僕の作業場に手伝いに来ている
派遣の子が辞めたため、僕の作業場や定位置や昼休みが、5カ月振りに元に戻った。まったく、ひゃっほーい! と叫び出したいくらいだぜ。派遣の子が辞めない限り状況は変わらないし、自身が希望したわけではなく、上に言われてのことだろうから、その子を恨むのは筋違いである。かといって、その子がいつ辞めるのかなど解らないし、そんなことを考えていても仕方がない。現状、とにかく慣れるしかない。これが普通だよ、と思えばどうにでもなる。とぼかしていたことを、ここで書いておこう。
簡単に言うと、僕の作業場に於ける定位置が変わったのだ。
本来は、互いに別場所へ手伝いに行くという話だったので、僕がいない午前は、その子が僕の作業している場所を使い、僕が戻ってきた午後からは、引き続きその場所で作業をするのだと考えていたのだが、僕が別場所へ手伝いに行くようになったのは、4月に入ってからのことである。それまでは、同じ作業場で、僕ともうひとりの派遣の子が重なることになった。
基本的に、検品などのメインの作業をこなしつつ、合い間に複数の機械の材料を入れ、加工された製品を一定の数ごとケースにまとめる、みたいな流れである。検品作業は派遣に回されるので、正社員は常になんらかの機械を担当している。初めての残業以降、僕は社員用の機械も扱うようになり、それが「
傷物語」に繋がったような気もするけれど、さすがに使い方も解ってきて、機械油で汚れないように作業できるようになっている。
僕にとってはいつもの仕事だが、その子にすれば新しい仕事のため、扱う機械の近い場所で、上司が作業をさせていた。要するに、僕が作業をする場所が、その子に取られてしまったのである。それ自体は別に構わないけど、機械ばかりがたくさんある作業場なので、他に作業をできるような場所がない。そこで上司が無理やり作ったのが、材料置き場の隣だった。
これまでは気にしていなかたけど、その場所で作業をしていると、1日に何度も材料が届くのが解る。運び屋の人たちは、僕がいても、構わず隣に材料を置いていく。これまでそこに置いていたのだから当然だろう。それを上司が、それぞれの材料を使う機械の前まで持っていくのだが、すぐにというわけではない。上司は上司で、別場所へ行ったり、離れた機械を扱っていたりで、材料が届いたかどうかを常に見ているわけではない。すると当然、僕の隣に材料が溜まるわけである。この場所、邪魔じゃないのか。
そう思ったところで、僕はその場所で作業をするように言われているし、運び屋の人たちもその隣に材料を置くように言われているのだ。なんだこのやりにくさは。そこで僕が取った方法は、できるだけ作業に使うスペースを小さくする。それにより、ほんの少しだけでも、材料を置く場所を大きくしようとしたのだ。付け焼刃程度にしかならなかったが。
僕自身が、この材料をどこに置くかを上司に訊いて、すぐに動かせれば良いのだが、それをやっていたら切りがない。一台に一種の材料というわけではなく、様々な材料が運ばれてくるのだ。日によってどの材料を加工して、どの機械を動かすかなど、派遣の僕には伝えられない。それに、いちいち訊くにしても、上司が作業場所を離れていることが多いので、問題解決にはならない。
つまり、この場所で作業するのは邪魔ではないかと思いつつ、運び屋の人たちの邪魔にならないように注意して作業しなければいけないのだ。鬱陶し過ぎる。そのうち、気持ちがくさくさしてきて、1日に何度も持ってくるなよとか、俺は上司に言われてこの場所で作業しているんだからな、文句は上司に言えよな、などと思うようになってきた。
お前邪魔だよ、と言ってくる人はいなかったけど、この人たちもこの人たちで、あとのことを考えずに置いていくのだ。運び屋の人が同じ部署なのか、他部署なのかは知らないけれど、置くだけ置いて、すぐに出ていく。他の部署にも、次々と材料を届けるが仕事なのだろう。
余りにも邪魔になりそうなとき、材料が溜まり過ぎたときは、自分の動かせる範囲で材料の位置を変え、次の人が材料を置ける場所を作ることにした。そして、運び屋のことは気にせずに作業をする。僕が仕事を続ける以上、この状況は変わらないだろうから、どうにか慣れるようにしたのだ。これが普通だよ、と思えばどうにでもなる。
