2004年04月 - 探偵小説三昧
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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 04 2004

エセル・リナ・ホワイト『らせん階段』(ハヤカワミステリ)

 このところ評判のよいポケミス名画座シリーズ。確かにこれまで読んできた『ハイ・シエラ』『狼は天使の匂い』『男の争い』などは傑作揃いだったが、本日読んだエセル・リナ・ホワイトの『らせん階段』に関してはいまいち不安があった。というのも本作の著者エセル・リナ・ホワイトについては、以前に読んだ、やはり映画の原作である『バルカン超特急』がそれほどの出来ではなかったためである。

 ウォレン教授が家族らと住む館〈サミット〉は、荒涼とした田園地帯に建つ、いわば陸の孤島。そこに雇われたメイドのヘレンは、近隣の町で起きている連続婦女殺害事件を気にし、次に狙われるのは自分ではないかと怯えていた。そして嵐の夜、屋敷に閉じこもった一家とヘレンを殺人鬼の影が忍び寄る……。

 個人的にはゴシック・サスペンスというのがそもそも肌に合わない。頭の悪すぎるヒロインや、融通の効かない周囲の人々、ご都合主義の展開に、イライラすることが多いのが理由である。高まるサスペンス、とかいう以前に受け身一辺倒のヒロインとかに我慢がならない。まあ、全部が全部そうじゃないだろうけど。
 ところが。いやいや意外にいいじゃないですか。っていうか、実に見事。前半のダラダラ感はややしんどいが、屋敷を孤立させてからの後半の盛り上げ方は並ではない。「誰一人屋敷から出てはいけないし、誰一人屋敷に入れてもいけない」という一晩だけのルールで物語の軸をはっきりと打ち出し、その条件のなかでなおかつ屋敷の住人を一人そしてまた一人と減らしてゆく手際。自分が狙われているというヒロインの妄想が妄想ではなくなるとき、意外なクライマックスが訪れる。
 教養はなく、寄らば大樹の陰みたいなところもあるヒロインも、メイドという役を与えたことによって不自然でなくなり、逆にしたたかな処世術で切り抜けようとするたくましさが好感を与える。

 あえて注文をつけるなら、事件解決後のエピローグみたいなものはあってもよかったかなと思う。ささいなことだけど、その方がさらに余韻も増して後味もよくなったのではないかな。
 というわけで未だポケミス名画座に外れなし。すばらしい。


リチャード・ニーリィ『心ひき裂かれて』(角川文庫)

 クライアントの編集長と飲む。景気のいい話はまったく聞けず。クライアントに元気がないとこっちも困るんだけどなぁ。

 リチャード・ニーリィの『心ひき裂かれて』読了。
 角川文庫で復刊されたニーリィの三冊、『オイディプスの報酬』『殺人症候群』と続けて読んでみたが、いやー、堪能しました。個人的な評価だが、たまたま後に読んだものほど出来がよかったので、よけいに楽しめた。

 で、一番面白かった『心ひき裂かれて』だが、こんな話。
 主人公のハリーは下新聞記者だが、今は作家目指して人生浪人中の身の上。幸い妻の資産があるので生活には困らないが、肝心の妻は重度の精神障害に悩まされて病院に入院していた。しかし、ようやく退院を迎えた矢先、その妻がレイプされるという事件が起こる。ハリーは警察に協力するが、そんなハリーと警察を嘲笑するかのようにその身辺でレイプ事件が続発。だが、ハリーもかつての恋人と再会し、妻や警察には明かせない秘密を作ろうとしていた……。

 『オイディプスの報酬』も『殺人症候群』もわるくないが、『心ひき裂かれて』がダントツではなかろうか。この作品に関しては内容を説明するだけでもネタバレの危険があるので多くは語らないでおく。とにかく緊密な構成と、それを活かしたどんでん返しの妙は見事というほかない。頼むから各出版社は残りの未訳作品もぜひ翻訳してくれい。超おすすめ。


