2004年05月 - 探偵小説三昧
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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 05 2004

樹下太郎『四十九歳大全集』(講談社)

 今まで著作を読んだことがないくせに、古本屋で見かけるとついつい買ってしまう作家がいるものだが(いるのか?)、私には樹下太郎がその一人にあたる。まあ、短編をいくつか読んだことはあるし、その印象がよかったので、まったく未知の作家というわけではないのだが。

 さて、樹下太郎である。彼がミステリ作家であることはもちろんご存じだろうが、実はミステリ作家として活躍した期間はそれほど長くなく、1958年頃からせいぜい5年ぐらい(ただしこの間にかなりの数のミステリを書いてはいるが)。で、あとは何かというと、これがサラリーマン小説というやつだ。
 本日の読了本は、そのサラリーマン小説群を代表する『四十九歳大全集』。ミステリの方の著作もほとんど読んでないのに、いきなりこっちから入って良いのかという気がしないでもないが、まあいいでしょ。

 本書はタイトルどおり、四十九歳のサラリーマンを主人公にした短編集。
 これらの短編が書かれた時期の四十九歳というのは、戦争を体験し、多くの仲間を失い、同時に絶対的な価値観すら失った世代である。ある種の虚無感というか諦めにも似た感覚でサラリーマンになり、毎日を過ごす。そんな複雑な世代の人々の有り様を、著者はときにユーモラスに、ときにペーソスにくるんで描写する。
 正直、サラリーマン小説というくくりに軽い読み物を予想していたのだが、これがなかなか。今読んでも古さをほとんど感じさせず、せいぜい時代ゆえの風俗描写ぐらいのものか。とにかく語り口が上手い。読みやすいだけでなく、構成も巧みで、読後の味わいは想像以上に深いことに驚く。
 サラリーマンという題材を終始扱ってはいるものの、各作品の根底には、生きることへの執着がある。このカラッとした作風はどうしても誤解されやすいと思うが、ただのサラリーマン小説だと思って読まないのも、少しもったいない話だ。
 表題作の最後に、主人公のサラリーマンが社長に「生きがいってなんですか?」と聞く場面があるが、社長の返答が粋だ。
 「生きがいってのは最近のはやり病のようなもので、生きているから山や海を見られるんじゃないのかな」


小松左京、他『恐怖小説コレクションII 魅』(新芸術社)

 知人の訃報が届く。詳しくは書かないが、しばし、仕事が手に着かず。来月は自分も人間ドック。ちゃんと看てもらおう。

 先日読んだ『恐怖小説コレクションI 魔』に続いて『恐怖小説コレクションII 魅』を読む。
個人的にそそられる作家でいうと『魔』の方が好みなのだが、収録作品のレベルは『魅』も十分に高く、どれも安心して読めるものばかり。既読ではあるが、「箪笥」や「鑞人」の独特の迫力は何度読んでも本当に凄い。また、初めて読んだものの中では「くだんのはは」の正統的怪談の語り口に感心する。そういえば小松左京、短編とはいえ本当に久々に読んだかも。収録作品は以下のとおり。

小松左京「くだんのはは」
日影丈吉「月夜蟹」
半村良「箪笥」
三橋一夫「鬼の末裔」
島田一男「無花果屋敷」
多岐川恭「からす」
生島治郎「夜歩く者」
山田風太郎「鑞人」


イアン・ランキン『貧者の晩餐会』(ハヤカワミステリ)

 いろいろな懸案事項が山積していて、思わず、うわーーーーと叫びたくなる今日この頃。気持ちが現実逃避に向いているのか、なぜか読書だけははかどるはかどる(笑)。

 さて今日の読了本はイアン・ランキンの『貧者の晩餐会』。
ランキンの短編集が日本で刊行されるのは初めてのことだが、いや、ここまで良いとは。リーバス警部ものとノン・シリーズものが混在した形は若干気になるが、品質そのものは間違いなく一級品。長編とはうって変わった軽やかさ。ぎりぎりまで切りつめたキレの良さ。オチの巧みさ。作風もバラエティに富むうえ、長編ではあまりお目にかかれない技法もいろいろと試しており、読んでいてまったく退屈することがない。あえて味わいを他の作家に例えるなら、ローレンス・ブロックの短編がこれに近いかも。
 特に犯罪者を主人公にしたものが印象に残ったが、この軽いノリで別シリーズの長編も書いてくれると嬉しいかも。

