2011年02月 - 探偵小説三昧
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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 02 2011

『刑事コロンボ/さらば提督』

 DVDで『刑事コロンボ/さらば提督』を視聴。
 シーズン5の掉尾を飾る作品だが、もともと製作費や撮影の手間隙がかかるこのシリーズ、さすがにシーズン5ともなれば、かつてほどの人気を維持することも難しく、この作品をもってコロンボシリーズ打ち止めとなる予定だったとか。そういうことも関係してか、本作は凝った仕掛けや遊びが満載である。

 ただ、本作の魅力を語ろうとすると、どうしてもある程度のネタバレは必至。申し訳ないですが、今回は未見の方はご注意ください。



 物語の舞台は、主にヨットなどを造っているとある造船会社。オーナーは造船業界で”提督”と呼ばれるほどの実力者だが、今ではほぼ経営を娘婿に任せ、事業そのものは好調である。だが実のところその儲け主義に我慢がならず、会社をすべて売り払い、みんなも追っ払ってしまおうと画策していた。そんな気配を感じていた娘婿や娘は言うに及ばず、甥や弁護士、造船所の所長など周囲の者は皆ヒヤヒヤ。このままでは飯の食い上げというわけで、遂にオーナーが殺害されてしまう……。

 まあ、上でネタバレ云々とは書いたけれど、本作の一番のサプライズはミステリの本筋からは、やや外れたところにある。どういうことかというと、コロンボシリーズお馴染みの倒叙ものというスタイルをとらず、正統派のフーダニットに仕上げたということだ。
 しかもただのフーダニットではない。冒頭からいつもどおり犯人らしき人物が犯罪工作を行っている。当然ながら視聴者はいつものようにその男が犯人だと信じ込んでしまうのだけれど、実は全体の半分以上も過ぎたあたりで、今度はその男が殺害されてしまうのだ。なるほど確かにその男は犯罪工作を実行していたけれど、殺害シーン自体は見せていないわけで、視聴者はここから一転、コロンボと共に真の犯人を推理してゆかねばならなくなるという趣向。
 正にシリーズのパターンを逆手にとる仕掛け。シリーズを熟知するファンほど、その驚きの度合いも大きいわけで、スタッフのニヤニヤ顔が想像できる。

 ちなみに終盤では、コロンボが関係者全員を集めて推理を披露し、真犯人を暴くというシーンも。これも本格ミステリドラマという感じで楽しいのだが、犯人を指摘する根拠や証拠が弱かったりして、なんとも惜しい。ここできっちり締めてくれれば傑作にもなったのだろうが。

 話を最初に戻すと、実際の話、これが最終話になるという含みを、制作スタッフがどの程度ドラマの中に反映させたのかは知る由もない。しかし、上で挙げたようなシリーズを踏まえた仕掛け、あるいは若手刑事を育てるエピソード、ラストのボートに乗るシーンなど、それらしいネタは確かに多く、それを探しながら観るのも一興かと。
 個人的にはシリーズの打ち止めとコロンボの禁煙をかけた、ラスト近くのセリフが好み。「まだまだやめられませんよ。もう少しやらせてもらいますからね」。
 傑作にはちと届かないものの、見どころは多く印象的な作品である。


ジョナサン・ラティマー『赤き死の香り』(論創海外ミステリ)

 ジョナサン・ラティマーの『赤き死の香り』を読む。
 ラティマーといえば、一般的には軽ハードボイルドの作家といった印象である。テンポのよいストーリー、小気味のよい主人公のセリフ、適度なアクション、ブロンドの美女。必要な構成要件を見事までに備え、どこをどう取っても絵に描いたような軽ハードボイルドだ。
 ただし、そこらの軽ハードボイルドとちょっと違うのは、常に本格ミステリとしての要素をスパイスとして加えているところである。本格とハードボイルド、この相反する興味を両立させるのはなかなか難しい。それをさりげなくやってみせるところにラティマーの魅力と実力がある。

