当時は「オーバーなアプローチだなぁ。しかも静的解析だとどの程度有効なんだろう?」などと愚かなことを思っていましたが、Smith and Rune はおそらくガスケット・リーフスプリングの導入で中心部が固くなる問題に気づき、同時にフレックスカットを導入することでマウントプレートを柔らかくし、全体として「柔らかく」かつ「均一性」のある打鍵感を目指していたことが想定されます。
最近では HHKB Studio の内部構造が特に吸音フォーム等もなく非常にシンプルであるということも話題になりましたが、HHKB Studio はキースイッチとケース・マウントプレート、キーキャップ等の総合的な設計によってまるで静電容量無接点スイッチの HHKB Professional シリーズを思わせる、見方によってはより高品質の打鍵音と打鍵感を実現していました。それで十分素晴らしいですし、設計要素は手段であって目的ではないということは肝に銘じておきたいところです。ほしいのは「よいキーボード」であって、ガスケットマウントや吸音フォームではなかったはずです。
ですので、本レビューでは HHKB Studio の基本的な部分の紹介に関しては簡単な説明に留め、上記のような HHKB Studio の大きな変化の部分に焦点を当て、このキーボードがどうしてこのようなモデルになったのか、そして「HHKB としてどうなのか」について、スペックではなく実際の使用感を中心にレビューしてみようと思います。
HHKB はもともと UNIX / CUI 環境でどんなマシンにも使えるポータブルでコンパクトで合理的配列のキーボードを作るプロジェクトであり、そういう意味で HHKB は文字入力に特化した環境でのプロの仕事場として愛されてきました。それから四半世紀ほどを経てコンピュータの利用シーンも大きく様変わりし多様なタスクが実行できるようになった今、どんなマシン、そしてどんなタスクにも使えるポータブルな入力デバイスとして、GUI 環境でのプロの仕事場として企画されたのが HHKB Studio と言えそうです。
そういった多様化したタスクに対応した仕事場 = Studio というコンセプトを実現するために、HHKB Studio ではカスタマイズ性に大きく舵を切った設計になっています。物議を醸しているメカニカルキースイッチの採用も、ソケット交換式 (ホットスワップ) で簡単に好みの互換キースイッチに差し替えてカスタマイズできるというところが大きな理由となっているようです。
すなわち、HHKB Studio はそういった GUI 環境でどんなマシン・どんなタスクにも使えるポータブルな入力デバイスを求める人たちに向けて開発された新しい HHKB ということになりそうです。
HHKB Studio と HHKB Professional HYBRID Type-S
そのため、既存の文字中心の利用を想定した東プレスイッチ採用の HHKB Professional シリーズは継続して販売されますし、HHKB Studio が HHKB Professional シリーズの後継機・上位機というわけでもありません。和田先生が求めた、長く使えるコンパクトで合理的なキーレイアウトのキーボードである HHKB Professional シリーズは、引き続き完成された理想形として提供されることになります。
ですから「東プレスイッチにあらずんば HHKB にあらず」という人や「HHKB の後継・上位機種が出たから買い換えよう」といった考えの人が HHKB Studio を購入すると納得できない可能性があります。
逆に「高品位で完成済みのリニアスイッチな HHKB が欲しかった」「HHKB Studio の統合されたインプット環境というコンセプトが自分にフィットする」「HHKB をより深くカスタマイズしたかった」といった方にはおすすめできる製品になっています。
新規要素
ここからは HHKB Studio の新規要素であるメカニカルキースイッチ、ポインティングスティック・マウスボタン、ジェスチャーパッドについて先行体験 2 週間での使用感をお伝えします。
HHKB Studio では東プレスイッチを採用した既存の HHKB Professional シリーズとは異なり、Kailh 製の PFU カスタムスイッチ (以下 HHKB Studio スイッチ) が採用されています。東プレスイッチが支持されているポイントの一つがその高い耐久性ですが、PFU さんもこの点にはこだわっており東プレスイッチ採用 HHKB と同様の耐久性テストをこのカスタムスイッチでも実施し、少なくとも東プレスイッチ (3000 万回耐久) 以上の耐久性があることを確認したとのことでした。
Kailh 製カスタムスイッチ
HHKB Studio スイッチの概観としては、リニアスイッチのためタクタイル感のある東プレスイッチと打鍵感は異なりますが、スイッチだけでなく筐体やキーキャップまで含めたチューニングによるものか打鍵音や底打ちの感触が東プレスイッチの HHKB Professional Type-S シリーズに近く、不思議とたしかにこれは「HHKB」っぽいなというおもしろい感覚があります。