Introduction「序文」
Trip Trap「一人遊び」
Someone Got to Eddie「誰かがエディーに会いにきた」
A Deep Hole「深い穴」
Natural Selection「自然淘汰」
Facing the Music「音楽との対決」
Principles of Accounts「会計の原則」
The Only True Comedian「唯一ほんもののコメディアン」
Herbert in Motion「動いているハーバート」
The Glimmer「グリマー」
Unlucky in Love, Unlucky at Cards「恋と博打」
Video, Nasty「不快なビデオ」
Talk Show「聴取者参加番組」
Castle Dangerous「キャッスル・デンジャラス」
The Wider Scheme「広い視点」
Unknown Pleasure「新しい快楽」
In The Frame「イン・ザ・フレイム」
The Confession「自白」
The Hanged Man「吊るされた男」
Window of Opportunity「機会の窓辺」
The Serpent's Back「大蛇の背中」
No Sanity Clause「サンタクロースなんていない」


デイヴィッド・ボーマン『ぼくがミステリを書くまえ』(早川書房)

 デイヴィッド・ボーマンの『ぼくがミステリを書くまえ』読了。このタイトル、しかも早川書房という版元のせいもあって、ミステリと勘違いされそうだが、これはいわゆる純文学に属する作品。

 両親のもとから家族から逃げ出し、作家をめざす「ぼく」は、砂漠の真ん中でオレンジを投げている女性と出会う。彼女の名はシルヴィア。エミリー・ディキンスンをこよなく愛する彼女は、家族を残してディキンスンの生家を見るドライブの途中であった。意気投合した「ぼく」とシルヴィアはいっしょに旅を続けるが、ある日突然に家族の元へ帰っていった。ディキンスンの詩集と別れのキスを残し……。

 本書の内容をひと言でいうなら、ロード・ノヴェル、ビルディングス・ロマン、青春小説、犯罪小説……って全然ひと言じゃないが、解説にも書かれているようにいろいろな読み方が可能な小説である。ストーリー的にも前半がわりとオーソドックスなロード・ノヴェル風、後半は二転三転する展開で読者にまったく予想を許さない。
 しかし個人的にはそれらがかえって作品の色を不鮮明にし、テーマが浮かび上がってこないように思える。イイ意味でオタク的というか、いろいろな仕掛けを試みているのは評価できるが、キャラクターの造型も含めて未消化の感じは否めない。
特に後半のドタバタはできればもっとスッキリさせ、前半の流れを活かしつつ、シルヴィアをもっと掘り下げてみてくれてもよかったのではないだろうか。なんだか偉そうになってしまったが、もうひとつ上のレベルを期待していたので少々残念な感想となってしまった。


江戸川乱歩、他『恐怖小説コレクションI 魔』新芸術社

 久々に名作揃いのアンソロジーを読もうと思って手に取ったのが、新芸術社から出版された『恐怖小説コレクションI魔』。
あちこちのアンソロジーで度々採られている作品が多いだけに、ほとんど全作が既読だったが(唯一、綺堂の「鰻に呪われた男」が未読)、いいものは何度読んでもいい。アンソロジー以外では読めない作品もそれなりにあるので、もしこれらの作家・作品が未体験、という人はぜひお試しを。古書店でもけっこうお目にかかれます。
収録作は以下のとおり。

江戸川乱歩「踊る一寸法師」
牧逸馬「七時〇三分」
地味井平造「魔」
萩原朔太郎「猫町」
瀬下耽「拓榴病」
蘭郁二郎「魔像」
城昌幸「人花」
稲垣足穂「ココァ山の話」
岡本綺堂「鰻に呪われた男」
谷崎潤一郎「人面疽」


山田風太郎『人間臨終図巻III』(徳間文庫)