 思えば初めてラティマーを読んだのは創元推理文庫の『処刑6日前』だった。このときはスピード感やユーモアといった味付け、それこそ軽ハードボイルドの部分にばかり気を取られ、謎解き要素には驚いたものの、それはあくまでこの作品だけの例外的なエッセンスと捉えていたのだ。ところが二冊目、三冊目と読むうち、これがラティマーのデフォルト仕様であることを理解し、面白い作家がいるものだと感心するに至ったわけである。

 ただ、ハードボイルドと本格の比率は決してイーブンではなく、謎解き要素はあくまで味付けと見るべきだろう。生粋の本格作品に比べれば全体に緩さは否めないし、プロットもそこまでしっかりしたものではない。やはりキャラクターやストーリー、ユーモアを根幹とした娯楽読み物であり、本格要素はそれらをより効果的に見せるため道具だと思うのである。
 さらに言ってしまうと(以前に『シカゴの事件記者』の感想でも書いたのだが)、ラティマーはハードボイルドという形式すら、単なる文体や演出のための道具として考えていたような気がする。自分がよかれと思う小説を書くための、ひとつのツールなのだ。
 そこを読み違えて飛びつくと、つまりガチのハードボイルドや本格を期待すると、意外にがっかりするはめになるので念のため。

 赤き死の香り

 さて、本書『赤き死の香り』でも、以上のスタンスは基本的に変わらない。
 本作では、ある大富豪の家族に次々と襲いかかる変死事件を、シリーズ探偵のビル・クレインが調査にあたる。クレインは探偵事務所の所長の姪であるアンと夫婦役を装い、家族に近づくのだが、この二人が喧嘩ばかりしていて、いわゆるツンデレですか。そんななか金髪美人も次から次へと登場、クレインがあっちへフラフラこっちへフラフラしていると依頼主の大富豪までが……という展開。
 テンポは悪くないんだが、いつになくプロットが締まらず、ややダレ気味の印象。謎解きはもちろんあるけれど、こちらもそれほど驚くべきものでもない。正直、完成度はこれまでのなかでも落ちる方であろう。
 とはいえ、それでもけっこう面白く読めてしまうのは、やはりキャラクターの設定や各種エピソードの出し入れが上手いからだろう。男のためのハーレクイン、っぽいかな?

 ちなみにこれでラティマーの翻訳は全部で6作。未訳がまだ数作残っているのだが、せめてクレインものだけでも、どこかで出してくれないものかなぁ。


ジュリアン・シモンズ『非実体主義殺人事件』(論創海外ミステリ)

 金曜に朝まで飲んだ後遺症が出て(要は二日酔いなんだけど)、なんだか冴えない休日を送りつつ、ジュリアン・シモンズの『非実体主義殺人事件』を何とか消化する。

 スウェーデンからイギリスに戻ってきたばかりの若者、ジョン・ウィルソン。彼はさっそく友人らが非実体主義と標榜する前衛芸術の展示会に誘われた。非実体主義、それはそこに存在しないものに価値を見出すという思想である。そんな奇妙な主義の若手芸術家やその支援者たちの集まる展示会で、事件は起こった。なんと彫刻の中から死体が発見されたのだ。
 警察からはブランド警部が捜査に乗り出し、ジョンは遠縁にあたる私立探偵チーク・ウッドに捜査を依頼。推理合戦の様相を呈する中、第二の殺人が起こる……。

 非実体主義殺人事件

 ジュリアン・シモンズの長編デビュー作。その出来のまずさにシモンズが再版すら許さなかった曰く付きの本らしいが、帯のキャッチでは「イネス、クリスピン顔負けのユーモア本格ミステリ」とある。思わず「どっちやねん」とツッコミを入れたくなるが、読み終えた限りではそのどちらでもないような。