HHKB Studio スイッチは東プレスイッチに近いと同時に最近のメカニカルスイッチらしく軸のブレは Type-S スイッチと比べて大幅に小さく、潤滑も適度で軽いスレ感はあるもののなめらかで、安定感があり上質です。ただタクタイル感はないためやはり東プレスイッチとはどうしても打鍵感は異なります。打鍵音は HHKB Studio のほうが HHKB Professional HYBRID Type-S よりはだいぶ静かですが、心地よくはっきりした低音寄りのサウンドプロファイルで打鍵のたのしさは負けず劣らずといった印象です。このあたりは究極的には好みだと思うので、ぜひ触って判断してみてください。
スイッチの回路部分はソケット式になっており好みのスイッチに差し替えることができる
また、スイッチの好みに関しては HHKB Studio は後からスイッチを差し替えることができるのでそういった面でも融通がきくのが美点です。メカニカルではありますがタクタイル感のあるキースイッチに差し替えてもいいでしょう。HHKB Studio で手に入らないのは東プレスイッチだけですね…
HHKB Studio ではマウスボタンがケースのフチとツライチであわせられた、かなり意匠性の高い設計がされています。それ自体は素晴らしいことなのですが、初期の試作モデルではキーキャップのスイッチへの嵌合が甘かったのかその時点で選定されているキースイッチの精度がよくなかったのかこのツライチのデザインが完全に裏目に出ており、マウスボタンの隙間が不均一だったり平行が出ていなかったりと組み立て精度の不足がガチャガチャした見た目としてめちゃくちゃに悪目立ちしてしまっていました。
また、キーボード部分の打鍵感が前述の通り非常になめらかで洗練され、打鍵音がコントロールされているのに対し、マウスボタンの打鍵感・打鍵音ともにパカパカとしたかなり安っぽいものになってしまっていたため、一時は「このクオリティではちょっと OK は出せないですね…」とだいぶ暗雲垂れ込めたりもしていました。
そういった中で、前述のマイクロスイッチの採用、いっそのこと静電容量タッチパネルに変更、キースイッチをより精度の高いものに選定やり直し、マウスボタンのキーキャップのスカートを伸ばす・肉厚にするなどの構造的変更、マウスボタンのキーキャップの裏にフォームを貼り付ける… などなど様々な提案を PFU の担当者の方々と頭を突き合わせて、それこそ終電間際まで付き合ってもらいました。もちろん全てが採用されたわけではなく、PFU さんも高耐久のロープロファイルメカニカルスイッチは譲れないなど喧々諤々の議論がありましたが、その結果は発売された HHKB Studio を見ていただければと思います。
もちろん最初でも述べた通り HHKB Studio は HHKB Professional の後継機でも上位機でもありません。そのため HHKB Professional シリーズをすでに持っている人が無理に乗り換える必要はないと感じますが、HHKB の名を冠したキーボードの最新作やポインティングデバイスの統合というコンセプトに惹かれる方にはぜひ触ってみてほしくはあります。
では、広くキーボードとしてみた場合の HHKB Studio はどうでしょうか?
あなたが本当によいキーボードがほしくて、かつ自作キーボードやカスタムキーボードのような電子工作や打鍵感向上のための試行錯誤に時間を溶かすことがしたくないのであれば、HHKB Studio は数少ない最高の選択肢の一つでしょう。
現状「購入して箱から出してすぐに使える」という完成品の範囲では、どれだけお金を積んでも HHKB Studio レベルによい打鍵感・打鍵音のキーボードを手に入れるのは容易ではありません。それこそライバルは東プレスイッチを採用した HHKB Professional シリーズや REALFORCE になってくると思われます。
HHKB Studio はたしかに絶対的な価格は非常に高価ですが、これだけの品質のキーボードが組み立て済みの完成品として、しかも安定した供給がある状態で販売され、アフターサポートも受けられると考えると十分現実的な価格と言える気がします。
あなたが自作キーボードやカスタムキーボードなど、電子工作や黒い画面を厭わず、その打鍵感を向上させるためにスイッチを全て剥がしてははめ直し、キースイッチを潤滑し、Tape Mod 等の効果を検証するべくキーボードを分解しては組み立てることに情熱が傾けられるだけの時間とお金があるのならもう少し選択肢は広がって、HHKB Studio はそれらの選択肢の中の一つになるかもしれません。
それなりのクオリティ以上のキーボードを作ろうと思うと結局 HHKB Studio ぐらいの金額はしてしまう気がしますが、自作やカスタムを考慮に入れると HHKB Studio のライバルはかなり多くなってくると思われます。それでもポインティングスティックのついたキーボードは珍しいのでポインティングスティックに目がないのならおすすめです。
一方で、あなたがちょっとよいレベルのキーボードを求めているのであれば HHKB Studio は少しばかり過剰かもしれません。HHKB Studio はマウスボタンの項でも書いた通り、若干偏執的ともとれるこだわりがところどころに見受けられるキーボードです。その細部にまで気を配るために HHKB Studio はそれなりに高いコストを強いられています。
