、未発表原稿の持ち主エヴァンズ氏による寄せ書きも掲載されており、これがまた興味深い。キャロラス・ディーン誕生の理由やビーフ復活の話などが語られるのも面白いし、その背景なども理解できる。ブルースの作品にはどこか屈折したところが感じられるのだが、その理由も少しだけわかった気がした。
 ともあれレオ・ブルースのファンは必読必携の一冊。


樺山紘一/編『図説 本の歴史』(ふくろうの本)

 河出書房新社の〈ふくろうの本〉から『図説 本の歴史』を読む。タイトルどおりの内容ではあるが、通史というわけではなく、各時代におけるトピックを豊富なビジュアルとともに解説するというスタイル。

 図説 本の歴史

1章/書物という仕組みは
2章/本が揺り籃から出る
3章/書物にみなぎる活気
4章/本の熟成した味わい
5章/書物はどこへゆくか

 章題は上のとおり。これだけ見ていると漠然としていてそこまで面白そうに思えないのだが(苦笑)、さらに各項のタイトルを見ると、「巻子と冊子」、「アラビア文字とコーラン」、「禁書と梵書」、「検閲—書物の権力」、「装丁の技」「イギリスの挿絵本」、「キリシタン版と駿河版」、「神田神保町」などなどが並び、俄然具体的かつ魅力的に思えてくる。各項はすべて見開き構成なので、どこからでもパラパラ眺めることができるし、本に関する雑学・蘊蓄を気軽に楽しめる一冊といえるだろう。
 もちろん自身も普段から本に接してはいるが、意識しているのはあくまでソフトウェアとしての本である。たまにはこうしてハードウェアとしての本について考えてみるのも悪くない。

 ちなみに読んだのは今年でた新装版で、元版は2011年に刊行されている。そのせいか電子書籍の隆盛や書店の衰退など、近年の本を取り巻く状況についての記事があまりないのがちょっと残念。本の歴史においても大きな変化の時代であることは間違いないので、今度は増補版としてその辺りを追加して出し直してもいいのではないか。

 こういうのを読むとより深い関連書などを読みたくなってくるものだが、個人的には二十年ほど前に買って途中で放り出したアルベルト・マングェルの『読書の歴史 あるいは読者の歴史』をきちんと読み直したくなった。


松坂健『海外ミステリ作家スケッチノート』(盛林堂ミステリアス文庫)

 昨年に亡くなったミステリ研究家の松坂健氏の、初の単独著書となる『海外ミステリ作家スケッチノート』を読む。

 海外ミステリ作家スケッチノート

 本書はもともと101人のミステリ作家を六人で分担して紹介するというガイドブックの企画だったようだ。それが二〇〇〇年頃の話。しかし執筆者のタイミングが合わず、企画は自然消滅。
 それからおよそ十年後にその企画を引き受ける出版社が現れ、今度は松坂氏が一人で101人分の執筆に臨む。本業が別にあるので、執筆は休みを潰して続けられたそうだが、それでも膨大な量である。そもそも作品ガイドと違って、作家ガイドは全作品を読み込んだ上での執筆となる。恐ろしく気が遠くなる作業だ。
 それでも執筆は進み、76人まで書き上げたときのこと。今度はなんと出版社が消滅し、原稿は宙に浮いてしまう。まもなく松坂氏は病に倒れ、二〇二一年に亡くなるのだが、その原稿をサルベージしたのが盛林堂であり、こうして今、『海外ミステリ作家スケッチノート』として読めることになった。

 解説の引き写しで申し訳ないが、以上が本書誕生の経緯である。まさに波乱万丈ではあるが、とはいえ肝心の中身が凡庸であれば、こういう話も大変でしたで終わり。
 その点、本書は内容も実に面白く、まさに氏のライフワークにふさわしい作品であり、それが水の泡とならず、101人に届かなかったもののこうして76人分の原稿が読めるだけでもありがたい。

 とにかく内容が素晴らしい。文体は軽妙だし、作家一人当たりの紹介原稿は二千字弱といったところで、一見すると軽いエッセイ風の作家ガイド。しかし、これが実に鋭い考察の元に書かれている。総括的にまとめるのではなく、切り口が新鮮というか、従来の作家ガイドにないオリジナリティを持たせ、これまでとは違った解釈を試みている。かといって変に理屈を捏ねるのではないから、ストンとこちらの腹に落ちるのが気持ちよい。シムノンやチャンドラーの項なんかは思わず「そうそう」と膝を叩きたくなった。
 松坂氏は執筆にあたり「新しい形容、新しい視覚、新しい評価を与えたい」という言葉を残していたようで、その意気込みがうかがえる。

 作家の選択も面白い。セレクトにも随分苦労されたようで、ジャンル的にはかなり幅広く、個人的にはジェレマイア・ヒーリイやスティーヴン・グリーンリーフといったネオハードボイルド勢が入っているのが嬉しい。なんせこの手のガイドでなかなか選ばれる作家ではないだけに、この辺りは松坂氏の選球眼に感謝である。
 また、予定されていたのに書かれなかった作家もリストとして掲載されており、その中にはクイーンやキング、アルレー、リンク&レヴィンソン、ウェストレイク等々の大御所もずらりと並ぶ。おそらくだが、それこそ新たな切り口を模索しているため後回しになったのだろうが、これはぜひ読みたかったところである。