 『キル・ビルVol.1』をレンタルして観る。日本を舞台にしていると、どうしても日本の描写が正しくなされているかということにのみ目がいきがちで、純粋に映画そのものの出来という点で語られることは少なくなる。これはやっぱり致し方ないことなのだろう。大きく異なる文化を扱い、まさにその点が主題にもなっていることがほとんどなので、そもそもこの解釈を間違っていては困るわけだ。『ラスト・サムライ』は侍の精神性を扱っていたので、その意味で弱点が目立つ映画であった。
 では『キル・ビルVol.1』はどうか? こちらはヤクザ映画が好きなタランティーノ監督が遊びに遊んだ作品ゆえ、やはり『ラスト・サムライ』と同系列で語ってはまずいだろう。随所に盛り込んだヤクザ映画や西部劇、カンフー映画のノリは爆笑ものだが、これを真面目にとる人はさすがに観ない方がよい。結果としてかなりオリジナリティのある世界を作り上げているので、将来カルト映画として語り継がれるのではないか、そんな気さえする。

 読了本は山田風太郎の『人間臨終図鑑III』。
ようやく全三冊読み終えたわけだが、ちょっとお腹いっぱいになりすぎ。ちなみに解説では、拾い読みもいいけれど一気に読み通したときの感慨云々、ということが書いてあったが、いやー、正味それはしんどいと思うけどなぁ。
 管理人としてはやはり夭折連発の『I』が重く、一番印象に残った次第。


シオドア・スタージョン『不思議のひと触れ』(河出書房新社)

 吉祥寺にできた(といっても去年の春ですが)TRICK&TRAPというミステリ専門の新刊書店をのぞいてくる。店は小さいものの品揃えはまずまずよく、店も上品で雰囲気は悪くはないのだが、なんだか物足りない。なんというか、もう少し驚かされる要素や面白い要素を盛り込んでもよいのではないだろうか。ないものねだりかな?

 シオドア・スタージョンの『海を失った男』は実に楽しい短編集だったが、河出書房新社から出た『不思議のひと触れ』も十分すぎるほどのクオリティを備えた短編集である。編者が大森望ということもあり、SF寄りのラインナップと想像していたのだが、スタージョンは本来SF作家なので、まあこれは考えたら当たり前の話か(笑)。それでも本書を読み終えた今、それほどSF臭が強調されているようには思わなかった。むしろ青春小説の香りを漂わせた、上質な作品集という印象である。
 好みの作品もそのラインに沿ったものばかり。表題作の「不思議のひと触れ」、ジャズをテーマにした「ぶわん・ばっ!」、引きこもりに勇気を与える(笑)「閉所愛好症」、そしてラストの「孤独の円盤」。SFとしての評価はともかく、読んで元気になる、という観点からいえば、その効能は素晴らしいの一言。
 巻末には翻訳の続報がちらりと書かれていたが、もう一気に短編全集とか出してほしいものである。

Heavy Insurance「高額保険」
The Other Cellia「もうひとりのシーリア」
Shadow, Shadow on the Wall「影よ、影よ、影の国」
A God in a Garden「裏庭の神様」
A Touch of Strange「不思議のひと触れ」
Wham Bop!「ぶわん・ばっ!」
Tandy's Story「タンディの物語」
The Claustrophile「閉所愛好症」
Thunder and Roses「雷と薔薇」
A Saucer of Loneliness「孤独の円盤」


ジム・トンプスン『深夜のベルボーイ』(扶桑社)

 デザイナーの募集を行うことになり、面接の日々が始まる。すっかり手慣れた仕事になってしまったので以前ほどの負担はないが、それでも精神的に疲れることは変わらない。応募者もこちらも真剣だものなぁ。

 読了本はジム・トンプスンの『深夜のベルボーイ』。
 主人公は、父の失職によって大学をあきらめ、ホテルのベルボーイをして暮らすダスティ青年。彼の冴えない小さな世界にすらさまざまな人間模様がある。失職後にだらしない生活を送り続ける父、ホテルの常連のギャングのボス、父をだましているのではないかとダスティが疑る弁護士、ホテルに現れた謎の美女、最近口うるさくなってきた同僚の男……。生きることに疲れ始めたダスティを、彼らは放っておいてはくれず、ダスティをさらに暗黒のただ中へ落とし込もうとする……。

 絶品。トンプスンはもう絶対外れなし。
 ワンパターンと言えなくもない。『アフター・ダーク』や『死ぬほどいい女』など、これまで翻訳されたものに比べれば地味なのも確か。しかし、犯罪者の末路をこれだけ鮮やかに見せてくれれば他に何を望むべきか? ちんけな男がちんけな犯罪に手を染め、泥沼にはまるという、ただそれだけの話をトンプスンは実に見事に活写する。どう転ぶか予測できないストーリー、生き生きと描かれた登場人物たち、皮肉なラスト。トンプスンを読まない人は絶対、損をしている。普段ミステリを読まない人にもオススメ。