海野十三『地球要塞』(桃源社)

 DVD『座頭市』を観る。もともと北野監督の作品は淡々とした描写が多く、かつ巧いと思うのだが、それがハードボイルド系の作品には殊の外マッチする。デビュー作の『その男凶暴につき』もそうだが、基本的には殺伐としており、そのなかにほんの少しだけ効かせた優しさがなんともいい味を出す。
 『座頭市』にしても、座頭市は主役であって主役でない存在。この距離感がハードボイルドなんである。従来の時代劇にありがちな人情話は抑えめに、殺陣とエピソードでクールに繋ぐ。見事です。強いていえば多すぎる回想シーンがちょっと煩わしいか。

 読了本は海野十三の『地球要塞』(桃源社)。収録作は「地球要塞」「太平洋魔城」「浮かぶ飛行島」の三作。短めの長編というか中編を集めたもので、一応どれも要塞ものというか秘密基地ものというか、つまりそういう軍事要塞を巡っての戦いを描いた少年向けの物語。ミステリではなく、軍事科学小説である。

 このうち「浮かぶ飛行島」については以前の日記に書いたとおりで、盛り沢山の活劇に意外なほど面白く読めたが、結局、他の二作についてもほとんど同じような話なので、続けて読むと少々食傷気味(苦笑)。勇気や精神力だけでなく科学力をもっと高めないと諸外国に遅れをとるぞ、というテーマも常に一貫している。だがあまりにも科学色を強めた「地球要塞」は、少しやりすぎではなかろうかと、要らぬ心配をするほどである(笑)。
 ちなみに最近読んでいる小栗虫太郎の諸作品も同時代に書かれたものだ。まだ探偵小説というジャンルが熟成していない昭和初期という時代にあって、二人のベクトルの差がここまで開いているのが興味深い。


天上山公園

 夫婦&愛犬の二人と二匹で河口湖までドライブ。午前中はやや肌寒かったが昼過ぎからはいい天気になり、ドギーパークなどで犬としこたま遊ぶ。仕事を忘れ、たまには健康的に疲れるということが人間には必要なのだと実感。
 ちなみに本日の収穫、というほどではないが、河口湖畔からロープウェイで行ける天上山公園というのに初めて行った。かの太宰治が書いた「カチカチ山」と縁のある公園ですが、小さくて取り柄は河口湖畔を一望できる景色だけ。でもその景色がなかなかによい。おすすめです。

小栗虫太郎『青い鷺』(現代教養文庫)

 小栗虫太郎の『青い鷺』(現代教養文庫)読了。収録されているのは長編というか中編というか、「二十世紀鉄仮面」「青い鷺」の二作。どちらも初読である。
 『黒死館殺人事件』のインパクトが圧倒的に強すぎるため、なかなか他の長編については語られることが少ない小栗虫太郎だが、けっこう長編も書いている。それらもボチボチ読んでいこうという個人的企画である。

 まずは「二十世紀鉄仮面」。法水ものではあるが、ただの本格探偵小説ではない。これがなんと浪漫主義に満ち溢れた、血湧き肉躍る冒険小説仕立てなのである。名探偵法水からして黒死館や短編で見られるような面白味のない人物ではなくなっている。感情表現が激しく、敵と丁々発止の駆け引きを駆使し、おまけに多くの女性たちと浮き名を流すというから面白い。
 ただし、作品の完成度はと聞かれると少々辛い。個々のエピソードは探偵小説的で楽しめるが、物語全体の流れが悪く、読みにくさは相変わらず(まあ、他の小栗の作品よりはずいぶん読みやすい部類ではあるが)。特に場面転換などが改行もなく文中の一行でさらっと行われたり、それまで登場していなかった人物が、さも既出の人物のように出てきたりするので、思わず何か読み飛ばしたのか後戻りして確認することもしばしば。
 それでも前述のように、場面場面の展開は面白い。小栗が自ら浪漫主義に溢れる小説をめざして書いたと述べているように、読者を置いてきぼりにするという部分は遙かに少なくなっているように思う。贅沢に散りばめられた暗号やトリック(これまた相変わらず独りよがりではあるが)、派手なストーリー展開と設定は、読者を楽しませようという意気込みがひしひしと伝わってくる。法水その人こそイマイチだが、敵役の十九郎や複数いるヒロインたちの存在もそれぞれいい味を出している。
 そういう意味では明らかに初期の小栗作品とは一線を画しており、小栗虫太郎を語るうえでは、『黒死館殺人事件』同様に重要な作品といえるのではないだろうか。

