最近の研究成果 温帯低気圧による北極域へのブラックカーボン輸送~発達した温帯低気圧と前線システムによる上昇流が輸送を促進~
ブラックカーボン(BC)粒子は、大気中を浮遊するエアロゾルの一種で、黒色炭素、すす粒子、元素状炭素とも呼ばれます。BCは可視光域や赤外域の太陽光を効率的に吸収して大気加熱に働き、また雪氷/海氷面に沈着すると融解を促進するために、気候変動への影響が懸念されています。特に、北極域のような人間活動が活発ではない場所では、遠方の発生源から輸送されたBCが影響を及ぼすと考えられるため、輸送シミュレーションの精度向上も必要とされています。
本研究では、日本で開発された全球エアロゾル輸送モデル(NICAM-SPRINTARS)を用いて、発達した温帯低気圧による北極域へのBC輸送を解析しました。北極域へのBC輸送の経路として重要と考えられているベーリング海は、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の海洋地球研究船「みらい」北極圏航海の航路となっており、2016年8月22日から10月6日まで行われた北極圏航海で収集されたBC観測データを輸送モデルの評価のために利用しました。
2016年の「みらい」北極圏航海では、チュクチ海から八戸港へ帰港する9月末にBC粒子濃度が300 ng/m3*1程度まで増加する高濃度イベントが観測されました。高濃度イベントは、全球エアロゾル輸送モデルに衛星観測から推定されたシベリア森林火災のBC放出量を入力した実験でうまく再現することができました。同様の解析を森林火災のBC放出を止めた実験に対して行うと、濃度が大幅に低下したことから、「みらい」で観測された高濃度イベントは森林火災起源であることが分かりました。
また、アジアの汚染源から放出される人為起源のBC粒子濃度の再現性を評価するため、汚染源の下流に位置し、長期観測が行われている長崎県の福江島の観測データを利用しました。輸送モデルに人為起源のBC放出量を入力した実験結果を解析すると、濃度変化などが概ね再現されていました。
また、モデルの長距離輸送性能を調べるために、降水による沈着量を元に全球的なBC粒子の寿命を推定すると、これまで報告されていた1週間程度という値と一致する結果が出て、長距離輸送の評価にも利用可能なモデルであることが分かりました。
2016年9月末の高濃度イベント時には、東アジアからシベリアを経て北極域に至る輸送経路上に、大きな水平スケール(約2000 km)を持ち、近年で最も発達した温帯低気圧が存在していました。輸送モデルの結果を解析すると、低気圧中心付近と周辺の別の低気圧まで続く数千kmの前線システム付近にフィラメント状の高濃度BC域が偏在しており、低気圧の移動に伴って低気圧の東側にあたるベーリング海付近から北極域へ移動していました(図参照)。
さらに、2015~2018年の9月における101個の発達した低気圧イベントについて合成図解析を行いました。BC粒子濃度は低気圧中心の西側よりも東側で相対的に高く、東側ではより北極側、より高高度まで濃度が高くなっていました。BC粒子が高濃度の領域では相対的に上昇流が強く、極域へのBC粒子の流入が低気圧と前線システムに伴う上昇流と関連することを示しています。
高分解能(約56 km)の計算結果と低分解能(約220 km)の計算結果を比較すると、上昇流の最大値は、高分解能の方が低分解能よりも3倍程度も大きく、対流圏中層付近のBC粒子の濃度や北極域へ流入するBCフラックスを倍程度まで変えていました。上昇流最大となる領域は水平スケールが小さく、このことは、分解能が高いほど上方への輸送が増大するために極域へのBC粒子の流入量が大きくなり観測結果に近くなることを意味しています。
本研究により、これまで指摘されていた温帯低気圧周辺の沈着量の分解能依存性の他に、低気圧周辺の上昇流の分解能依存性が北極域へのBC流入量のシミュレーションにとって重要であることが明らかになりました。将来的には、高分解能の全球エアロゾル輸送モデルを用いていくことが望ましいと考えられます。