小栗虫太郎『潜航艇「鷹の城」』(現代教養文庫)

 小栗虫太郎『潜航艇「鷹の城」』読了。収録作は以下のとおり。

「潜航艇「鷹の城」」
「地虫」
「倶利伽羅信号」
「人魚謎お岩殺し」
「一週一夜物語」

 前回に読んだ『青い鷺』から中一ヶ月。読みにくい作家なので、これぐらいのペースで十分だな、やっぱり。しかし、小栗作品の感想を書く度に「読みにくい」を連発していると、こっちの頭の悪さを告白しているようで嫌なのだが、やはり読みにくいものは読みにくい。

 一応、目玉は中編の「潜航艇「鷹の城」」ということになるだろう。前半は割と冒険小説的、法水が登場する後半は本格探偵小説的と、構成が大きく二つに分けられる点が特徴。だが一粒で二度美味しいというよりは、アンバランスな構成という印象が勝る。
評論などによると、「潜航艇「鷹の城」」はペダンティズムあふれる本格探偵小説からロマンティズムあふれる伝奇小説へと、作者の志向が移行する時期の作品であるとのこと。なるほど、確かにその変遷を伺うには意味のある作品といえるが、いかんせん強引な設定に無理があり、特に法水が登場してくる後半は違和感ばかりがつきまとう。

 なお、今や絶版の現代教養文庫版小栗虫太郎傑作選だが、このシリーズはとにかく解説が素晴らしい。作品ごとの校異から解題、解説と至れり尽くせりなので、現役の扶桑社文庫とちくま文庫を持っている人でも、本書は買っておく価値がある。難を言えば、作品に振られた番号が少々わかりにくくて不親切だが、それを差し引いてもお見事。


ミステリー文学資料館/編『甦る推理雑誌6「探偵実話」傑作選』(光文社文庫)

 ヤフオクで本を買った業者が、自分と同じ市内で店舗を出していることを知ってびっくり。駅前とはいえ若干わかりにくい場所ではあるのだが、ううむ、不覚。
 ということで、今日は少しだけ早く会社を出たので帰宅途中に寄ってみることにしたのだが、おお、昔ながらの感じのよいお店である。ミステリやSFもわりといいものが比較的安価で並んでおり、挨拶代わりに番町書房の『ガードナー傑作集』とドラキュラ叢書の『黒魔団』を購入。
 ちなみにレジのカウンターで、店主と思しき老人がパソコンに向かって熱心に何やら打ち込んでおり、つくづく時代は変わったと思わずにはいられない(笑)。

 読了本は光文社文庫から『甦る推理雑誌6「探偵実話」傑作選』。
 「探偵実話」は昭和二十五年、その名のとおり犯罪実話を中心とした内容でスタートした雑誌。しかし、次第にノンフィクションは少なくなり、探偵小説中心へと移行した変わり種である。解説によると「宝石」でデビューした新人がけっこうこちらに流れ、そのため多彩な執筆陣がそろっていたようだ。
 本書に収録されている作家もおいそれとは読めない人たちが目白押しで、その水準も決して低くはない。いくつかはつまらないものもあったが、巻末資料も含めコストパフォーマンスの高いアンソロジーだ。収録作は以下のとおり。

狩久「山女魚」
村上信彦「青衣の画像」
鷲尾三郎「生きている屍」
黒沼健「白い異邦人」
土屋隆夫「推理の花道」
大河内常平「ばくち狂時代」
吉野賛十「鼻」
潮寒二「碧い眼」
横溝正史・高木彬光・山村正夫/連作「毒環」
中川透(鮎川哲也)「赤い密室」

 「山女魚」のとんでもない密室トリックに驚き、「着衣の画像」では終盤のたたみ掛けに感服、そして「毒環」では書き手の遊び心に酔える。もちろん「赤い密室」の凄さは今さら言うまでもない。
 だが、本書で三作選べと言われたら、個人的には「推理の花道」、「ばくち狂時代」、「碧い眼」を推したい。それぞれ風味は異なれど、小説としてのコクやキレを十分に味わえる逸品。満足満足。


山田風太郎、高木彬光『悪霊の群』(出版芸術社)

