厚生年金が支給停止だから月収47万円以上?
こちらのtweetのブコメ、「みんな年金のこと知らねぇんだなぁ」という感想です。つか知らんならもっと謙虚になればいいのにねぇ。
さて、ブコメでよくある指摘は以下のようなもの。
月収47万円以上の収入がある90歳の人を例として持ち出すなと(厚生年金が全額停止している) - poko_pen のブックマーク / はてなブックマーク
正確には、賃金が月47万円を超えると厚生年金は全額支給停止になります。年金額改定通知書の画像を見ると厚生年金は全額支給停止されているので、だから石川議員の母親は賃金が月47万円を超えている! という主張なのでしょう。ですが、これはかなり高い確率で間違っています。
まず、これはあくまで「賃金」です。譲渡所得・金利・配当・家賃・地代・農業・自営業などの収入はカウントされません(だって厚生年金の話だからね!)。90歳で賃金を月47万円以上もらうケースはかなり少ないと思います。また、もし仮に万一あっても、普通はそういう場合は厚生年金の支給停止を避けるために、雇用契約(賃金)ではなくて業務委託(フリーランス扱い)にすることが多いんですよね。以下の記事が参照になるかと。
じゃあなぜ厚生年金が支給停止になっているか、というと、これは遺族厚生年金が自身の厚生年金よりかなり高く、かつ、平成19年以前に遺族厚生年金の受給資格を得ていた(要するに配偶者=夫が亡くなったということ)場合ですね。下記の資料の p.3 が詳しいです。
https://www.nenkin.go.jp/service/pamphlet/kyufu.files/0000000004_0000000099.pdf
ずばり、これは「よくあること」です。この方の場合は今90歳ということは平成19年には75歳ということで、夫が平成19年以前に亡くなっていた可能性は十分あります。
また、この方自身の厚生年金は年22万円程度とかなり少ないことから、働いている期間が短い and/or 賃金が少なかったのだと想像できます。いわゆる「女性の労働化率のM字カーブ」問題というやつですね。子育てと労働が両立できないため、キャリアが分断されてしまうというものです。
年々改善しつつありますが、今90歳の方が働き盛りだった頃は今よりもかなりひどいものでした。
ということで、「大黒柱」として働いていた夫が亡くなった後、より高額な遺族厚生年金を選択して、より低額な自身の厚生年金は支給停止にしたというのが「もっともありそう」なシナリオということですね。というか、常識的に考えればほぼ100%そうです。
コロナ対策のおかげで死亡者減?
死亡数が11年ぶりに減ったという記事がありました。新型コロナウイルス対策の効果で、他の感染症が減少したために死亡数が減った、と受け取れる書き方がされています。
ところで、この統計ですが、元になる人口動態統計速報( https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/s2020/12.html )は月別に出ています。それを見ると・・・
1月単月で8,670人、対前年で減少しており、1年全体での減少数(9,373人)に対して、非常に寄与が大きいことがわかります。
さて、2020年の1月と言えば、まだ新型コロナ騒ぎは日本ではさほど大きくなっておらず、行動変容はほとんどなかった時期であるといえると思います。ということは、新型コロナ対策のおかげで・・・という説明は本当に正しいのでしょうか?
死亡数の絶対数のグラフを見ると、冬の死亡が1年で最多です。冬はインフルエンザをはじめとする感染症が増えるだけでなく、心疾患や脳血管疾患も増える傾向があります。
それを踏まえて、2020年の1月は、記録的な暖冬でした。統計開始以来の記録が続出しました。
となると、2020年1月の死亡者減は、暖冬のおかげと考えるのが妥当な説明だと思います。そして、2020年1月・2月の死亡者減を足すと、年間死亡者減を超えます(つまり、3~12月だけで見ると前年より死亡者が多いのです)。
もちろん、欧米などで見られるような新型コロナウイルスに伴う超過死亡が見られなかったという点は非常に素晴らしいことだと思います。だからといって、この統計だけを見て行動変容の効果を過大に評価するのは勇み足(*)であると思います。
*)逆に、この統計だけを見て、「死亡者減はほぼ100%暖冬のおかげだ。行動変容の寄与なんてない!」というのも言い過ぎです。コロナ流行が仮になくて行動変容もなかった世界線であれば、例年通り2万人程死者が増えるはずが暖冬で1万人減って、結果1万人増に落ち着いていた・・・かもしれません。多数のパラメータが関与する「混ざりもの」である統計数値から各パラメータの寄与を導き出すのは困難なのです。
2020/3/27以降は、感染症法で建物への立入禁止や、交通の制限が可能となっています
掲題の件、根拠つきで書きます。
もともと、感染症法には、建物への立入禁止や、交通の制限ができる条文がありますが、対象は「一類感染症」に限られています。新型コロナウイルス感染症は「指定感染症」なので、そのままでは適用外です。
(建物に係る措置)
しかし、感染症法には
という規定があり、指定感染症は、政令によって規定が準用できると定められています(ちなみに第32、33条 は第5章にあるので準用可能です)。
というところ、政府はこの規定に則り、
- 2020/3/25 第39回厚生科学審議会感染症部会(持ち回り開催)審議開始
- 2020/3/26 同議決。政令(令和2年政令第60号)公布。
- 2020/3/27 政令発効
と手続きを踏んだので、2020/3/27以降は感染症法で新型コロナウイルス感染症に対し、建物への立入禁止や、交通の制限が可能になりました。なお、罰金ですが罰則もあります。(第77条)
ということで、今現在は強制力がある措置がとり得ますので、ご注意くださいということで。
企業の方はBCP(事業継続計画)も今一度見直したほうが良いですよ。
「マレーシアのコスプレイベントで また日本人拘束 | NHKニュース」の件
の件ですが、情報を収集してまとめてみました。
まず、主催者側のコメントが出ていますが、
All our international guests did not perform on stage, thus were not bound to the requirements stipulated by PUSPAL to acquire a professional visa for our international guests.
