手塚治虫が製作したサイケなアニメ。
「千夜一夜物語」(1969日)ジャンルアニメ・ジャンルファンタジー・ジャンルロマンス・ジャンルアクション
(あらすじ) 水売り証人アルディンはバグダットの都にやって来た。そこで奴隷として売りに出されていた美女ミリアムに一目惚れし、彼女を強奪して愛し合う仲になる。一方、ミリアムを競落そうとしていた監視総監の息子は、寸前で彼女を奪われ失意のどん底に落ちる。不憫に思った彼の父は、部下のバドリーにミリアム奪還を命令する。バドリーは権力欲に取りつかれた男で、これを機に出世を目論んだ。彼は早速、砂漠の盗賊マーキム率いる一団と結託してミリアムを奪い返す。そして、アルディンに殺人罪の濡れ衣を着せて投獄した。こうして愛し合うアルディンとミリアムの仲は権力者たちの手によって引き裂かれてしまう。
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(レビュー) 手塚治虫が製作総指揮・共同脚本を務めたファンタジー・アニメ。
有名な「千夜一夜物語」から着想を得たと言われる物語は、大胆にしてドラマチック、人間の欲心を痛烈に皮肉った結末を含め、中々興味深く見ることが出来た。
また、本作は世界初の大人のためのアニメーション”アニメラマ”と名付けられたシリーズの第1弾として製作された作品である。実験且つ野心に溢れた映像の中にエロとバイオレンスを浩々と曝け出しながら、人間は所詮欲望の塊だ‥というメッセージを見る側に突き付けてくる。途中で微笑ましく見れるようなユーモラスな演出も出てくるが、基本的には子供よりも大人に向けた作りとなっている。
ストーリーは、主人公アルディンが辿る数奇な運命を軸に展開されていく。しかし、この他にも警察隊長バドリーの野望、盗賊の娘マーディアの葛藤、アルディンの娘ジャリスの悲恋など、かなり濃密なドラマが並行的に綴られている。ある種大河ドラマ的な広がりを持つ群像劇となっている。
ただ、さすがにこれだけ内容を詰め込んでしまうと、2時間10分という長丁場でも、かなり駆け足気味な展開にならざるを得ない。個々の葛藤に十分迫り切れているかというと、やや物足りなく感じた。
今作の見所は何と言っても映像である。サイケデリックでアヴァンギャルドな演出が各所に登場し今見ても新鮮に感じられる。例えば、序盤のアルディンとミリアムのベッドシーン、中盤でアルディンが女体の海に溺れるイメージ・シーン等は、かなり刺激的で手塚のアーティスティックな感性が存分に伺える。
また、手塚治虫と言えば、「バンパイヤ」や「メルモちゃん」に代表されるメタモルフォーゼ(変身)を題材にした作品が思い出される。それが今回の映画にも中盤で登場してくる。
アルディンは女だけが住む島に漂流する。初めは快楽を貪り尽くすアルディンだが、ある晩驚愕の光景を見てしまう。自分が寝た女が蛇に変身するのだ。これがちょっとしたトラウマ級の怖さだった。見てて何とも言えない気持ちが悪さもあった。
他にも、巨人や怪鳥、空飛ぶ木馬、空飛ぶ絨毯といった様々な空想物が出てくる。このあたりは、ひょっとしたら特撮の巨匠レイ・ハリーハウゼンが手がけた「シンドバット」シリーズを意識しているのかもしれない。アニメーションならではの魅力が感じられた。
音楽は富田勲が担当している。氏にしては珍しく、全編サイケデリック調なロックとなっている。これが思いのほか映像のトーンと合っていて、全体のサイケな雰囲気はこの音楽によるところも大きいと思う。
キャストでは、アルディン役の青島幸男が中々良い味を出していた。他の主要キャラも実力派の俳優陣で固められていて安心して聞ける。また、チョイ役に登場する異色の特別キャストも面白かった。遠藤周作、筒井康隆、小松左京といった作家や、野末陳平、立川談志、大橋巨泉といった曲者が声を当てている。