COLKID プチ日記

オーバーサイズ


Z9 + NIKKOR Z 24mm f/1.8 S

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実はバブアーをまた一着購入した。
既に何着も持っていて、いい加減増やすのをやめろ・・と言われそうである。
まあ、好きなんだから仕方がない。
今年はこの一着だけにしておこう・・と、一応思ってはいるのだ(笑)

そろそろブームが去るのではないか・・と心配しているのだが、今年もあちこちのショップで、バブアーのコーナーが設けられているので、まだしばらく大丈夫そうだ。
僕が購入したのも、ショップがバブアーに別注したノンオイルのモデルである。
厚さからいって、今の季節にピッタリである。

実は昨年もそのショップから近いデザインのモデルが出ていた。
一目で気に入ってしまい、買おうかどうしようかと、ずいぶん悩んだのだ。
オーバーサイズで作られているというので、お店で試着してみたのだが、何だかブカブカしていて、こりゃあとても着こなせない・・と思い購入を断念した。
僕の年齢では、これは無理だ。

今年も似たモデルが出たのだが、お店も昨年のモデルは大き過ぎたと感じたのか、形を少し見直したそうだ。
同じオーバーサイズでも、少し控えめの大きさになった。
そこでまずは、いつもの自分のサイズを試着してみたのだが、明らかに大きすぎる。
ひとつ大きめのサイズを着ることを、オーバーサイズというらしいから、当然ではある。

これはひとつ下のサイズかな・・と思ったのだが、お店にそのサイズの在庫が無い。
小さいサイズほど人気があって、入荷してもすぐに売れてしまうらしい。
おかしな話であるが、多くの人がブカブカで着るのを嫌がるみたいで、ひとつ下のサイズを選ぶため、小さいサイズから売れていくという。
やはりオーバーサイズで着られる人って限られるのではないか?(笑)

いつものサイズと違うので、これは試着してみないと危ないな・・・
調べたら、埼玉県内のショップに、そのサイズの在庫が少数残っているのが分かった。
比較的近くだったので、休日に行ってみた。
運良く一着だけ在庫が残っていて、試着することができた。

ゆったりしたフィッティングであったが、とりあえずそのサイズで、問題なく着ることが出来ることが分かった。
というか、鏡を見るとピッタリである。
胸がきついのではないかと心配していたのだが、十分に余裕がある。
珍しく袖の長さもピッタリで、折り返して裏地のチェック柄を出したいと思っていたが、折ると短くなってしまうほどである。

お店の人も、このくらいのサイズ感で着てもらうことを想定しているんです・・と言っていた。
当然そのまま購入することになったわけである(笑)
それにしても、何で僕の体形に合うんだ・・・?

驚いたことに、そのお店では、その日だけでバブアーが5着も売れたという。
へー・・そんなに人気があるんだ。
これならまだしばらくは、バブアー人気は続きそうだな・・・

しかし・・・
思うのだが、まずオーバーサイズ自体が流行末期なのではないか?
僕はファッションに疎いので、詳しくは分からないのだが・・・
あの上下ともブカブカにして着るのは、流行が過ぎると、ちょっと厳しいような気がする。
まあ、もともと僕の年齢では無理なので関係無いんだけど・・・(笑)
今回のバブアーは、大きいと言っても「ゆったりめ」くらいだから、流行が終わっても何とかなるだろうが・・・

それよりも、最初に書いたように、バブアー自体の流行が終わってしまったら・・・
個性の強いデザインなので、反作用も大きくて、もう恥ずかしくて着られない・・という事になりかねない。
毎日違う色を選べるほど何着も持っているので、そうなると大変困る。

まあ、古典的なハンティングジャケットのデザインであるから、一時的な流行が去っても、着られなくなることは無い・・のかな?
L.L.ビーンだって、フィールドコートをずっと作り続けているしね。(あまり着ている人は見ないが・・・)
この際、「そういう服を着る人」・・になりきって、流行が去っても、堂々と着ていればいいのだ。
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温泉宿


Z9 + NIKKOR Z 24mm f/1.8 S

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那須の実家で一泊し、その後那須街道にある温泉宿でもう一泊した。
昔ながらの古い旅館である。
最初はずいぶんと古典的な宿だな・・と思った。

那須の温泉街自体が、何だか寂れていて、もう営業していないと思われる建物も多かった。
恐らくコロナが影響しているのだろう。
人を大勢雇って運営するのは難しいのか、宿泊は出来ず日中に温泉を貸すだけ・・という施設も多かった。