 「二十世紀鉄仮面」が冒険小説なら「青い鷺」は伝奇小説か。タイトルどおりの「青い鷺」をキーワードに繰り広げられる秘密結社もの。読みにくさは「二十世紀鉄仮面」と同じレベル(くどいようだが、これでも読みやすい方です)だが、序盤から中盤にかけての勢いはなかなかのものがあり、我慢して読む価値はある。ただ、頻発する「青い鷺」のエピソードの仕方がなんとも強引で、だめな人にはだめでしょう(笑)。
 結局、ペダンティズムだ文体がどうだと言う前に、このトンデモ系のトリックが小栗虫太郎の好き嫌いを大きく左右するのではないだろうか。


山田風太郎『人間臨終図巻II』(徳間文庫)

 東京フォーラムの「女子十二楽坊」コンサートへ。ううーむ、ビジュアル的にはポップスだが、基本的にはクラシックのコンサートのりに近くて中途半端というか、いまいち盛り上がりに欠ける。音についても、肝心の楽器よりバックのシンセなどが大きすぎるのも不満。あと好みの問題だけど、日本のカバー曲はやっぱりイマイチ。ファン層を広く取る狙いはわかるが、個人的には「自由」のようなオリジナルで勝負してほしい。そこそこは楽しめたが、次はないな。

 読了本は山田風太郎の『人間臨終図巻II』(徳間文庫)。
 文庫版パート2の本作は、五十六歳から七十二歳までの死に様を収録している。『人間臨終図巻I』では若くして亡くなった人物ばかりだけに、読んでいて息が詰まりそうになることもしばしばだったが、その点、本作ではそれなりに幸せな人生を送った人も多く収録されているので、まだ読んでいて救われる気持ちになる。


リチャード・ニーリィ『殺人症候群』(角川文庫)

 久々に南大沢のアウトレットモールへ出かけ、服やら何やらを買い込む。帰宅後はファクスで届いていた諸々の仕事をチェック。

 先日の『オイディプスの報酬』がまずまず良かったのでさらに『殺人症候群』を読む。世間的な評価はこちらが上なので、それなりに期待して読み始めたが、確かに面白い。今回は面倒なのでネタバレありでいく。ご注意あれ。

 主人公はランバート・ポストという冴えない広告取りの電話営業マン。これまでみじめな人生を送ってきたランバートだが、チャールズ・ウォルターなる青年と出会えたことで生活が少しずつ変わっていく。いつも自信に満ちあふれたチャールズは、誰も相手にしないランバートとなぜか懇意になり、同居までするようになった。
 そんなある日、チャールズが行った悪戯がもとでランバートは女性たちから酷い目に遭わされてしまう。その話を聞いたチャールズは、女性に対して次々と殺戮を繰り返すようになる……。

 本作は語り手を複数に設定し、さまざまな視点で事件を追うというスタイルをとっている。これはもちろん本作の肝である●●トリックのために用いられているもの。残念ながら現代では、この設定だけで勘のいい読者に読まれてしまいそうだが、それでもガチガチのマニア相手でなければ今でも十分に効果的である。
 また、何も●●トリックのためとばかりもいえず、登場人物の心理を深く掘り下げると同時にサスペンスも高めるという、二重三重のメリットを生んでいる。ニーリィは基本的に緻密な構成を得意としているようなので、本作でもその狙いは十分成功していると言えるだろう。