 なお、装画と76人の作家のイラストをYOUCHAN氏が一人で担当している。この方の絵はポップだけれどスマートで嫌味がなく、個人的にも気に入っている絵師さんだ。ご本人も熱烈なミステリファンということもあるのだろうが、それにしても76人分の作家の絵なんてよく描いたよなぁ。松坂氏の原稿に見合う、素晴らしい仕事といえるだろう。

 というわけで本書については大満足。これからも折に触れて読み返したくなる一冊である。

ポール・アルテ『死まで139歩』(ハヤカワミステリ)

 ブログ復活とか書きながらあっという間に十日近く経ってしまった。いや、なかなか通常営業には戻せないものである。とりあえずポール・アルテの『死まで139歩』をようやく読み終えたので感想をアップする。

 こんな話。ロンドンのある夜、ネヴィル・リチャードソン青年はある女性から、暗号のような言葉を投げかけられる。すぐにそれは女性の人間違いだったことがわかるが、ネヴィルは事件に巻き込まれているような、その女性のことが忘れられない。
 一方、ロンドン警視庁のハースト警部がツイスト博士の訪問を受けていたときのこと。ある男性が不思議な体験をしたと相談に訪れる。毎日、ある場所まで手紙を届けるという仕事にありついたが、なぜか徒歩で遠回りさせられるうえ、こっそりのぞいた手紙は白紙だったというのだ。
 やがてネヴィル青年の相談も受けたハーストとツイスト博士だが、この二つの妙な事件には、「しゃがれ声の男」の存在があることに気がついた。
 そして調査に乗り出したツイスト博士らの前に、靴だらけの密室で行われた怪事件が発生する……。

 死まで139歩

 実に久しぶりのツイスト博士シリーズ。それだけでもめでたいことであるが、これがまた期待を裏切らない傑作であった。いや、一般的な意味での傑作とはちょっと違うかもしれないのだけれど、アルテの良さが爆発した作品であることは間違いないだろう。
 導入の魅力的な謎がやはり第一。靴だらけの密室、ホームズの「赤毛連盟」を彷彿とさせる奇妙な仕事など、不可能犯罪的な興味はもちろんだが、なぜそのような奇妙な犯罪が起こったのかという謎にとにかく惹かれる。
 また、田舎町の醜聞であったり、ネヴィル青年の関係する事件であったり、同時発生的にさまざまな事件が起こり、それらが終盤に向けて修練される構成も見事。
 おまけにツイスト博士の密室講義まで入るメタな要素など、繰り返すがアルテの良いところが全部詰まったような作品なのである。もちろん真相や犯人の意外性も文句なし。

 唯一、ダメなところがあるとすれば犯人の動機であろう。動機そのものは全然納得できるものなのだが、そんな動機でここまでやるかという話。
 解説でも触れられているが、こういう「勘違い」がアルテの弱点でもあり、アルテのもう一人の探偵オーウェン・バーンズ・シリーズではこの弱点がとにかく顕著で、個人的にもうひとつノレない理由でもある。

 ともあれ本格好きであればこれはオススメ。個人的にはこれまで『狂人の部屋』が一番、『七番目の仮説』が二番という感じだったが、本作は『狂人の部屋』を抜いたかもしれない。


読書&ブログ復活します

 久々にブログを更新する。それにしても引っ越しでここまで読書生活がストップするとは思わなかった。いや、一、二週間は何もできないだろうとは予想していたが、ほぼ一ヶ月もほとんど本を読まず、本を買わず、ブログは完全に休業状態である。前回の引っ越し(といっても二十年以上も前だが)でもここまでひどくはなかったし、社会人になったとき、冠婚葬祭、体調不良やメンタルの疲弊など、これまでも若干中断することはあったが、今回は異常である。
 それもこれも結局は長年の積み重ねで、いろいろな物が増えたこと、そしてさまざまなしがらみが増えたことに他ならない。物が増えたのは自分の本もあるけれど、家族の持ち物も同様。そのために新居にかける手間ひまがとてつもなく増えてしまった。まあ、理想と現実の調整も大事なのだが、今回がおそらく終の住処になるだろうから、かなり好き勝手な注文をしてしまい、引っ越し後もなかなか片付かない。
 特にこれまでレンタル倉庫に積んでいた本を一挙に自宅に置けるようにしようと考えたのが運の尽きである。自宅の本はもちろん引っ越し業者にお願いしたが、レンタル倉庫の分は無謀にも自分ですべてやろうと決断し、これが今も尾を引いている(つまり運搬作業がいつまで経っても終わらない)。それだけに集中すれば一週間もあればなんとかなるのだが、当然そんな好き勝手なことばかりやっているわけにもいかない。
 あと、今回バカにならないと感じたのが、移転に絡む手続きの多さ。二十年前の引っ越しのときはせいぜい役所や電気ガス水道、電話、車、郵便局、銀行、保険程度だったと思うのだが、今ではネットのおかげでさまざまなものに住所登録をしており、しかも皆ネット手続きだから簡単かと思いきや、けっこう作りがぞんざいなアプリとかが多くてなかなかスムーズに進まない。結局、電話で質問するハメになるのだが、こういうのが繋がらないのは昔のまんま。やっと繋がっても、明らかに自分とこのバグだろうにそれはプロバイダーに聞いてくれとか言ってくる始末。

 そんなこんなで体力も精神も削られ続けた一ヶ月だったが、ようやく山は越えた感じで、といっても全体の消化率は70%といったところだが。それでもこうしてブログも近況報告ぐらいなら書く時間も出てきたので、読書もそろそろ本格的に復活させるつもりだ。
 というわけで明日はとりあえず話題になっている『シン・ウルトラマン』を観てきます。

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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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