(拙訳) 外国からのゲストのすべてはステージでパフォーマンスをしないため、PUSPAL(外国人アーティスト映像パフォーマンス中央委員会)の規定するProfessionalビザを取得する要求には合致しない。
https://www.facebook.com/geeksummit.asia/posts/452327355606183
とあります。
ですが、下記のオフィシャルのプログラムを見ると、拘束された外国人4名(ジャッジとして参加)のメインステージでの紹介もあるし、そのうちの一人の Hikari-san のパネルトークもあります(赤枠は筆者付与)。「ステージでパフォーマンスをしない」という、主催者側の当局(PUSPAL)に対する説明は無理があるように思えます。
主催者側のコメントでは「Unfortunately, there has been a false report made by an individual(拙訳:不幸なことに、ある個人による嘘の報告があった)」ということですが、主催者側の内輪もめでしょうか? なお、
Event Organisers Kazuki Foo & Muhammad Syahmi too were detained for habouring illegal imigrants.
拙訳:イベントの主催者の Kazuki Foo と Muhammad Syahmi も、不法な外国人労働者を匿った罪で拘束された
ということで、主催者側にも拘束者が出ているようです。
主催者側できちんとProfessional ビザを取得するようPUSPALに申請したうえで外国人参加者にもビザを取得するよう連絡するか、もしくは外国人参加者は全くメインステージには上がらない形にすべきだったのでしょう。
なお、マレーシアはイスラム教国だから肌の露出や偶像崇拝が・・・といった「いかにも」のコメントがはてなブックマークでは星最多になっていますが、
- マレーシアはイスラム教国としては比較的ゆるふわ(世俗的)です。イスラム教徒でない限り、ビーチリゾート行けば普通に肌の露出していますし、お酒だって普通に飲めます。*1
- そもそもこの人たちのコスプレはそんなに露出多くない。
- 参加者の中のイスラム教徒を罰するならともかく、外国人を標的にするのは意味不明。マレーシアの宗教警察(ムタワ)はイスラム教徒以外には何もできません。
という理由から、あまり関係ないのではと個人的には思っています。
「フェア」とは何か?
の件、著者(ふろむだ氏)は市場で決まる価格が「フェア」な価格だとします。しかし、これは広く合意された基準ではありません。
もちろん、古典経済学に基づくミクロ経済学では、完全競争が最も効率的で、競争が阻害されると「死荷重」が生じるとされています。しかし、「効率的*1」と「フェア」は全く異なる概念です。
手元にある「マンキュー経済学 第3版」では、「フェア」という語は一度しか登場しません*2。あくまでミクロ経済学は数学的な解を出すものであって、フェア/アンフェアといった価値判断には与しないという立ち位置を示しています。
ではその唯一の登場は何かというと、価格硬直性のところに出てきます。
価格硬直性の諸仮説
・暗黙の契約
顧客へ「フェア」であるためなど,暗黙に価格の安定に同意する
と使われています。まさにふろむだ氏が出した雪の日のスコップの例です。また、カギカッコでくくってある点からわかるように、経済学の範囲外の概念であることを明確にしています。
ということで、世間一般の「フェア」は経済学でいう「効率的」なこととイコールではありません。例えば国際フェアトレード基準における「フェアトレード」の定義では、市場価格に対して「持続可能な生産と生活に必要な価格を保証する*3」といった定義がなされています。
「Tカード情報令状なく捜査に提供」の件
共同通信の
の件ですが、これはCCCも警察も、現行法上合法の振る舞いです。
上記報道には明記されていませんが、裁判所の令状はなくても、現在は警察の発行する「捜査関係事項照会書」に基づいていることがCCCのお知らせには記されています。
個人情報保護法には以下のように「法令に基づく場合」は「あらかじめ本人の同意を得ないで」「前条の規定により特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて、個人情報を取り扱ってもよい」と記されています。
第十六条 個人情報取扱事業者は、あらかじめ本人の同意を得ないで、前条の規定により特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて、個人情報を取り扱ってはならない。2 (省略)引用元:個人情報の保護に関する法律3 前二項の規定は、次に掲げる場合については、適用しない。一 法令に基づく場合