打鍵感や打鍵音、バネ鳴りの一つまで、微に入り細を穿つこだわりがあるのであれば HHKB Studio の金額を払う価値は十分にあると思いますが、そうでなければ国内メーカーのメカニカルスイッチ採用キーボードや Keychron などの新興カスタムキーボードメーカーのキーボードを選んでみるのもいいかもしれません。もちろんお財布に余裕があればぜひ HHKB Studio のこだわりと良さを体験してみてほしいですが。
個人的には HHKB Studio のキーボードとしての立ち位置はこのような印象になっています。
まとめ
いずれにしても HHKB Studio は HHKB 初代から実に 25 年以上ぶりの大変革モデルです。打鍵感に関してはぜひ毛嫌いせず、実際に体験してみてほしいと感じています。
HHKB Studio は各地にある HHKB タッチ&トライスポット で触ることができます。また、今週末 11/4 (土) に開催される 天下一キーボードわいわい会 vol.5 でも、PFU 協賛ブースにて HHKB Studio と HHKB Professional HYBRID の打ち比べ体験などができる予定とのことです。天キー vol.5 にいらっしゃる方はぜひ東プレスイッチ HHKB とメカニカルスイッチ HHKB を並べて触って比較してみてください。
HHKB Studio は 10/25 の発売直後に売り切れてしまっていましたが、本日 10/31 に再入荷されるようです。
次回入荷は 11 月中頃とのこと。間違いなく色々な意味でおもしろいキーボードなので、本当に触ってみてほしいです。
HHKB Studio は小売流通に乗っていないので家電量販店等の店頭では触れません。HHKB タッチ&トライスポット で触ることができるので、お近くのところにぜひ伺ってみてください。
正確には HHKB 周辺アイテムではないが、デスクのケーブルの整理に。ラップトップなど持ち出すマシンのケーブルを固定しておけて便利。持ち出したマシンをスタンドにセットして「ケーブルKEEPER」からケーブルを接続して「HHKB Professional HYBRID Type-S 雪」を BLE で接続して、という運用をしている。
3D プリンタの基本にして印刷品質を決定づける重要パーツがフィラメントを押し出す「エクストルーダ」と押し出されたフィラメントを溶かして積層していく「ホットエンド」です。この 2 つを改造することで印刷品質とメンテナンス性が大幅に向上します。正直なところ 3D プリンタを実用するなら絶対にやっておいたほうがいいです。
ここ最近の最新機種を除いて、廉価な 3D プリンタはボーデン式と言われるエクストルーダとホットエンドが離れていて PTFE チューブを通してフィラメントを押し出すものが多いです。ボーデン式は印刷時の可動部 (キャリッジ) の質量が小さくなるというメリットがありますが、エクストルーダとホットエンドまでが離れていることでどうしてもエクストルーダの動作に対してフィラメントのレスポンスが悪化するため、印刷品質を高めるために考慮するべきことが多くなり上級者向けです。
BL-Touch もしくはそれの互換品の 3D Touch などの接触センサを利用して、自動でメッシュベッドレベリングを行います。プリントベッドは平らなように見えますがどうしても微妙に歪んでいたりするので、いくらベッドのレベリングをネジで調整してもなかなか Perfect First Layer にはならなかったりします。
Raspberry Pi による Web インターフェースで 3D プリンタが制御できる OctoPrint と、OctoPrint と連携して Raspberry Pi 上で動作する 3D プリンタ制御ソフトウェア Klipper を導入すると、PC / スマホから 3D プリンタを制御できて作業性が大幅に向上するだけでなく、Raspberry Pi の潤沢な計算資源による高度な 3D プリンタ制御ができます。
Marlin に代表される組み込み型の 3D プリンタ制御ソフトウェアは、組み込みの貧弱なプロセッサとメモリで動作しなくてはならかったり、Marlin の設定を変更するために 3D プリンタの EEPROM を書き換える or そもそも Marlin 自体をソースコードを変更してビルドし直す必要があったりとチューニング・保守性に難があります。
それに対して Klipper なら豊富な計算資源を利用した高度な制御ができたり、設定も Raspberry Pi 上の config テキストファイルを書き換えるだけでよかったり、利便性が向上します。Klipper では ringing と呼ばれる 3D プリンタの共振周波数による印刷物表面の波打ちをキャンセルする Input Shaper や、3D プリンタ自体の歪を補正する Skew Correction などが利用できて印刷品質の向上が期待できます。
導入はちょっと面倒ですが、お金のかからないカスタムなのでやってみてもいいと思います。
ヒートベッドのバネ鋼化 【★☆☆】
Anycubic i3 Mega はガラスベッドなのですが、その上に粘着シートのついたマグネットシートを貼り付けて、バネ鋼を乗せるだけのお手軽改造です。ガラスベッドは印刷を繰り返すとどうしても傷などの劣化が印刷物に写って気になりますが、バネ鋼なら単価も安く交換も簡単で印刷物の取り外しも楽ちんなので運用コストが激減します。