 蒸し暑い一日。今年も体調を維持しにくい天候が続きます。

 読了本は山田風太郎と高木彬光の合作による探偵小説『悪霊の群』。しかも二人が生んだ名探偵、荊木歓喜と神津恭介が共演するという豪華版で、長らく絶版だった作品を出版芸術社が復刊したもの。
 ただし、この手の作品にありがちな話だが、出来の方はいまひとつ。どうしても二人の名探偵の推理合戦を期待したくなるのは人情だが、スリラー色の強い展開で、しかもほとんど荊木歓喜中心で進むために、本格を期待するファンや神津ファンはちょっと拍子抜けするかもしれない。
 といっても人間の眼球というモチーフは強烈だし、雰囲気は悪くない。終盤のたたみかけもケレン味たっぷり。お祭りだと思って読む分には十分楽しめるだろう。少なくとも最近のミステリよりは、遙かに探偵小説の香りを漂わせた作品なのだから。


エドワード・ズウィック『ラスト・サムライ』

 DVD『ラスト・サムライ』を観る。この程度だろうなという予測の域をまったく出ない出来。ストーリーもサムライ文化の在り方も表現が弱く、日本人はともかくとしてアメリカ人はこれで本当に理解できたのだろうか?
 クライマックスの合戦シーンも最近の映画にしては全然迫力がない。明治時代の港や山村をCGやセットで再現したところは興味深かったが、これも日本の時代劇とは造りのニュアンスが違っており、特に山村は違和感が強かった。
 もともとそんなに期待していたわけではないが、監督がエドワード・ズウィックだったので少しは何とかなるかと思っていたのだが……ガッカリ。


ドッグランフェスタ

 立川の昭和記念公園でやっているドッグランフェスタを見物に行く。要は犬好きのためのイベントだが、各種催し物のほか、知人が経営するペットショップも出店してたりするので、行かないわけにはいかない。初めて生でエクストリーム(犬が障害物をクリアしてゴールするまでのタイムを競うレース)やフリスビーを使ったショーなどを見たのだが、けっこう感動した自分に驚く。犬を愛する人ならわかると思うが、人間と犬との一体感てのは、人間同士の信頼関係とはまた違った種類のものであって、実にいいものなのである。

エリック・ガルシア『マッチスティック・メン』(ヴィレッジブックス)

 かつてない恐竜探偵というキャラクターを生みだしたエリック・ガルシアが、詐欺師をネタにした小説を書いた。しかもそれに惚れぬいたあのリドリー・スコット監督が映画化したというから期待するなという方が無理な話だ。本日の読了本は、その『マッチスティック・メン』。

 でぶで堅実なロイとやせっぽちで浪費家のフランキーは凄腕の詐欺師。対照的な二人だが、ロイがリーダーシップをとることでこれまで何とかやってきた。ところがロイの別れた妻の元から、一度も会ったことのない娘、アンジェラがやってきたことから、二人の関係に微妙な亀裂が入り始める。そしてロイは娘のため、とうとう詐欺師から足を洗うことを決意し、最後の大勝負に挑むことになる……。

 掴みとして必要不可欠な詐欺師のテクニックはもちろん楽しめる。だが本書の読みどころは何といってもロイの心情だ。鬱病を抱え、薬とカウンセリングで何とか精神の均衡を保とうとするロイは、人生をシンプルに考えざるを得ない。そうすることで自分の中にくすぶる火種を抑えつけているのだ。しかし、娘の登場で信頼する相棒との関係はおかしくなり、だが同時に複雑な人生もまたよいものであることに気づき始める。
 最後に待っている大がかりな詐欺は、どんでん返しの果てにほろ苦い結末で幕を閉じる。自分の人生とかぶる部分は少ないが、ロイの生き方にはどこか共感を抱かせ、この小説を読んで良かったというほのかな満足感が残る。小粒だけど読む価値は大。


カーター・ディクスン『青銅ランプの呪』(創元推理文庫)

 エジプトの遺跡から発掘された青銅のランプ。そのランプには持ち主が消失するという呪いがかけられていた。しかし、発掘した考古学者セヴァーン卿やその娘のヘレンはそんな噂を信ずることなく、ヘレンはイギリスに持ち帰ることにする。そしてヘレンが自宅に入った瞬間、彼女の姿は忽然と消失してしまったのだ……。