出久根達郎『本のお口よごしですが』(講談社文庫)

 鷺沢萌は死ぬわ横山光輝は死ぬわ。どうなっとるんや(泣)。

 古書店主にして直木賞作家でもある出久根達郎の『本のお口よごしですが』読了。
 最近はさまざまな古書についてのエッセイが出版されているが、一昔前は古書についての本と言えば出久根氏の独壇場だったと記憶する。古書店主に相応しいディープなネタを人情味溢れる形にまとめるのは著者ならではのテクニックだが、本書は割と軽目のエッセイ集。とはいいつつも、そのまま気の利いた短編小説にでもなりそうな話もあり、特に古書マニアでなくとも十分に楽しめる内容(もちろん古本好きはいっそう)。
 にやにやしながらいつの間にか読み終えた一冊でした。


大森望、豊崎由美『文学賞メッタ斬り!』(PARCO出版)

 京都日帰り出張。体調が悪いせいでかなり気も体も重いが、それなりに頑張る。

 評判の『文学賞メッタ斬り!』を読む。
 芥川賞や直木賞といったメジャーどころから話題のメフィスト賞、地方の名もないマイナー文学賞までを俎上に上げて、評論家の大森望と豊崎由美が言いたい放題した本。
 まったくの予備知識がない人が読むとどう思われるかわからないが、二人の読書傾向やある程度の文学知識があればかなり楽しめる。例えば芥川賞の選評のひどさ、直木賞のタイミングを逸した授賞などは、たいていの本好きなら周知の事実。それをここまで堂々と本にしてしまったところが偉い。二人の意見が基本的にはぶつからないので、馴れ合いっぽい感じは人によって鼻につくだろうが、それを差し引いても楽しめる一冊である。


リチャード・ニーリィ『オイディプスの報酬』(角川文庫)

 先週末から鼻水が止まらないうえに目もしょぼしょぼ。おまけに頭もずきずきして、まったく仕事が手につかない。急に冷え込んだこともあり、てっきり風邪だと思っていたが、これってやはり花粉症なのかもしれない。なんだか去年も似たようなことを日記に書いた気もするが、とにかく辛い。

 本日の読了本はリチャード・ニーリィの『オイディプスの報酬』。
 長らく絶版だった角川のニーリィ作品が、一挙に三作すべて文庫で復刊されたときはちょっとした衝撃だった。ただ、個人的には新潮文庫の『仮面の情事』、ポケミスの『日本で別れた女』がまずまずといった感じだったので、傑作と名高い角川の三冊がどれほどのものか確かめたかったというのが大きい。

 こんな話。ベトナム帰りでヒッピー崩れの主人公ジョニーは、憎き父親から大金を騙し取るべくひさびさに故郷に帰ってきた。ところが計画はいったん挫折したものの、父の後妻ルシルと関係を結んだジョニーは、二人でさらなる計画を企てることにする。今度の計画はスムーズに運んだかに見えたが、予想もしない事態が勃発し、二人は運命の急流に呑み込まれてゆく……。

 何ともはやオフビートなクライムノベル。主人公のジョニー同様、読者も先を読めない展開というか、リーダビリティはかなり高い。結末自体はなんとなく想像がついたが、殺人が起こるあたりから終盤までの展開は一気読み。
 ディーヴァーらに代表されるいわゆるジェットコースターノベルが、息をもつかせぬスピード感で勝負するなら、こちらは読者を酩酊させるコーヒーカップノベル(つまらん喩えですまん)であり、そのドライヴ感は見事。かなりいい感じで酔わせてくれる。