その中で1度、キレそうになったことがあった。例によって運び屋が来て、僕はちょうど機械の材料を入れに行くところだった。戻ってきたら、僕が作業をしていたその場所に、材料が積み重ねてあったのだ。なんでやねん。僕が毎日この場所で作業しているのは知っているだろうに。というか、ついさっきまで、僕がその場所で作業をしていただろうに。どうしてこんなところに置いていくのか。既に運び屋はいなくなっている。僕はその材料を蹴り散らかしてしまおうかと思ったのだが、そんなことをして、上司に叱られるのは僕であり、弁償する破目に陥ってしまう。危うくブレーキを掛け、踏み止まることができた。
とはいえ、この日はさすがにむかついて、仕事帰りに自販機で酒を買って飲んで、更にはじゃんぼで焼きそばを買い、平日なのに飲み食いをしている。幸いだったのは、従業員全員が帽子をかぶっているので、運び屋の顔を覚えていないこと。変に覚えてしまうと、次に見掛けたとき不穏になるし、行きや帰りに会っても挨拶すらできなくなる。こいつがあの運び屋かもしれない、という疑心暗鬼は避けたい。少なくとも、工場ですれ違った人とは、これまで通りの挨拶ができるのだ。
こんちくしょうと思ったのはこのとき限りだけれど、一年使い続けた定位置が変わるのはつらかった。そんな生活が、唐突に終わりを告げることになった。
私、今日で辞めるんです、と派遣の子が言った。5月末日、5分休憩時のことだった。若い社員も僕も、余り話すタイプではないので、休憩室で一緒にいても、話すことはほとんどないのだが、最終日だからか、その子が話し掛けてきた。そうなんですか、お疲れ様です、と答えながら、本当なのか、と僕は思わず喜んでしまった。これで、かつての場所に戻れるかもしれない。
最後ということで、少しだけ話した。僕よりちょうど、1年多く勤めていたみたい。つまり、僕は1年経って別場所の作業が加わったけど、この子は2年経って別場所の作業が加わったのだ。さすがに、辞める理由は訊けなかったけど、新しい作業場、手伝いに来ているこの作業がしんどくなってきたのではないかと。
この子が手伝いに来て2週間が経ったころ、3日ほど仕事を休み、その翌週は、連絡もなく休んでいたことがあった。本当は、このときに辞めてしまうつもりではあったけど、どうにか考え直し、持ち直し、仕事に復帰したのではないだろうか。勝手な想像ではあるけれど。女の子に、指先が油で汚れる作業はつらいだろう。実際、手袋を付けて仕事をしていたし。これまで彼女が手伝っていた作業場では、油で汚れる作業はなかったのだから尚更である。手伝いに来ていた子が女の子である、との情報を出したのはこれが初めて。不要な情報は、できるだけ書かないようにしている。僕のためにも、他人のためにも。
(蛇足だけれど。僕がへたれて無断欠勤をした翌週、えいやっと仕事へ行くことができたのは、この子の例を思い出したからである。2度は無理だろうけど、1度だけなら許してもらえるだろう。これまで愚直に真面目に働いてきたのだ。誠心誠意謝れば、まず仕事に復帰できるはず、という卑怯な読みがあった。
まあいいや、どうだって、と思って、引きこもっていたけれど、わずかな希望だけは残しておいたのだ。全く以て潔くなんかない)
(蛇足の蛇足だけれど。この期間には、普段書かないような記事を公開している。ブログに嘘を書いても構わないという記事、震災の不幸は目に見えやすいという記事。内容がマイナス過ぎたので、数時間だけの限定公開だった)
そんなわけで。5カ月振りに僕の作業は定位置に戻り、運び屋にやきもきすることもなくなったのだ。ひゃっほーい! と喜んだのも束の間。翌週に新しい派遣の子が入り、僕の平穏はわずか3日で終わってしまった。なんだこの糠喜びは。って、長過ぎるだろ。僕の仕事は更にしんどくなるわけだが。続けて書く時間がないよ。
人は人に影響を与えることもできず、また人から影響を受けることもできない。