そして、この「法令に基づく場合」には、刑事訴訟法第197条第2項の「捜査関係事項照会」が含まれる、とガイドラインで示されています。
法令に基づく場合は、法第16条第1項又は第2項の適用を受けず、あらかじめ本人の同意を得ることなく、特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて個人情報を取り扱うことができる。
事例1)警察の捜査関係事項照会に対応する場合(刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)第197条第2項)
というわけで、この件を批判するのは自由ですが、「現行法令上は合法である」ということを踏まえて批判*1しないと、ちぐはぐな批判になってしまいますよ、ということで。
*1:個人的には、このような形で個人情報が使用されたことを当事者に伝える仕組みがあるとベターと思います。ただし、捜査の密行性が損なわれると被疑者が証拠を隠滅するなど捜査に支障をきたすという事情も理解できるものなので、例えば3年経過したら当事者に伝えることを義務化する、なんて感じの法改正がいいのかな、と思います。
コインハイブ事件 高木浩光氏証言の件
コインハイブ事件 高木浩光氏証言の件、ネットでは絶賛のようですが、個人的には「びみょー」だと思っています。
まず、
JavaScriptは、閲覧者側のPC内のファイルに触れられない機能になっており、バックグラウンドで動作する機能も設けられていないため、「どのようなサイトもクリックして問題ないように設計されている」と説明。
「取り返しのつかないほどの挙動はしない。データプライバシー上の問題は議論されているが、ただちに刑事罰としている国はない」と述べた。
引用元:コインハイブ事件 高木浩光氏が公判で証言「刑法犯で処罰されるものではない」 - 弁護士ドットコム
の点です。現在はそう言ってもいいかもしれませんが、2011年に不正指令電磁的記録に関する罪が刑法に追加された頃は、Gamblar(ガンブラー)のようなJavaScriptで感染するWeb感染型ウイルスが猛威を振るっていた頃ですし、なにより不正指令電磁的記録に関する罪の最初の適用例は「ブラクラ」でした。
裁判官はIT動向に詳しくないですから、「どのようなサイトもクリックして問題ないように設計されている」という証言は判例に反するものと感じる可能性が高いと思います。
また、最も悪手だと思ったのは、裁判官質問への対応です。
https://twitter.com/shonen_mochi/status/1085104857512431616
最後に裁判官から、IIJという会社がレポートを出しているがそれは信用できるかといった質問があり、高木氏は「レポートを見ていないのでわからない」「セキュリティソフトの会社は〇〇に問題があると言えば自社製品が売れるので、そういった意味ではそこよりは信用できるのかもしれない」と回答。
— モッチー@少年クリプト編集長 (@shonen_mochi) January 15, 2019
IIJもセキュリティ事業に力を入れている会社なので、トレンドマイクロと五十歩百歩で、Coinhiveの悪魔化には余念がありません。
Coinhiveは一見被害がないように見えるが、ユーザーのCPU処理能力を「盗む」という意味では一種のマルウェアと言える。
https://twitter.com/shonen_mochi/status/1085104857512431616
引用元:Wannacryは終わっていない? - IIJが語るセキュリティ動向 (1) マルウェアの活動が目立った2017年 | マイナビニュース
裁判官がわざわざ「IIJのレポート」と明言するからには、該当するレポートを持っていて参考にするつもりなのでしょう。敵に塩を送った形になっているように見えます。ここは、
「IIJもセキュリティで商売をしているため、グレーゾーンを黒と言う傾向があると考える。だが、疑わしくは被告人の利益という大原則のとおり、刑事罰の適用という観点からはグレーゾーンは白と見るべきと考える。」
のような証言をするべきだったと考えます。
(理系)弁護士の方も、
- 「不正」であるかは規範的、つまり裁判官の胸先三寸で決まる。
- セキュリティソフト会社が後ろについている可能性が高い
と言っています。
ということで、裁判官の心証形成が重要と思われるこの裁判で、今回の高木浩光氏証言は「びみょー」だなと思った次第であります*1
*1:とはいえ、個人的にはこの事件は無罪になるべきと思っております。また、そもそも検察の起訴も無理筋な面はあるように思うので、どちらに転ぶかはわかりませんね。