泊まった旅館も、何十年か前の建物・・という感じであった。
子供の頃に親と泊まった釣り宿やスキー場のロッジのような雰囲気・・・
部屋数はけっこうあるのだが、全室を埋めることは無く、お客は1日6組に限定しているようだった。
そのため他のお客と顔を合わせる機会は少なかった。

テレビはごく小さいもので、しかも最初から壊れていて動かなかった。
フロントに言ったら、動くものと交換してくれたが、空気中の硫黄成分が強くて、電子機器の類はどんどん壊れてしまうのだという。
周囲の建物がボロボロで、まるで廃墟のように見えるのも、硫黄のせいで短期間で傷んでしまうのが原因なのだろう。

部屋にシャワーは無いが、それ以前にお湯も出ない。
3階の部屋であったが、エレベーターが無いので、風呂に行く時にも階段を上り下りしなければならない。
トイレはさすがにシャワートイレだったのでほっとした。
Wi-Fiがあると言っていたのに、1階のロビーでしか繋がらないという。

というわけで、僕にしては珍しく宿に不満を持っていた。
ところがMrs.COLKIDによると、ネットでの評価が意外に高いのだという。
宿泊費用もリーズナブルなので、今回はあえてここを選んでみたのだという。
この宿の評価が高いなんて、一体どういう事だろう・・

と思ったが、だんだんとその理由が分かってきた。
まずは館内が清潔に保たれているところ。
建物も設備も確かに古いが、しっかり掃除しているのが分かる。

そして温泉が非常にいい。
温泉街の中にも10軒程度しかない、有名な鹿の湯から源泉を引く宿の一つであるという。
白濁しているが、硫黄の匂いはそれほど強くはなかった。
入るのが辛いほど熱い浴槽と、ぬるめでじっくり浸れる浴槽のふたつが並んでいる。
何しろお客が少ないので、その湯舟をほぼ独占できるのだ(笑)

その風呂であるが、日中は朝から夕刻まで、料金を取って一般の人に開放している。
鹿の湯が混んでいるので、こちらに来る人もいるようだ。
夜中の12時前に1時間かけてお湯を新しいものに入れ替える。
それ以外の時間は真夜中でも自由に入れる。

食事も悪くなかった。
いわゆる旅館の日本料理であるが、ちゃんと味を分かっている人が、予算内でいいものを作ったという感じである。
お米も新米であるし、高級では無くても十分に満足のいくものであった。
ちょうどこのくらいが好きな人って、けっこう多いはずだ(笑)

というわけで、最終的には結構気に入って、もう一度来てもいいか・・と思うほどであった。
ただ先まで予約でいっぱいで、どうも常連のお客が独占しているようだ。
なるほど・・密かな楽しみ・・というわけだな(笑)
今回はたまたま一部屋だけ空いたようで、Mrs.COLKIDが予約を入れることができたのだ。

ところで後から分かったエピソード・・・
その後、実家の義母に会いに行き、那須の温泉に泊まってきたことを報告した。
するとその宿には、Mrs.COLKIDが小さい時に一度連れて行った事があると言う。
50年以上も前の話であるが、宿の名前を聞いてすぐに思い出した。
その日は深い霧が出て、頭に冷たい露を浴びて、幼いMrs.COLKIDが「ひゃっこい、ひゃっこい」と言って帰りたがったという。
あの宿とそんな縁があったなんて・・と、Mrs.COLKIDも驚いていた。
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Z9 + NIKKOR Z 50mm f/1.2 S

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このところ、那須の実家に何回か行ったのは、実は義理の父が亡くなったからだ。
この連休で四十九日を済ませた。

実家で義兄やあちらの親戚などと、遺影の前で話をした。
当然故人にまつわる昔話などが中心になる。
その中で、義父が亡くなって以降の、ちょっと不思議な出来事の話が出た。

義兄は綺麗好きで、義父が亡くなってからも、毎日実家に行って、こつこつと家の中を整理していた。
この数日は、廊下に面した障子を1枚ずつ外し、枠の白木を削って下地を出してからまた障子を貼る・・という作業に取り掛かっていたという。
それによって障子は新品のように蘇る。
何部屋もあるので、全部やるのは大変で、ここまで掃除が済んだのだと、白くなった障子を見せてくれた。