 カーター・ディクスンの『青銅ランプの呪』は人間消失をテーマにした作品だ。カーがエラリー・クイーンと一晩語り明かしたときに、推理小説の発端として「人間消失」に勝るもの無しという意見の一致をみたことから生まれた作品であるという。
 で、それを実践した『青銅ランプの呪』だが、恥ずかしながら私はきれいにだまされてしまいました(苦笑)。だからといって本書が傑作かというと、決してそんなことはなくて(笑)。トリックそのものは「なんだ」という感じだし、伏線も丁寧に張ってあるので、おそらくはかなりの人が謎を解き明かしてしまうのではないだろうか。
 言い訳を承知で書くと、私が見破れなかったのは、本書がなかなか面白く読ませるからに他ならない。一応、オカルト趣味ではあるが、その実、コミカル度も非常に高く、H・M卿とマスターズの掛け合いや、ベンスンとの写真自慢合戦など、とにかく楽しい。トリックはイマイチながら、個人的には悪くない一冊だと思う。


ロバート・B・パーカー『虚空』(ハヤカワ文庫)

 腰痛でダウン。目が覚めてもしばらく動けず、やむなく会社を休む。原因ははっきりしており、日曜に家で長時間パソコンを使って仕事をしたせいである。机と椅子の高さのバランスが悪いのはわかっており、普段は気をつけているのだが、ちょっと根を詰めすぎたようだ。つくづく年をとったと痛感。情けない。

 そんなわけで家で一日中横になって読書。久々にパーカーのスペンサーものを読んだ。
 スペンサーものを楽しめるかどうかは、主人公の探偵スペンサーの生き方に共鳴できるか、独特の会話を楽しめるかどうか、菊池訳が気にならないか、このあたりがポイントであると思う。初めてパーカーの作品を読んだときは、これらの要素が新鮮で気に入ったものだが、二十作を超えるとさすがにマンネリになる、っていうか逆に鼻についてくるようになるのだ。

 さて、『虚空』はこんな話だ。スペンサーの二十年来の友人、ボストン市警察殺人課のフランク部長刑事がスペンサーを訪ね、新妻のリーサが失踪したと相談にやってくる。ところがその数日後、単身で調査を行うフランクは何者かに撃たれ、スペンサーが跡を引き継ぐことになった。捜査が進むにつれ、明らかになるリーサの秘められた過去。そして同時に、一人の凶悪な男の存在も明らかになってきた……。

 相変わらず登場人物の造型がパターン化されているが、かっこいいことはかっこいい。ホークに変わるヒスパニック系の相棒や、ギャング団のボスなど、面白そうな人物を面白く動かしている。
 正直言って、現在の作品とデビュー当時の作品のレベルにほとんど差はないと思う。それはそれで大したことだと思うのだが、少しは作家としてのチャレンジができないものか。まあ、ストーリー上での動きはあるのだが、創作者としてのリスクがまったくないところでの変化でしかない。そういうジャンルの小説はあってもいいし、面白いものだってある。否定するつもりは毛頭無い。ただ、パーカーにはそうあってほしくはないんだよなぁ。


ボワロ&ナルスジャック『大密室』(晶文社)

 ボワロ&ナルスジャックの『大密室』を読む。
 ボワロ&ナルスジャックとはいっても本書はいつもの合作ではなく、二人がコンビを組む以前、シングルで作家をやっていた時代にそれぞれが書いた作品を集めたものだ。すなわちピエール・ボワロの『三つの消失』およびトーマ・ナルスジャックの『死者は旅行中』である。二作ともフランス冒険小説大賞を受賞した出世作で、さらには今はなき『EQ』誌に連載された。実はそのときリアルタイムで読んでいるはずなのだが、恐ろしいくらい中身を覚えていないので、あらためて読んでみた次第。

 『三つの消失』はタイトルどおり三つの不可能犯罪を扱った作品。
 密室での絵の消失、衆人環視のなかで壁をすり抜けた男、往来での囚人護送車の消失。それぞれのトリックはそれほど大したものではないが、シンプルさゆえの説得力はある。また、トリックの必然性や各事件の関連性もフォローしている点は好感が持てるところだ。
 最近の濃い目のミステリに慣れていると、やや淡泊すぎる嫌いもあるが、無駄に長いよりはましであろう。

