2011年07月10日 - 探偵小説三昧
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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 07 2011

フェルディナント・フォン・シーラッハ『犯罪』(東京創元社)

 この週末は大阪へ出かける。会社の部下の一人がめでたく結婚ということで、その披露宴出席のためである。そういえば久々の関西、これはついでに大学時代の同級生たちと飲もうと考え、披露宴の後は京都へ移動。そのまま同窓会、二次会と、しこたま飲む。
 いやあ、それにしても実によく飲みました。そもそも披露宴は夕方スタートだったのだが、あまりの暑さに披露宴前からバーで一人ビール、披露宴ではシャンパン、ビール、白ワインに赤ワイン、同窓会では再びビール、二次会では水割り……気がつけば京都への移動に費やした一時間を除けば、十二時間ぐらいぶっ通しで飲んでいたことになる。当日の酔いはさほどではなかったが、翌朝はきっちり二日酔い、ヘロヘロのまま本日、帰京とあいなった。


 読了本は、ネット上のミステリ好きの間で話題騒然、フェルディナント・フォン・シーラッハによる『犯罪』。まずは収録作。

Fähner「フェーナー氏」
Tanatas Teeschale「タナタ氏の茶盌」
Das Cello「チェロ」
Der Igel「ハリネズミ」
Glück「幸運」
Summertime「サマータイム」
Notwehr「正当防衛」
Grün「緑」
Der Dorn「棘」
Liebe「愛情」
Der Äthiopier「エチオピアの男」

 犯罪

 これは凄い。冒頭の「フェーナー氏」でいきなり脳みそをやられてしまって、あとは一気。世間の評判もむべなるかな。

 著者は現役の刑事弁護士である。仕事で体験した数々の事件をヒントに、短篇を創作している。法律家が作家としてデビューするケースは今では珍しくもないが、普通はノンフィクションで社会的な告発を行ったり、あるいはその法律的知識を活かしたリーガル・サスペンスを手掛けるタイプが中心といえるだろう。この二つのタイプは両極端に思えるかもしれないが、緻密な構成が必要とされるという意味においては共通しており、法律家には比較的手掛けやすいジャンルなのではないかと考える。
 本書『犯罪』が面白いのは、上記のような、今まで法律家が多く手掛けてきたタイプではなく、法律家の眼から見た「奇妙な味」の小説に仕上がっているからだろう。
 事件そのものは小さなものから大きなものまであり、犯罪の種類もばらばらだ。「奇妙な味」とは書いたが、なかにはいかにもミステリ的な作品もあるし、純文学のようなものもある。それら一見ごった煮の作品群を貫くのは、まさに犯罪なのであり、同時に犯罪が本来内包しているべき人間の心の問題である。単に法律や論理で割り切れない、あやふやなで不思議な人の営み。犯罪を犯すに至ったそれぞれの人の心。それを弁護士という職業の著者が、自分なりの解釈で再構築しているのが本書なのだ。

 とはいえ、ただネタがあるだけでは、このような傑作にはならないだろう。著者の持って生まれたセンスか、あるいは相当に文体を研究したのかはわからないが、事実だけを必要最低限の文章で淡々と描き、これが大きくプラスに働く。
 語られる事実は波瀾万丈であっても、それを語る文体は感情の起伏に乏しく、その結果としてどことなく虚無的でシュールな独特の世界を生じている。ただ、もちろん実際には虚無的ではなく、虚無を重ねることによって、逆に人や犯罪の本質がおぼろげに浮かび上がってくるという寸法。見事。しかも心地よい。

 野暮を承知でひとつ提言するとすれば、本書に収められている短篇は、できればこうして一冊の本でまとめて、なおかつ順番どおりに読んでもらいたい。もちろん単品でもそれぞれ楽しめるのだが、作品相互が与える影響は無視できない。例えば冒頭は「フェーナー氏」であるべきだし、ラストは「エチオピアの男」であるべきなのである。ミステリ的な「ハリネズミ」もすごく楽しい話だが、これはやはりこのぐらいの順番がちょうどよい。決して頭やラストにもってくる話ではない。そういった効果が計算された編集なのだ。だから最終ページの、あの一文も効いてくる。
 編集の妙も含め、本書は実に素晴らしい一冊といえるだろう。


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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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