その義兄が何気なく言ったのだが、ほぼ一日作業をして、そろそろ帰ろうかと思ったら、玄関の鍵が閉まっていたという。
実家の玄関の鍵はちょっと複雑で、閉めるのにコツと力が要るので、初めての人では戸惑う。
身内の何人か・・恐らくあの兄妹と僕くらいしか、それを閉めることは出来ない。

ところが誰もいないはずなのに、その鍵が閉められていたというのだ。
そういう特殊な鍵なので、自然に閉まることは考えられず、自分で閉めれば当然覚えている。
しかもその不思議な事象が、この数日間で2回あったというのだ。

その話を聞いた全員が、それは亡くなった義父がやったな・・と思った。
毎日あの鍵を閉めるのは、元気な頃の義父の仕事でもあったのだ。
この家も半分は義父と息子たちで作っている。
長い廊下の床板も、自分で張ったのだとよく自慢していた。

義父が家に強い思い入れがあるのは、皆が知っていた。
四十九日までは家にいるはずだし、出来ればもっと長くここにいたいはずだ。
息子が手入れをしていれば、当然何かいたずらして、ここにいるぞと知らせようとするに違いない。

それにしても、こういう話が出ても、怪談にならないところが、田舎の面白いところである。
確かに不思議な話ではあるが、それはごく当たり前に起きる出来事で、田舎の人たちには日常なのだ。
きっと義父がやったんだな・・で皆が納得して、その話は終わった。
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舞い


Z9 + NIKKOR Z 24mm f/1.8 S

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今日はMrs.COLKIDと都内の神社にご祈祷を受けに行ってきた。
何となく呼ばれているような気がして・・・
それも夫婦で・・・

空気が澄んでいて、いい一日であった。
久しぶりにカメラを持たずに出かけた。
身軽に動けてよかった。
(上の画像は那須で撮影したもの)

赤坂にある大きな神社である。
政治家の先生も行かれるだけあり、ご祈祷は本格的なものであった。
巫女さんが舞いを舞ってくださる。

境内には七五三の親子や外国人観光客が大勢来ていた。
ご祈祷受付所に巫女さんの扮装をしたリカちゃん人形が並んでいた。
これいいな‥と思って聞いたら、これは七五三のご祈祷を受けた人に授与するものだという。
それは残念(笑)


(iPhone 13 Pro)
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晴れの神社


Z9 + NIKKOR Z 50mm f/1.2 S

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一転今日は快晴。
昨日の雨が嘘のようだ。
昨晩はゴアテックスの靴の中にまで水が入ってきた程なのに・・・
今日は朝から日差しが眩しかった。

早朝に温泉にもう一度入り、朝食が済むと、すぐにまた那須温泉神社に向かった。
実に清々しい陽気である。
さすがに山なので、時折ゴーッと音を立てて冷たい風が吹く。
しかしそれ以外の時は、実に穏やかに晴れている。

昨日睨んでいた狛犬さんやキツネさんたちも、今日は表情が柔らかい。
約束通りまた来たよ・・と挨拶して回った。
暗くなり始めてから来た昨日と違い、明るいところで見ると、また新しい発見がある。

何だろう・・神社のパワーをもらったのか、だんだんとこちらも元気が出てきた。
重い50mmをつけて神社の本殿まで上り、撮影しながらまた大鳥居まで戻ったが、そこで24mmに付け替えたら、もう一度広角でも撮影したくなった。
そこで再度本殿までの坂道を上って行った。

泊まった宿の温泉がとても良くて、温泉嫌いの僕にしては珍しく、昨晩と今朝の2回入った。
ところが神社の方は、大雨の昨晩と今日2回の合計3回、本殿まで行ってお詣りした。
この神社は相性がいいのか、かなり気に入ってしまった。
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雨の神社


Z9 + NIKKOR Z 50mm f/1.2 S

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一日中けっこう強く降っていた。
夕刻から那須温泉に来ている。
那須街道にある古い旅館に泊まっている。
何か40年くらい前の雰囲気・・・

驚いたのは、旅館の部屋でWiFiが繋がらないことだ。
これはけっこう困った。
先にパソコンで原稿や画像データを作り、テザリングでスマホに一時的に繋いではアップロードしている。

もう暗くなり始めており、しかも雨が強く降る中、坂道を上っていき、那須街道にある神社に向かった。
着いてみると、境内は予想外に広く、先の方まで階段が続いているのが見える。
Mrs.COLKIDはそこで諦めて、明日にすると言って、旅館に戻ってしまった。
僕はどうしても今日中に一度見ておきたくて、ひとりで神社の中に入っていった。