 なるほど設定こそは、非実体主義とか芸術系の変人ばかりを集めた異色な体裁をとってはいるのだが、それを取っ払うと根はまじめな本格である。メインのネタはアリバイ破り、プロットもけっこうちゃんとしている。著者自らがいうほどひどいレベルでは決してない。
 まあ確かにそれほど強い仕掛けでもないし、派手さもないのが辛いところだが、そこを補うのが、先ほど挙げた奇抜な設定、そしてユーモア、ということになろうか。アバンギャルド(死語?)に染まった登場人物の言動、そこかしこに埋められた文学ネタやミステリネタ、古典的名探偵のパロディのような私立探偵などなど、この辺の味つけは決して薄くはない。ただ残念なことに、これがそれほど面白くないのである。独りよがりなギャグというか、少なくとも「イネス、クリスピン顔負けのユーモア本格ミステリ」と言い切るのは、いくらなんでも無茶である。

 結局、本作はミステリマニアが書いた習作レベルの作品と見るのが妥当だろう。決していま読んでそれほど面白い作品ではない。
 だが、やがて犯罪者の心理などに注目し、エンターテインメントとしての虚構を評価しない立場をとったシモンズが、実はガチガチの本格の書き手としてスタートしたという事実は興味深い。単なるミステリを書きたくない、後年との方向性こそ異なれど、シモンズのそんな意識は本書からでもヒシヒシと感じた次第である。


マイクル・コナリー『死角 オーバールック』(講談社文庫)

 マイクル・コナリーの『死角 オーバールック』を読む。おなじみロス市警ボッシュのシリーズ最新作だが、今回はちょっと趣が違う。
 というのも、本作はもともと『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』日曜版に連載されたものなのだ。つまり新聞読者の興味を惹くよう毎週のように見せ場を作りつつ、なおかつ連載各回を同等の分量に抑えなければならない必要があった。どちらかというと重厚長大な作風で、内面描写も少なくないボッシュ・シリーズだから、これらの条件は決して低くないハードルと言えるだろう。
 それがどの程度、出来に影響を与えたのか、シリーズのファンとして気にならないはずがない。

 死角オーバールック

 ロスの展望台で男の射殺死体が発見された。現場に到着したボッシュは捜査を進めるが、そこへ介入してきたのはFBIの姿。牽制し合うボッシュとFBIだが、やがてこの犯行が単なる殺人ではなく、放射性物質を用いたテロの可能性があることが明らかになる……。

 おお、ミステリとして、まずは文句なしの面白さ。当初の不安はほぼ杞憂に終わった。
 いつもより長めに書けないところをちゃんと計算し、逆にスピード感で勝負する狙いの良さ。殺人からテロへと事件の性質が変化し、それに比例するかのように緊迫感が急加速という展開は圧巻の一言である。しかも、意外な真相、意外な犯人。最後まで抜かりのない、徹底したサービスぶりだ。おまけにレイチェルという強力キャラも添えて彩りを添える。
 コナリーはいつのまにこんな巧くなったんだ、なんてことを毎回書いている気もするが、今回もまた別の面での巧さを感じた次第。

 というように、単なる一冊のミステリとしてみれば、本書は決して損はさせない一冊。
 ただ、惜しむらくはシリーズとしての弱さ。レイチェルの登場、若手刑事との新コンビ、過去作品からの繋がりなど、シリーズとしての体裁は問題なく整えているのだけれど、それは置き換え可能な表面的なものばかりなのだ。ボッシュ・シリーズをシリーズとして読ませているのは、ボッシュの内面の連鎖である。そこに変化や起伏がなければ、本シリーズの意義は低くなってしまうのではないか。

 解説によると、実は本作はいくつかの改訂がなされ、本国では4つのバージョンがあるようだ。しかも初めて単行本として刊行された限定版では、ボッシュとレイチェルが復縁したようなラスト。そんな経緯も踏まえてか、なんと以後の作品では、二人の関係が一気に冷え切ったものに戻ってしまっているらしい。つまり本作のシリーズとしての意味合いを、著者自ら打ち消してしまったともいえる。さすがのコナリーも今回ばかりはしくじったということか(苦笑)。
 まあ、そういった点なども考慮すると、やはり本作はボッシュ・シリーズ外伝として位置づけるべきなのだろう。

 繰り返すが本作はミステリとして充分に一級品である。以上のことは、あくまでファンの無い物ねだりとして受け止めていただければ幸いかと(笑)。


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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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