 登場人物の造型もいい。ひと癖もふた癖もある連中ばかりで、主人公からしてほとんどの読者が感情移入できないはず。一番まともそうに思えるのは捜査に当たる刑事くらいだが、彼すら心の底では何を考えているのか判然としない。これらの際だったキャラクターなればこそ、先のストーリーもますます活きるわけである。
 ただ、強いて難をあげるとすれば、当時ではかなり衝撃的だったと思われる本作のどんでん返しも、刺激の強い作品を読み慣れた現代の読者にはそれほどのものと思われないかもしれない。本書の発表年は1972年。リアルタイムで読みたかった一冊ではある。


スティーヴン・ノリントン『リーグ・オブ・レジェンド/時空を超えた戦い』

 DVDで『リーグ・オブ・レジェンド/時空を超えた戦い』視聴。監督はスティーヴン・ノリントン。
 ショーン・コネリー扮する冒険家アラン・クウォーターメンがネモ船長や透明人間、ヴァンパイア、ジキル博士とハイド氏など、文学史上の有名キャラクターとともに悪に立ち向かうという荒唐無稽にして楽しいお話。基本的にはその能力を活かしたアクションやスペクタクルなSFXを楽しむ映画なので、多くは語るまい(笑)。
 ただひとつだけ言わせてもらいたい。悪の首領の正体があの偉大なるキャラクターであることだけは納得できん。あんなちゃちなキャラじゃないだろ、やつは(泣)。


アイラ・レヴィン『ステップフォードの妻たち』(ハヤカワ文庫)

 昭和記念公園でチューリップ祭りをやっているとかで、弁当を持って家族でピクニック。チューリップの種類もいつの間にこんなものまで、というぐらい本当にビックリするぐらい変わったものがある。特に珍しく感じたのはレッド・ライディング・フード。日本語にすると「赤頭巾」ですな。興味あるかたは検索などかけて見てください。

 『マトリックス レボリューション』をDVDで視聴。今までの複雑な哲学的アプローチ、壮大なハードSFの世界が、スミスとの対決で一気に解決、ちゅうのはいかがなものか。数々のご都合主義は許しても、あれじゃ問題のすり替えだと思うけど。相変わらず絵は楽しめるが、連続する三作目ともなるとやはりストーリーに破綻きたしすぎ。


 読了本はアイラ・レヴィンの『ステップフォードの妻たち』。
 郊外の美しい高級住宅地ステップフォードに引っ越してきた夫妻、ジョアンナとウォルター。女性も積極的に外に出るべきである、と考えるジョアンナは、気の合う友人を作って人生を謳歌しようと思っていた。しかし町の主婦たちは美しいが家事にしか興味のない女性ばかり。そんな主婦になりたくないジョアンナは、最近越してきたばかりの活動的な主婦たちと知り合い、女性のためのクラブ作りをめざす。だがやがてその友人たちも家事に励むようになる……。いったいこの町には何が起こっているのか、そして次は自分の番なのか……?

 おそらく本書が書かれた時期はウーマン・リブ運動がピークの頃だったと思うが、レヴィンがそれに触発されて書いたであろうことは容易に想像できる。そしておそらくは、そのエキセントリックな活動に一言チクリと言っておきたかったと、まあ、そういうことではないのだろうか、本書は。
 ステップフォードで何が行われているのか、焦点はそれに尽きるのだが、そのアイデアがなんともバカっぽいというか企画倒れというか。文章は読みやすいしサスペンスを盛り上げる手腕は見事、伏線も上手く張っている。だが肝心のネタがこれでは腰砕けもいいところだ。アイラ・レヴィンはホントに作品ごとの出来不出来の差が激しすぎる。なんとも不思議な作家である。


小栗虫太郎『怪奇探偵小説名作選6 小栗虫太郎集 完全犯罪』(ちくま文庫)

 引き続き小栗虫太郎。ちくま文庫の本作は、ノンシリーズものの本格探偵小説を集めた作品集で、現代教養文庫版が絶版となった状況を受けて編まれたものらしい。そのため現代教養文庫版とかなり作品がかぶっており、先日読んだ『白蟻』の収録作「完全犯罪」「白蟻」「海峡天地会」などは本書にまるまる収録されている。
 ただ、「海峡天地会」のようにバージョン違いがあったり、編者の気配りが感じられる。収録作は以下のとおり。