土砂降りで、傘を差しているにもかかわらず、着ていたバブアーがビショビショになった。(というかバブアーの実力発揮・笑)
さらには階段を上ったのでけっこう汗もかいた。
当然のことながら、誰もいない。
社務所もすでに閉まっている。

狛犬さんも、こんな時間に何しに来た?という顔をしている。
手で触れて挨拶をすると、少し表情が緩んだ。
明日もう一度来るからね、と言って、今日は宿に戻った。
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那須でひとり仕事中


Z9 + NIKKOR Z 50mm f/1.2 S

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仏事で、仕事が終わってから那須に向かった。
連休なので混むかと思ったが、道は予想外に空いていた。
途中寄ったパーキングエリアの駐車場も、ガラガラというほどではないが余裕があった。

2時間とちょっとで、Mrs.COLKIDの那須の実家に到着した。
雨が降っているのに、思ったほど寒くはないな・・と最初は感じていた。
しかし夜も更けると、だんだんと冷え込んできた。
東京との温度差は2、3℃程度なのだが、それ以上に寒く感じる。

広い一軒家の居間に、ひとりでいるからだな・・・
仕事が終わらなくて、パソコンを持参して作業しているのだ。
寒いので持ってきたライトダウンを羽織った。

山の中なので静かである。
壁の時計が秒を刻む音だけが、途切れなく聞こえてくる。
たまに離れた街道を通過する車の音から、道が濡れているのが分かる。
さあ、お化けが出る前に、風呂に入って寝ようかな・・・
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ふたつの名前


Z9 + NIKKOR Z 50mm f/1.2 S

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僕の伯母は、名前をふたつ持っている。
仮にひとつがA、もうひとつがBとしよう。

生まれた時に、体がすごく弱く、何度か危ない目に遭ったらしい。
最初はAという名前をつけたが、専門家から名前を変えるようにとアドバイスを受けた。
そこでBという名前を付けた。
家族にしてみれば、それで助かるならと、藁にもすがる思いであった。

変更が大変という事で、戸籍上はAのままである。
周りの人は、Aと呼ぶ人と、Bと呼ぶ人が半々だったようだ。
僕が子供の頃は、伯母さんとは呼んでいたが、名前に関しては、確かに何となくはっきりしなかった。
人によって違う呼び方をするので、混乱していたのだ。

伯母は筆まめで、よく僕に手紙を送ってきたが、その際にはBと名乗っていた。
それでいて、妹である僕の母親への手紙では、Aの場合もBの場合もあるという。
本人がどういう思いで使い分けているのかは、分からないのだが・・・
90歳を超えた今でも元気なので、名前を変えた効果はあったのかもしれない。

Mrs.COLKIDの姪も、名前をふたつ持っている。
こちらは仮にCとDとしよう。
親が名前をCとつけた時、村の霊媒師のおばあさんから、この子はそんな名前にしたら大変なことになる・・と言われた。
そして、そのおばあさんから、Dにしなさいと、勝手に決められてしまったのだという。

そのおばあさんは、もう故人であるが、霊能力が高くて有名だった方だ。
実はMrs.COLKIDは子供の頃難病になり、そのおばあさんの一言で命が助かったことがある。
その話が有名になり、遠くから相談に来る人がいたほどだ。

姪は、戸籍上はやはりCのままであるが、周りの人達はみなDと呼ぶようになった。
確か当人も、自分のことをDと言っていた。
ただ親は納得できなかったのか、姪のことを今でもCの名前で呼び続けている。

それでいて姪の弟は、姉のことをDと呼ぶのだから不思議である。
ひとつの家族の中で、人によって違う呼び方をするので、ここでも僕は少し混乱してしまった。
結局姪はお医者様と結婚して、現在はそれなりに幸せに暮らしている。

姓名判断については詳しくは知らない。
しかし人からAさんと呼ばれるのと、Bさんと呼ばれるのでは、やはり微妙に違いがある。
AかBかで、演じなければならないキャラクターも変わってきて、生き方まで変わってくるのではないか・・・
ただ名前が複数あると、周りの人は対応が大変だろうけどね・・・
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17時


Z9 + NIKKOR Z 50mm f/1.2 S

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夕刻に事務所にいると、定時である17時を過ぎてから、電話がかかってくることがある。
それもまるでその時間になるのを待っていたかのように、17時を数分過ぎたあたりでかけてくるのだ。
そういう電話が意外に多くて、二日に一回はかかってくる。
何で・・?という感じだ。

