指定期間 の記事一覧
- 2020/10/24 : 幼い頃には気づかなかった我が家の異常② (未分類)
- 2020/10/19 : note: 爆誕!毒親学園!? (note)
- 2020/10/11 : 幼い頃には気づかなかった我が家の異常① (未分類)
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2020.10.24 (Sat)
うちは毒母が車の運転免許をもっておらず、車を運転できるのは毒父だけであった。
そして住んでいたのは田舎町。
何処へ行くにも基本、車が必要である。
そんな我家の買い物時の事である。
スーパーに買い物に行く際、毒父の運転する車で向かう事が多かった。
そうしてスーパーに辿り着くと買い物が始まるわけだが、毒父はいつも買い物と私や姉といった子供の世話を毒母にすべて押し付けて、自分は一人で駐車場の車に残ると言う感じだった。
そうして、買い物が終わる頃合いを見計らって(小一時間ほど)毒母のもとにやってきて、車に荷物を積み込んで家に帰るのだ。
当時、私は家族での買い物とはそういうもの(父親は関わらないもの)だと思っていた。
だが、今になって思い返すとそれは異常な事だったのだと思わずにはいられない。
現地(スーパー)まで同行しておいて、実際の店での買い物には付き合わない。しかもその際に、子どもの世話まで毒母に丸投げで毒父自分は一切何もしないのだから。
こういった(現地(スーパー)まで同行した)場合、仲の良い夫婦は仲睦まじくみんなで買い物する事の方が、一般的なのだ。
私の毒父のように、買い物の際に全て丸投げで自分一人だけ何もしないのは異常なのだ。
そんな毒父を容認している毒母もまた異常なのだ。
そして、こうした異常な関係の毒父と毒母は、一般的な感覚でいうと『仲が良くない夫婦』なのだ。
だってお互いが助け合わない夫婦なのだから。
そして『仲が良くない事』で溜め込んだストレスを私という子どもにぶつけて発散しているのが毒親だったのだ。
私は自分の親が毒親だと認識して、漸くこの事に気づけたのだ。
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2020.10.19 (Mon)
2020.10.11 (Sun)
思い返すと我が家は異常だった。
まず毒父は何もしない。
毒父以外の家族全員が風邪でダウンした時ですら、病気に苦しむ家族の分もさることながら自分の食事ですら、体調が悪い毒母が用意するのを当たり前のように黙って待っているくらい何もしない。
SNS等で、体調を崩した妻が夫から「俺の食事まだ?」なる事を言われたと愚痴っているのを目にしたりするが、うちの毒父は「俺の食事まだ?」とすら言わない。
しいて口にすると言えば、たまに「自分(毒父)はそういうの(料理)ができないから」とかいう理由にならない理由くらい。
それで毒母に食事を作らせるだけ作らせて、あとは病人(家族)なんかどこ吹く風と黙って一人でテレビでも観ながらそれを食べていた。
何があろうと自分(毒父)の食事ができているのが当たり前と思っているし、例え家族が病床に伏していようとも、自分が看病する必要はないと思っている。
まあ他人の心の中などは覗けないのでこれは私の推察でしかないわけだが、それでも毒父の行動はそう思わせるには十分過ぎるほどの異常性をもったものなのは確かである。
そして更に異常なのは、そんな異常な毒父の行動を毒母が容認していること。
毒母は高熱を出していようが、それが自分の使命とでも思っているのか、当たり前のように毒父の為に家事(食事の用意)をこなすのだ。
しかも、そうまでしてこなすなら黙ってやってくれればいいのに、周囲に思い切り愚痴をこぼしながら。
加えて言うと、その愚痴も毒父に全てぶつけてくれればいいのに、共依存している毒母はそうはせず、毒父への愚痴は最小限に留め8割、9割方を子どもにぶつけてくる。
「お前が病気を持ち込んだからみんな苦労している」と言った具合に、怒りの矛先の殆どを子どもに向けて自分(毒母)はストレスを発散させ、子どもに罪悪感を植え付けて来る。
そして、それをみた毒父は大義名分を得たとか勘違いを重ねてか、はたまたそもそも家族の事などどうとでも思っていないのか知らないが、非常事態においても何もしない事を当然の権利と言わんばかりに黙って継続させていた。
そしてその異常行為は毒父と毒母により今尚変わらず続けられている。
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