「完全犯罪」
「白蟻」
「海峡天地会」
「紅毛傾城」
「源内焼六術和尚」
「倶利伽羅信号」
「地虫」
「屍体七十五歩にて死す」
「方子と末起」
「月と陽と暗い星 」

 バラエティ豊かな作品はそろっているが、本格であろうが秘境ものであろうが時代物であろうが、ベクトルが常にあらぬ方向に向いている感は否めない。小栗自身は本格探偵小説を書こうとしていながら、その才気の為せる業とでもいおうか、常にアンバランスな世界を構築してしまい、そこに立たされた読者は目眩を覚えて立ちすくむのである。アブノーマルとも違うし、狂気とも違う。ああ、難しい。
 『白蟻』収録の三作の感想は四月六日の日記を見てもらうとして、その他の収録作では「紅毛傾城」「倶利伽羅信号」「地虫」「屍体七十五歩にて死す」あたりが好み。「倶利伽羅信号」なんてミステリとしていかがなものか、というレベルだが、無理矢理にシャム双生児にさせられるという設定だけでも読む価値あり。


小栗虫太郎『白蟻』(現代教養文庫)

 小栗虫太郎の『白蟻』(現代教養文庫)読了。
 収録作は「完全犯罪」「白蟻」「海峡天地会」の三作だが、小栗虫太郎に関する日影丈吉や横溝正史のエッセイ、長田順行の暗号論なども収録されていてなかなか充実の一冊。

 小栗虫太郎のまとまった作品集を読むのはかれこれ二十年ぶりだが(まあ、アンソロジーなどではいくつか読んでいたが)、相変わらず読みにくさは天下一品。以前に比べたらこちらの読解力も上がっているはずだし、それほど苦労しないだろうと思ったのだが、全然そんなことはない。恥ずかしい話、状況を把握するだけでも厳しいときもあるほどだ。強烈な衒学と独特の文体というのがその大きな要因だろうが、小栗虫太郎ならではの特殊な世界観というものがそれに拍車をかけている。

 そんな中で「完全犯罪」は一応本格探偵小説の体を成し、比較的理解しやすい作品。しかし、舞台設定や犯罪の動機、トリックなどを知ると、「そんな馬鹿な」と叫びたい気もちらほら。とはいえ、そもそもそれが小栗虫太郎の味だし、個人的には決して嫌いではない。この著者ならではのワンダーランドで、トリックだの動機だのの合理性や常識を求める方が野暮なのだ。

 「白蟻」は落盤事故で助かった夫が別人ではないかと疑う妻の話。これだけだとシンプルな心理サスペンスかと思うところだが、読みにくさは「完全犯罪」の比ではなく、途中で何度同じページを読み直したことか。
 だが一人語りによる不気味なトーン、異様な迫力に満ちた畳みかけは小栗ワールドの真骨頂である。

 「海峡天地会」はマレーの秘境を舞台にした秘密結社ものかと思いきや、途中から一気に探偵小説っぽくなってしまうところが小栗虫太郎である。本作は当時の軍部を批判した作品として知られているが、リアルにこの作品を捉えた当時の風潮もある意味凄いものがあると思う。

 結局、探偵小説の衣は着ているが、やはり小栗虫太郎の小説は本来のエンターテインメントとは異なる道を求めているようにしか思えない。哲学というか、ある種の真理というか。そしてその真理を求める道は、我々の常識が通じない世界で構築されているため、読み手もまた大変な努力を強いられる。それを理解しないかぎり小栗虫太郎の作品を本当に味わったとは言えないのだろう。
 でもわからないなりにこのワンダーランドは中毒性も高いのである。


