岩井ワールドが心地よい
「リップヴァンウィンクルの花嫁」(2016日)ジャンルロマンス
(あらすじ) 派遣教員として働く平凡な女性七海は、SNSで知り合った男と結婚することになる。ところが、彼女は披露宴に呼べる友人・親族がほとんどいなかった。面子を保つために仕方なく “なんでも屋”の安室に代理出席の手配を依頼する。こうして式は無事に済み、晴れて新婚生活が始まる。しかし、早々に夫に浮気の疑惑が持ち上がり…。
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(レビュー) 数奇な人生を歩んできた孤独な女性と謎多き女性の奇妙な友情関係を美しい映像で綴った作品。
原作・監督・脚本は岩井俊二。氏らしいリリカルなタッチが横溢した作品で、ちょうど同氏の「花とアリス」(2004日)を想起させるような女性同士の友情ドラマとなっている。
刺さる人にはとてつもなく刺さるだろうが、この独特なトーンに乗れないと、とことん乗れない作品だろう。岩井俊二という作家性はそれくらい癖が強い。しかし、この唯一無二の感性は氏にしか作れないものであり、真似しようとしても中々真似できないものである。本作はそんな氏の魅力がタップリと詰まった逸品となっている。
主人公・七海は思ったことを素直に主張できない引っ込み思案な女性である。そんな彼女だからこそ、自分とは正反対な真白に惹かれていったのは当然という気がした。
本作は、彼女たちの友情とも恋愛ともつかない奇妙な関係を中心に描かれていく、ある種レズビアン的な映画だと思う。
二人の関係は先述した花とアリスの関係によく似ている。キャラクターの対称性や、生い立ちの違い。まるで「花とアリス」の発展形のような映画であり、自分は両作品を色々と比較しながら面白く観ることが出来た。
ストーリー自体はそれほど複雑ではなく、かなりシンプルである。
まず、前半は七海の結婚から離婚までの足跡をややブラックコメディ調に描いている。SNSや冠婚葬祭の代理出席、便利屋の存在、引きこもり児童への通信教育といった、いかにも現代的な問題を散りばめた所が面白い。
その後、七海はなんでも屋の安室の紹介で始めたバイトで真白と出会う。二人は性格も見た目のまったく異なるが不思議と気が合い楽しいひと時を過ごす。ところが、真白は全てにおいてミステリアスな女性で、ただ一つ”リップヴァンウィンクル”という名前だけを残して七海の前から去ってしまう。何とも古風なロマンスであるが、その後二人は奇跡の再会を果たす。
ここからが岩井俊二ワールド全開である。七海と真白の幸せの日々を瑞々しいタッチで切り取りながら、まるで世界は二人のためだけにあると言わんばかりのオーラで画面が輝き出す。陽光が降りそそぐ太陽の下でサイクリングをしたり、街角で楽しいショッピングをしたり、花嫁衣装を着てダンスをしたり等々。傍から見れば只のノロケにしか見えないこれらのシーンは、見事なまでの多幸感に満ちており、これぞ岩井ワールドの真骨頂という感じがした。
しかし、ドラマとしては、これだけで終わるはずもなく、その後に真白の秘密が判明し、急転直下のクライマックスへと突入していく。儚き多幸感への郷愁という、これまた岩井俊二作品ならではの、解放からの内省へという鮮やかな方向転換が実にドラマチックだ。
映像やテーマは過去の岩井作品とダブる部分もあるが、これこそ岩井俊二でしか撮れない女性同士の友情ドラマであり、その点では十分満足のいく作品だった。過去の傑作群と比べても引けを取らない完成度を誇っていると思う。
ただし、上映時間の長さについては余り感心しない。このテーマを描くのに3時間は冗長である。色々と面白い要素を盛り込んでいる点は評価できるが、個人的にはもっと切り詰めてすっきりとした小品にまとめて欲しかった。
また、安室はかなり裏のありそうなキャラに思えたのだが、結局ただの気の良い好青年というのも肩透かしを食らった気分で残念である。3時間あればその辺をもっと濃密に造形出来たのではないだろうか?
尚、本作には5時間超えのドラマ版があるらしい。あるいはそちらで詳しいバックストーリーが描かれているのかもしれないが、残念ながら未見なので確かめることは出来ていない。
本作で最も印象に残ったシーンは、終盤の真白の出自にまつわるシーンである。詳細は伏せるが、ここで彼女の母親が登場してくる。このシーンは滑稽であると同時にとても悲しいシーンとなっている。どうやら岩井監督は大まじめに演出したらしいが、自分は苦笑が絶えなかった。監督の意図とは完全に違うかもしれないが、母親役のりりィの熱演も相まってこのシーンは何とも言えなない不思議な魅力にあふれている。
嫁ぎ先を追い出された七海が全然知らない土地で途方に暮れて泣き出すシーンも印象深かった。七海役の黒木華がここで一気に感情を爆発させ、観ているこちらまで切なくさせられた。