こちらはちょうど帰り支度を始め、パソコンの電源を落としたりしているところである。
そこに電話が鳴り始めるのだ。
当然、表示される電話番号を見て、出ようかどうか悩むわけだ。

得意先や仕入先の知り合いからの電話なら、出なくてはならない。
しかし多くは、まったく知らない相手である。
いわゆる「怪しげな」営業の電話なのだ。

電話番号では判別がつかず、とりあえず電話を取ってみて、相手と話して判断するしかないこともある。
あちこちにかけまくっている人だと、しゃべり方に癖がついているので、すぐにそれと分かる。
妙に馴れ馴れしい態度で、親しそうに話すし、電話の向こうで、他にも電話をかけている人の声が聞こえることもある。
当然そういう相手には、最初から、こいつは危険だ・・と警戒する。

僕の名前まで調べ上げていて、「○○さんはいますか」と個人名で聞いてくる。
電話に出ているのが当人とは知らずに、まるで自分は昔からの知り合いだからすぐに繋げ・・と言わんばかりである。
自分の社名を名乗る時も、○○でお馴染みの・・とか、○○でお世話になっております・・とか、おかしな修飾語が付く。
まるで既に取引があるかのような言い方をする。

もちろん相手の名前に聞き覚えがない時は、とぼけてみせる。
○○は定時で帰宅しました・・と告げるのだ。
要件があるなら伝えると告げると、多くの場合は、それならけっこうです・・となる。
こちらもそれ以上会話したくないので、それで話を終りにして電話を切る。

それにしてもなぜ、まるで待っていたかのように、17時をちょっと過ぎたところで電話をかけてくるのだろう。
その時間帯を狙うと、電話が繋がりやすいとか、何か理由があるのだろうか。
普通、こんな時間にかけてくるなんて非常識な・・と、相手に思わせるだけだと思うのだが・・・
もし何か悪い企みがあり、会社が営業しているかどうか、確かめるためだったとしたら怖いが・・・
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くず餅


FUJIFILM X100V

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神社仏閣のそばで、美味しいお店をみつけることがある。
昔から大勢の人が集まる施設なので、その傍にも江戸時代から続くような老舗のお店があるのだ。
有名なお店の場合もあるが、地元の人しか知らないような、小さなお店の時もある。

最近注目しているのは、くず餅屋さんだ。
くず餅だけではなく、あんみつやところてんなども、作っていることが多い。
たまたま前を通って、あれっと思って入ってみる。
そして美味しいので驚く・・というパターンを何度か味わった。

亀戸天神の並びの某店は有名で、あちこちに直営店があって、手広く商売をされている。
しかしどうせなら、ごく小さい個人商店で、裏でおじさんが黙々と作っているようなところがいい。
都内にそういうお店が何軒か残っている。

王子で稲荷神社まで足を延ばした帰りに、駅に向かう道でくず餅のお店をみつけた。
これは・・と思って入ってみた。
店内にテーブルも少しあるのだが、地元の人たちで埋まっていた。

それならと、くず餅をお土産に買って帰ったら、これが大当たり。
少し苦みがあるのだが、それが本物の証だという。
量産品のどこでも売っているようなくず餅とはまったく違う。
母親もこれは美味しいと、唸って食べていた(笑)

先日は赤坂のTBSのビルの前で、やはり小さいお店をみつけて、くず餅とあんみつ、水羊羹を買ってみた。
お店の人から、こんなに買われて重くないですか?と心配された(笑)
ここは日枝神社から赤坂氷川神社へと向かう時に通る道でもある。

これがまた大当たり、甘さを抑えた上品な味であった。
水羊羹は、久しぶりにかつての味に出会えたような衝撃があった。
母親はまたも唸っていた(笑)

試しにくず餅屋で検索してみたら、そういうお店がいくつか出てきたが、多くは神社仏閣のそばにある。
やっぱりそういう事なんだな・・・
神社について調べて歩くうちに、くず餅屋さんの法則に気付いてしまったわけである(笑)

面白いのは、お店に来るお客さんである。
女性がひとりだけで、すっと入ってきて、あんみつを一つだけ買っていく。
そういうシーンに何度か遭遇した。
ひとつ買うのが、ルーチンになっているようだ。
地元の人たちに愛されているんだなぁ・・・(笑)
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