山田風太郎『神曲崩壊』(廣済堂文庫)

 二、三日前に会社の蔵書をいくらか処分することになり、もっけの幸いとばかり処分係を買って出る。で、本日は車で出社し、帰りに段ボール箱を数箱積んで古本屋巡り。まあビジネス書が多いので大した金額にはならなかったが、本を処分するという行為が普段なかなかできないので、人の本ながら何となく楽しい。末期症状っぽいですか(笑)。

 山田風太郎の『神曲崩壊』読了。モチーフはあのダンテの『神曲』である。
 核戦争が起こった当時、『神曲』を読んでいたことがきっかけで、主人公の作家(おそらくは山田風太郎の分身)はダンテに案内されて地獄巡りをすることになる。飢餓、飽食、酩酊、愛欲、嫉妬、憤激の六つの地獄で主人公が見たのは、古今東西の著名人がのたうち回る姿。彼らの生前の振る舞いがいかに愚考であったか、そして人類とはなぜにかくも愚かなのかを、山風流の解釈で描く一大叙事詩。

 前述のごとく特殊な内容であり、数々の偉人著名人有名人を思い切り虚仮にもしているので、ある程度は世の中や人間に対し、冷めたところのある人でないと入りにくい作品。面白く読める人とそうでない人はハッキリ分かれるところであろう。
 それでも山風ファンならあえて一読をお勧めしたい。作家や政治家に対して著者がどのようなイメージを抱いていたかが窺い知れるうえ、著者自身の人柄が浮かび上がってくる作品なのだ。

 ところで本書を読んでいてすぐに気づくのが、同じ著者によるノンフィクション『人間臨終図巻』との相似である。
 個人的にはしばらく前に徳間文庫の『人間臨終図巻I』を読み終え、現在も就寝前の一冊として『同II』を読んでいる最中なのでなんともタイムリー。まあ、解説にも書かれているのだが、『神曲崩壊』は『人間臨終図巻』のしばらくあとに書かれていることから想像するに、ノンフィクション『人間臨終図巻』では描ききれなかった、そしておそらくは山風自身が満足できなかった結果として書かれた作品なのだろう。
 それだけに『人間臨終図巻』ではあえて抑えていたと思われる著名人への思いが、『神曲崩壊』ではより強烈に描かれている。これがなかなか楽しく、やはり一番の読みどころであるといえるだろう。


ボワロ&ナルスジャック『思い乱れて』(創元推理文庫)

 このところのマイブーム、ボワロ&ナルスジャック。本日は創元推理文庫から『思い乱れて』を読了。

 シャンソン界の大御所的存在、フォジェール夫妻。夫のモーリスは作詞作曲家として、妻のエヴは歌手として、人気実力とも絶頂にあった。しかしながら、夫婦仲はとっくの昔に冷え切っており、エヴには年下のピアニスト、ルプラという愛人がいた。そして三角関係のもつれからルプラはモーリスを撲殺してしまい、二人は事故として偽装することにする。その偽装が成功したかに見えた矢先、エブの下に一枚のレコードが配達された。それはモーリスからのメッセージが録音された不気味なレコードであった。

 謎の興味は、モーリスの声を録音したレコードを誰が送っているのか、どうやって偽装を知ったのか、という点に絞られている。しかし登場人物も少ないことからほぼ展開は読めてしまい、本来なら本書の肝であるはずのサスペンスがもうひとつ弱いのは残念。
 ただ、レコードを使った死者からのメッセージというのは雰囲気作りとしては悪くない。また、愛し合っていたはずのエヴとルプラが不安におののいて次第に心離れていく様や心理は濃厚に語られ、このあたりはボワロ&ナルスジャックの真骨頂という感じで、好きな人には堪えられないところだろう。
 正直、先日読んだ『仮面の男』『技師は数字を愛しすぎた』よりは落ちるが、軽い心理サスペンスが好きな人ならいい暇つぶしにはなるだろう。


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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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