 お次はナルスジャックの『死者は旅行中』。詳しくは書かないが、ある有名女流作家の有名作品と同じネタを使った、船舶での連続殺人をテーマにしている。
 とにかく不可思議な「消失」事件が次から次へと起こり、主人公が推理をコロコロと変えていく過程が面白く、いったい真実はどれなんだ、というのがミソ。『三つの消失』に比べると物語に動きがあり、こちらの方が一般向け。結末も鮮やかだが、ちょっと荒っぽい感じが否めないのが欠点か。いや、よく考えられてはいるのだが。

 それにしてもボワロ&ナルスジャックの合作はかなり紹介されているが、単独作品はほとんど現在入手できない昨今。どこかまとめて翻訳してくれるところはないのだろうか。ポール・アルテだけではない。フランス本格ミステリをぜひもっと味わってみたいものだ。


井波律子『中国ミステリー探訪』(NHK出版)

 ここ最近の就寝時の一冊をようやく読み終える。中国のミステリーを紹介した井波律子の『中国ミステリー探訪』である。
 欧米のように端正な探偵小説は育たなかったが、実は中国ミステリーの歴史は長い。その萌芽が感じられる作品は六朝時代(なんと三世紀初めから六世紀末!)に溯るとされ、以後時代ごとにスタイルの流行廃りはあったが、犯罪をテーマにした読み物は常に人々に愛されてきたのである。
 もちろん現代のミステリーとは趣も違うし、興味の中心も自ずと異なるが、広く犯罪を扱ったその読み物の数々は、確かに興味深い。

 おりしも昨今では中国の武侠小説が密かなブームとなり、また、唐代を舞台にしたファン・フーリックのディー判事ものも人気を集めている。参考図書としてはナイスタイミングであろう。というか、それらのブームがなければ本書の出版もなかっただろうし。この分野を紹介してくれる本などほとんどないのでお手軽な資料として重宝するうえ、パラパラ適当に読んでいても楽しい、まさにお買い得の一冊であろう。


山田風太郎『太陽黒点』(廣済堂文庫)

 本日の読了本は『太陽黒点』。山田風太郎最後の現代物ミステリーで、この作品以後、山田風太郎は忍法帖などに移行することになった。山田風太郎自身も、その時点で様々な思惑があったことは容易に想像できるし、それだけに著者のメッセージが鮮烈に顕れた作品である。

 話そのものは、苦学生のカップルを中心に、周囲の人々との交流や軋轢が語られるという、まるでひと頃流行った中間小説のよう。人生観や生きがい、恋愛観、戦争体験、政治思想などがぶつかりあい、混ざり合って、カタストロフィへとなだれ込んでゆく。そして最後で明かされる驚愕の事実。

 本作の小説としてのテーマ、ミステリとしての仕掛け、そのどちらもが実に強烈なインパクトを持ち、山田風太郎のミステリを語るうえで欠かせない作品と言えるだろう。最後の1章を読み終えたとき、あらためて山田風太郎の力量に感嘆せざるを得ない。
 ただ、それこそ最終章ですべてが明らかになるので、バランスの悪さというか、最終章の唐突な感じは否めない。こういう形が好きな人もいるだろうが、より自然な形で事実を明らかにしてほしかった気はする(だからクリスティの『そして誰もいなくなった』も同じ意味でひっかかるのだ。大好きな作品ではあるのだが)。

 あと、本筋とは関係ない話をひとつ。これはあちらこちらで書かれていることだが、廣済堂文庫版の『太陽黒点』は、カバーやオビ、解説など至るところに決定的なネタバレが書かれている。再読でその価値が落ちるとは思えないが、もちろん最初は知らずに読むのが一番。未読の人はご用心ください。


買い物の心理

 たまたま見ていたテレビで、なぜ人は無駄なものまで買ってしまうのかという特集をやっていて、これがなかなか面白かった。買い物中の身体的変化を計測したところ、買い物時は平常時に比べて心拍数が倍増し、瞳孔は開き、ドーパミン出まくりの状態なのだという。心拍数でいうと自転車で10km近く走った状態だとか、身体的には恋愛時に近いとか、番組ではいろいろと具体的に説明してくれていたが、要は買い物中の人というのは、異常に興奮して快感に身を委ねながらショッピングをしているということになるのだ。(もちろんすべての人ではなく、あくまで中毒と思われるレベルの人)。
 結局、買い物中毒の人というのは、物が欲しいのではなく、買い物をするという行為そのものがストレス解消になっていることが判明するのだが、いや、思い当たることが多くて怖ろしい(笑)。なかには買ったバッグなどをすぐにネットオークションで売ってしまい、そのお金でまた買い物をするという笑えない話も紹介されており、ますます古本と同じだなと実感する。くわばらくわばら。

土屋隆夫、他『軽井沢ミステリー傑作選』(河出文庫)

 ゴールデンウィークのど真ん中で出社。先日のデータ破損による被害などをあらためてまとめたり、急ぎの仕事をこなしているとアッという間に午前様。しかし本日は車で出社したので、終電も気にならず。ガラガラってほどでもないが、いつもよりは全然空いている都心の道を気持ちよく飛ばして帰る。

 読了本は『軽井沢ミステリー傑作選』。収録作は以下のとおり。

土屋隆夫「異説・軽井沢心中」
大坪砂男「天狗」
鮎川哲也「白い盲点」
戸川昌子「嬬恋木乃伊」
梶龍雄「色欲の迷彩」
内田康夫「シゴキは人のためならず」
大沢在昌「冬の保安官」
栗本薫「軽井沢心中」

 タイトルどおり軽井沢に関係あるミステリーを集めたアンソロジーだが、作品集としての出来は低調である。さすがに大坪砂男の「天狗」は別格だが、土屋隆夫、鮎川哲也の作品もこの二人の水準作からは少し落ちる気がするし、その他の作品はさらに落ちる。「シゴキは人のためならず」なんてあほくさくて無理矢理読んだほどだ。
 なお、謎に関する部分はイマイチだが、トータルな魅力では戸川昌子の「嬬恋木乃伊」は悪くない。女史お得意のエロチック・サスペンスで、何とも奇抜な設定が馬鹿らしくもあり妖しくもあり。


ピーター・ジャクソン『ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還』

 ふと思い出して『ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還』を八王子まで観に行く。監督はもちろんピーター・ジャクソン。
 三時間半という長丁場でやや腰にくるが(年ですか)、とりあえず映画の出来はよい。非常に真面目に丁寧に作られたエンターテインメント作品で、こんだけやってくれたら文句はない。どこぞのパート3とはえらい違いである。
 帰りには久々にパブ シャーロック・ホームズへ寄り、キルケニーやスコッチなどをひっかけていい気分で帰宅。


アントニイ・バークリー『絹靴下殺人事件』(晶文社)

 仕事を片づけるべく徹夜明けで帰宅。朝風呂に入り、やれやれと寝入った瞬間に会社から電話が入る。なんと朝イチで会社に入った電気工事の人間が、間違ったフロアのブレーカーを落としたため、サーバーの一部が吹っ飛んだらしい。ゴールデンウィーク早々、なんちゅうバッドニュース。被害状況の確認やら対策やらで寝ることもままならず。

 読了本はアントニイ・バークリーの『絹靴下殺人事件』。
 快調に紹介が進むバークリーの作品だが、これでシェリンガムもので残る長篇は『Panic Party』のみ。他にもシェリンガムもの短編集やA・B・コックス名義、A・モンマス・プラッツ名義の作品も出るらしいので、できればこのまま全作の邦訳が出てほしいものである。

 さて、肝心の本作の内容だが、バークリーにしては珍しく派手な設定だ。ロンドンのショービジネス界を舞台に、若い女性を狙う連続殺人事件。その手口は絹のストッキングで首吊り自殺に見せかけるという異常なものだった……。

 まあ、正直いうと、ここのところ紹介されているバークリーの諸作品、例えば『ウィッチフォード毒殺事件』や『ロジャー・シェリンガムとヴェインの謎』あたりに比べると少々落ちる気はする。それは強引ともいえる最後の謎解きであったり、もうひとつ説得力に欠ける犯人像などが原因。そもそもけっこうまともに本格探偵小説をやってくれているので、逆に意外性が弱いというか(笑)。
 それでも最早お馴染みともいえる、名探偵シェリンガムとスコットランドヤードの主席警部モーズリーによる推理合戦は相変わらず楽しく、読み物としては悪くない。こちらの期待しすぎで損をしているところもあるのだろう。そうそう、ラストの三行は効いてます。


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05 2004
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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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